恋人となるまで後一歩「お隣、失礼します」
BAR蜘蛛の巣。
カウンターの席でひっそり呑んでいたバーソロミューの横に、サーヴァントが一騎座る。
バーソロミューは呑んでいた白いカクテルをカウンターに置くと、マントも鎧も身につけず、軽装の太陽の騎士に向かい苦笑した。
「円卓は皆、そう押しがつよいのかい?」
「皆とまでは。トリスタン卿などはああ見えてのらりくらりと引きますし……あぁモリアーティ教授……今はマスターでしたか、私にもカクテルを。甘いのが飲みたい気分で、カルーアミルクで」
「……」
童顔の顔に似合ったカクテルを頼むものだと思いはしたが、言葉にはしない。
二分もせずにガウェインの前に置かれたグラス。底に一センチほどのコーヒーリキュールとその上に牛乳のコントラストだけで甘い酒のカクテル言葉が『臆病』だと知っていたからだ。
ガウェインは付いてきたストローでカルーアミルクをかき混ぜ、コーヒー牛乳のような色合いにしてから、一口酒を呑み、口の中を潤してから「それで」とバーソロミューに微笑みかけた。
「なぜパーシヴァル卿をフッたのでしょうか?」
「……知らなかったな。パーシヴァルはよちよち歩きの赤ちゃんだったらしい。恋に破れたからと、このように怖い保護者からクレームがくるとは。それで私は泣いて謝って一晩ぐらい相手をしてあげればいいのかな?」
肩をすくめて残りのライラを呑み干す。
侮辱されたと怒って帰ってくれないかと希望を込めたが、嫌味もなんのその、ガウェインが爽やかな笑顔で肯定してくる。
「えぇ是非。愚かな若者に一晩の夢を、」
ガシャン
パーシヴァルを愚弄するようような物言い。
思わず空のカクテルグラスをカウンターに叩きつけるように置いてしまった。
グラスは割れて破片になって、手の中で崩れる。
やってしまったと思っていれば、ガウェインがマスターに「これをグラス代に」とチップを払っていた。
マスターはウィンクして受け取ると、カウンター上の割れたグラスを片付けていく。
忌々しげに自分の手を見ていれば、その手にガウェインが触れて開かせた。
「……手は切っていませんか? よかった。貴方に怪我をさせたとなっては、パーシヴァル卿に一騎打ちを申し込まれてしまう。マスター、彼にもう一杯、呑んでいた物を」
ほどなくしてカクテルグラスに注がれたライラが目の前に置かれる。
ウオッカをベースにした辛口の白いカクテルは、度数は高いがライムの爽やかさで飲みやすい。
カクテル言葉は『今、君を想う』
このところ、ずっと呑んでいる酒だ。
一分、二分、五分とその酒を眺め、二十分が経過し、折れたのはバーソロミューだった。
「……貴殿は、私のような海賊とパーシヴァルの恋に反対はしないのだな」
「反対すれば貴殿はそれを口実に尻尾を巻いて逃げるでしょう? パーシヴァル卿の失恋の口実にされるのは御免被ります」
「……流石に金の草鞋を履いて女房をもらっただけはある。パーシヴァルより色恋への造詣が深くてらっしゃる」
「言い返したいですが、フッたくせにウダウダドヨドヨと不景気な顔でマスターにまで心配されているサーヴァントの顔を立てて沈黙を選びましょう」
言い返してんじゃねぇか。
そう言おうとして、バーソロミューは深く息を吐いた。
そして諦めたように語る。
「……サーガウェインは、雨の中、子猫に傘をあげる不良についてどう思う?」
「よい事をしているな、と思います」
ほぼ即答。
バーソロミューはカクテルをちびりと舐めると、「そうだな」と頷いた。
「いい事をしている。うん。それは間違いない。行為はいい事だよ。悪党だからって良い事をしてはならないとか言いだしたら、どんな悪政だと言いたくなるからね。だがね、それにときめいているヒロインとかに私は今、ちょっと待ってくれと忠告をしたいんだ」
