親父が死んだ。
新幹線代等は次の分もだすから葬式に顔を出せ。
父に電話で伝えられ、大学の授業とバイトのシフトで一瞬迷いはしたものの、祖父の死。
朧げだが、遊んでもらい、懐いていた記憶がある。
優しい人だった。パーシヴァルにとっては。
無邪気な人でもあり、キラキラとひかる石を宝物なのだと見せてくれた事がある。どのような石かも忘れてしまったが、とても綺麗で私も欲しくなった。
だから欲しいと言ったらしい。
ここからは記憶にないのだが、優しかった祖父に殴られたらしい。
それ以来、祖父には会っていないので真相は確かめられない。
永遠に確かめられなくなってしまった。
パーシヴァルは帰る事に決めた。
パーシヴァルの実家は山間にあり、一人暮らしをしているアパートからは新幹線や電車を乗り継ぎ、そこから本数の少ないバスといったぐあいだった。
限界集落というわけではないが、田舎だ。
田んぼに瓦屋根の日本家屋、それらを囲む木々は人によっては原風景、行った事や育った事がないばずの景色なのに心を打つほどの懐かしさを感じるのだろうが、パーシヴァルにとっては見慣れた景色。
しかも一ヶ月の夏休みに帰省をしたので、昨日、帰ったような感覚である。
パーシヴァルは子供の頃から変わり映えのしない田舎道を歩き、実家に向かう。
今はだいぶ土地を手放したが元地主。周りの家よりも大きく、そして古めかしい、時代に取り残された日本家屋が、パーシヴァルの実家だった。
田舎で、まだそこそこ人がいる村。
都会では珍しくなった、自宅で通夜をおこない、それなりの人が集まっていた。
祖父の弔問に来るので全体的に年齢は高めであったが、父の顔を立ててくる人も少なくはなかった。
大勢が集まれば会話が発生して、通夜となれば話すのは祖父の事。
悪い人たちではないが、噂話が好きで、あちこちでされる祖父の話がパーシヴァルの耳にも入ってくる。
「確かパーシヴァルくんが小さい頃に家を出て行ったんでしょ?」
「家のお金、とっていったらしいわよ」
「各地を転々としてたらしいぞ」
「それで最後は孤独死ですって」
「財布の中には小銭しか入ってなかったって」
「石を握りしめていたらしいよ」
元々家族を顧みない人ではあったらしい。昔気質と言えば聞こえはいいが、浮気は男の甲斐性、妾の一人二人養えなければ男ではない。男は外で働き、家の事は全て妻に。しかも金遣いもあらかった。男には見栄を張らなければいけない時があり、夢を追いかけるものだと、散財しては妻、パーシヴァルの祖母を泣かしていたらしい。
父や母から直接きいたわけではないが、田舎、知らずに育つ事はできなかった。
そんな祖父が大金を持ち出して失踪したのはパーシヴァルがまだ小学生に上がる前だった。
上を下への大騒ぎで、あの当時、大人はパーシヴァルにかまう余裕はなく、放置されていた記憶がある。詳しく知らないが、所持していた土地の3分の2を手放したらしい。
そこから父が巻き返してはいないが手堅く商売を続け、一族をまとめ、残りの土地を手放さなくてもいい程度にはゲール家を維持している。
そんな父を尊敬はしており、父として愛してもいるが、どうにも相性が悪く、同じ空間にいれば居心地が悪い。それは父も同じらしく、一定の距離を保って接しているのが一番良い距離感だった。
それも理由で、パーシヴァルは寝ずの番を引き受けた。
親戚や弔問客の相手や通夜や葬式の準備に忙しくしている父と母を休ませたいというのもあったが、寝ずの番ならば父と同じ空間にいる事を減らせたからだ。
——そんな事を考えて行動してしまう私はきっと親不孝なのだろう。
深夜二時。
線香の煙を見ながら、パーシヴァルは父や母の事、祖父の事、これからの事をつらつらととりとめなく考える。
そんなパーシヴァルの耳に、ふいに波のせせらぎが聞こえた。
「……?」
聞き間違えかと思った。
ここは山間の内陸部。
しかも家の中だ。
波の音が聞こえるはずがない。
だが確かに聞こえた。ほらまた。
パーシヴァルは耳を澄ます。
その音は祖父が納められた棺。その上に乗せられた丸盆から鳴っていた。
丸盆は父が置いたものだ。
家にあった漆塗りの使い込まれたその盆は祖父の物だからと、祖母が誰にも使わせなかったのを覚えている。
父は無造作にも思える動作で盆を棺の上に乗せ、その上に石を置いた。
河原に落ちているようななんの変哲もない灰色の石だ。
もし河原に落としてしまったら、混じってしまってもう分からなくなりそうな特徴のない石。
それは祖父が握りしめ死んでいた石なのだろうと察したので、パーシヴァルは何も言わずに、盆を移動させもしなかった。
その石から波の音が鳴っている。
——逃げた方がいいのかもしれない。
祖父の死体、不思議な石。怪奇現象だ。
だがパーシヴァルは吸い寄せられるように石に近づいた。
潮の香りに包まれ、丸盆に水が溜まっている事に気がつく。
その液体は石から発生しており、触らなくとも海水だと理解できた。
なぜならパーシヴァルはこの石を知っている。
幼い頃、祖父に見せてもらった綺麗な石。
魅了され、欲しくなり、祖父に殴られても何とか手に入れられないかと考えた石。
それがこの石だ。
パーシヴァルが手を伸ばして石に触れれば、灰色だった石が光り輝き、透明な青いアクアマリンになる。
あぁこの石だ。なぜ忘れていたのだろう。
パーシヴァルは愛おしそうに手の平に収めると、アクアマリンの中を覗き込む。
そこには古い洋風の服を着た男性が閉じ込められており、パーシヴァルと目が合うとその海色の瞳を微笑ませた。
『やぁ久しぶりだねパーシィ坊や。君はアイツと違って、私を海に還してくれるかい? それとも金銀財宝で私のご機嫌をとるのかな?』