疑い深いエルフとピザ屋さんむかーしむかし、あるところに、大きな塔がある、それはそれは立派な都がありました。
その都には王さまが住んでいて、ブレイズというたいへんつよい騎士たちにまもられていました。
ですがある日、わるいエルフの軍隊がやって来ました。
ブレイズと都の人たちは懸命に戦いましたが、エルフたちはあの手この手で人々を苦しめます。
王さまは、エルフたちにこう言いました。
「お前たちの言うことを聞くから、この都と国は滅ぼさないでくれ。」
こうして国と都は守られましたが、わるいエルフたちは我が物顔で国を歩くようになりました。
そしてある日。
わるいエルフたちは、王さまを守っていたブレイズたちを、みなごろしにすることにしました。
ブレイズたちは王さまのために、国をエルフたちから取り戻そうとして、いろいろなところに逃げて、隠れて、作戦を練っていたからです。
それから王さまのお城には、毎日のように箱が届くようになりました。
王さまが箱を開けると、その中にはブレイズだった騎士のくびがはいっています。
王さまはその騎士の名前を呼びながら、すまない、すまないと、小さな声で繰り返すのです。
その話は、各地に散らばったブレイズたちの耳に届いていました。
それでも、どんなに用心していても、わるいエルフたちは得意の魔法でひとりを見つけ、その長い耳で噂を聞いてはまたひとりと見つけ、ブレイズの首を王さまの元へと届けるのです。
その頃、森深いシェイディンハルの町で、ちょっとした評判のお店がありました。
街の端っこの荒屋に1人の若者が移り住み、豊かなシェイディンハルの森が育む果実やキノコにたっぷりのチーズを使った、石窯ピザのお店を始めたのです。
ジューシィで肉厚なキノコとベーコンのピザも勿論人気でしたが、特に素晴らしいのはフルーツピザ。
ベリーの酸味と甘みをクリーミーなチーズが受け止める、フルーツピザを憎む人たちも唸ってしまうような、素晴らしいピザでした。
ある日、わるいエルフの男がその店にやって来ました。
お店にいた人たちは、そそくさと食事をすませると、足早に店から出て行きます。
店主はオドオドとしながら、こう聞きました。
「ご注文は、何になさいますか?」
エルフはこう答えます。
「腹は減っていない。貴様、シロディールから来たのではないか?」
その言葉に、男は顔を真っ青にして縮こまってしまいました。
「はい。はい。仰る通りです。私めは確かに。白金の塔が崩れたその日まで、都におりました。」
「ですが私めは、噂になっている王さまお付きの騎士などではございません。あの戦いで店が焼けてしまいましたもので、やむなくこの街に越して参りました。」
「貴様1人でか?」
「いえ、いえ!滅相もございません。お伽話の門は閉じたとはいえ、町の外には獣や野党がたくさん居ります。
都から逃げ出す人たちの、乗り合い馬車に無理やり乗り込んで、なんとかこの近くまで逃げて来られました。ですが途中でライオンに襲われまして。ああ、ご覧下さい。この服の首元から、傷跡が見えますでしょう。命からがら逃げ出して、なんとかこの町まで辿り着きまして。
残飯を漁りながら腹を満たし、傷が癒えた後は持ち出した金でなんとかここまでやってこれました。八大神に誓って、私めは貴方様の探しているような方ではございません。私めの知ってることであれば何なりとお話しいたします。」
涙ながらに切々と話す店主に、わるいエルフの男は冷たく言い放ちます。
「それを決めるのは私ではない。審問官殿が到着するまで、貴様を見張るのが私の任務だ。」
店主はそれを聞き、途方に暮れて肩を落とします。
しかし、ふいに鼻をひくひくさせると、店の奥に引っ込んでしまいました。
「貴様、逃げるつもりか!」エルフの男が店の奥に押し入ります。
するとそこでは、店主が石窯から最後のピザを取り出しているところでした。
「これが、私が焼いた最後の一枚になるのかもしれません。どうか、召し上がって行っていただけませんか。」
焼きたてのフルーツピザの上ではチーズがふつふつと煮え、程よく焼けた生地の香ばしい香りと、熱されたフルーツの甘酸っぱい香りが店の中いっぱいに広がります。
エルフの男は思わず生唾を飲み込みました。
「…まぁ、良いだろう。」
そう言うと、カウンター席に腰掛けます。
「そのまま貰おう。何もかけるな。そこの銀の皿の上に乗せて出せ。」
「…おや。仕上げにこのシロップをたっぷりかけるのが、私めの…」
「要らん。何もするな。言う通りにしろ。」
エルフの男は、毒でも盛られたらたまったものではない、と思いましたので、淡々と指示をしました。
かくして、エルフの男の前に、熱々のフルーツピザが運ばれて来ました。
エルフの男は気取られないような静かな動作でその芳しい香りを吸い込むと、用意されたフォークとナイフに神経質に解毒薬を塗りたくってから拭き取り、まずは一片を口に運びました。
期待していたとおり、あるいはそれ以上の至福の味わいです。
あつ、あつ、と口をほふほふと動かして、男は食べ進めますが、どうにも物足りません。何か飲むものがあれば、もっと食べやすくなるのでしょうけれども。
「お水をお持ちいたしました。」
店主が、なみなみと水が注がれた陶器のコップをテーブルに置きます。
ですがエルフの男は口をつけようとせず、自分の腰から水袋を取ると、ぐいと流し込みました。
「要らん。貴様はじっとしていろ。それ以上ちょろちょろと動き回るのであれば、査問官殿が来る前に叩き斬るぞ。」
エルフの男が二切れめ、三切れめと食べ進めていくと、突然男の手が止まりました。
顔から血の気がひき、口からは泡をふき、ぜいぜいと苦しそうに悶えています。
何が起こったのでしょう。
先ほどまであんなにおどおどとしていた店主は、今や恐ろしいほど静かに、苦しむエルフを見下ろしていました。
「だから、申しましたのに。」
エルフの男は答えようとしますが、声が出ません。
「あのシロップも。あの水も。全て解毒剤なのですよ。貴方が今お召し上がりになっているものの、ね。
私の店に来る客は皆、私が勧めれば喜んで、解毒薬入りのシロップをたっぷりかけます。皆、喜んで解毒薬入りの水を飲み干します。だから、このピザは美味しく食べられる。…貴方のような、警戒心が異常に強い客以外は、ね。」
最早、その店主の目に恐怖の色はありません。
「ご存知でしたか?毒には、たいへん美味なものもあるのですよ。」
しばらくして、わるいエルフの審問官たちがその店に入ると、その店には誰もいませんでした。
ただひとつ、王さまに送られているものと形も大きさもそっくりな箱が、カウンターの上にひっそりと置かれています。
審問官は部下に、その箱を開けるように命じました。
ですが部下のエルフは、その箱を開けると、「ひぃ」と、ひきつったような声をもらすのです。
審問官がその箱をのぞき込むと、そこには、あのエルフの男の首が。先にシェイディンハルに行き、ピザ屋を見張っているように命じたエルフの首が収まっていました。
その首には何本もの赤い線が横に走っており、取り出そうとすると、まるでピザに乗せるベーコンやキノコのように、バラリと崩れてしまいました。
そのピザ屋さんは、どこに行ってしまったのでしょうか?
本当にブレイズの生き残りだったのでしょうか?
今となっては、誰も知る人はいません。
人を疑うのは大事かもしれないけれど、疑いすぎるのも良くないことなのですよ、というお話。