「つまり、パーシヴァル卿が悪党の中の一粒の善性に目をくらませて道を間違えようとしていると?」
「ま、そうだね」
だから大人の私がフッたというわけさ。
そう寂しそうに見える微笑を浮かべる。
これで納得してくれと。
だが、ガウェインはニッコリと笑顔を浮かべると、「そうなのですね」と言った後に核心に踏み込んできた。
「私はてっきり、パーシヴァル卿には生きるためとはいえ水夫から海賊となった犯罪者ではない、名もなき普通の方が相応しいとかなんとか考えているのかと」
「…………あぁクソッタレ」
バーソロミューはパーシヴァルもカルナもここにいないのだからと悪態をつく。
「パーシヴァルがああなのですっかり忘れていたよ。国に尽くし守り人をまとめて動かしていく円卓は人を見抜く力も謀も得意でなければやっていけないよな」
「同僚には発揮されず最後は内輪揉めで崩壊でしましたけどね」
「円卓ジョークは反応しづらいからやめてくれないか?」
バーソロミューははぁとため息をつくと、残りのカクテルを一気にあおる。
「例えだが、例えだぞ?」
少し口が悪くなっている自覚があるが、バーソロミューは止まらない。
「いじめや万引きを犯している不良よりも、そんなものしていない者のほうが偉いし、両者が猫に傘を差し伸べているならば、後者にヒロインは惚れて欲しい。そうあって欲しい」
海賊になった時に覚悟は決めた。
無辜の民である事を捨て、死んでもなお後ろ指を刺される覚悟を。
「様々な状況があるだろう。生い立ちはあるだろう。どうしようもなくなって、そうならねばならない理由がある者だっている。万人が同情をする犯罪者だっているだろう。だがな、犯罪は犯罪だ。私は無辜の民が尊ばれ褒められ敬われるそんな世の中であって欲しいし、そうあるべきだと望む。幼稚な理想で永遠に手に入らない理想郷だとしても、だ」
だから私なんて者は最後は無意味で報われてはならない。
「最後は報われてはならない海賊がパーシヴァルを手に入れられるわけがないだろう」
悪党らしく楽しく踊るように罪を犯して笑って愉しんで、恨まれて罵られて貶されて、その結果、何もかもを奪われる。
海賊なんてものはそれが順当だ。
「……ふむ。つまりようするに」
ガウェインがグラスを持ち、残り少なくなっていたカルーアミルクを飲み干した。
「マスターを未来に運ぶという希望も海賊には過ぎたものだから奪われてもいいと?」
「!? それとこれとは!」
何を言ってるんだコイツはと殺気すら込めてガウェインを見れば、優しく微笑まれていた。
勢いを無くして俯けば、ポンポンと肩を叩かれる。
「話は別なのでしょう。しかし結局はどこまでいっても心の持ちようですし、詭弁、駄弁、能弁に雄弁、どれでもいいですが話し合いが必要で、知ってますか? 生前、圧倒的に話し合いが足りてなかった円卓の中、パーシヴァル卿は皆の声を聞いたんですよ」
「彼らしい」
バーソロミューが俯いたまま答えれば、ガウェインが立ち上がってマスターに「これで彼と後からくる者の分も」と勘定を渡す。
「同僚にもソレなので、そりゃ惚れた相手でどうにも一方通行でないとなれば、話し合いはしつこいぐらい求めるかと。なにせ清い愚か者なので。もし本当に引き際を見誤るようでしたら、私が間に入りますし、話したくないのなら待たずに帰りなさい」
ガウェインはそれだけを言い残し、去っていく。
『後からくる者の分』『待たずに帰りなさい』
ガウェインのその言葉で、誰が来るのか予測はできる。
席を立ってしまおうかと考えるも、結局は足は動かず、数分後、「隣、いいだろうか?」という問いに頷いてしまっていた。