海賊と騎士と例の部屋 カルデアにおいて、お騒がせなサーヴァントは多数いる。
お騒がせにも種類があり、微小特異点を作りだすものから、猫耳をはやしてまわるというものまで、様々だ。
多種多様のお騒がせの中でも、特に厄介とされるのがキャスターどものはっちゃけだ。
ふだんは個人の工房に篭ったり、一匹狼を気取ってるくせに、「こんなのできたらおもしろいんじゃね?」で、徒党を組み、「これも」「あれも」「こうしたら」で、技術顧問も頭痛を覚える魔術を生みだす。
生みだして有効活用するなら、よくはないが、まだいいと言いたくなるのだが、作れた! 満足!! 解散!! という遊んだ玩具は片づけなさい状態になる事もしばしば。
マスターやサーヴァントの誰かが被害に遭い、作ったキャスターどもが呼び出されて片付けを命じられる姿は、頻繁に見られるものであった。
「——で、これが最近、そのキャスターどものやらかしに追加された、『出られない部屋』というわけだね」
バーソロミューは腕を広げて部屋をさし、隣に立つサーヴァントに簡単に説明をする。
「そして困った事に脱出するにはお題をクリアする必要があるわけだが……」
お題はランダムだ。
キャスターどもがその場のノリで選んだお題がシャッフルされ、くじ引きのノリでランダムで決定される。
まだ出られない部屋に入れられた奴等に合わせたお題ならやりやすいものを、そこに慈悲はなく、配慮もない。
子供サーヴァントにRがでたらどうしてくれるとマスターがガチギレしていたのは記憶に新しい。
そんな懐かしい光景を思いだしながら、バーソロミューは扉の上の額に入れられた、やたら達筆なのがむかつくお題を見すえる。
そこにはマスターの故郷の文字で
『性交渉をしろ』
と書かれていた。
「……これは子供サーヴァントに当たったら大変だったな……」
マスターが今回携わったキャスター一人一人に丁寧に懇々と粛々と罰を与えて反省を促していた姿を思いだしながら、「さて」と言った。
「私達はどうする? この部屋のお題は理不尽ではあるが、裏技もある。例えば二人三脚しろというお題で一人しかこの部屋にいなかった場合だね。どう頑張っても一人ではできないので、エラーとして部屋の外に排出されるとの事だよ」
するとバーソロミューとほぼ身長の変わらぬ眉目秀麗なサーヴァント、ベディヴェールは中世的な顔を優しく微笑して、「そうですか」と頷き、「ではお茶にでもしましょうか」と言った。
ベッドとシャワーだけでなく、机や椅子、キッチンや冷蔵庫まで設置された部屋。
バトラーの霊衣に身を包んだベディヴェールがいれた紅茶も選んだスコーンも美味しく、初めは円卓の騎士様にそんな事をさせられないと拒んでいたバーソロミューも、完璧な紅茶にあれこれと質問するようになり、美味しいスコーンの食べ方についても話し込んでしまった。
そんな楽しいお茶会が一時間経過し、腹も満たされた所で、バーソロミューはゴホンと咳払いをする。
「……それでベディヴェール卿。どうやってここを脱出するかだが、」
「この中の時間と外の時間にズレはないとの事ですよ。この部屋の一日は外の一日。一日、貴方の姿が見えないとなれば大騒ぎする人物がいるので、ただ私達は助けを待っていればいいかと」
私達の姿、ではなく、貴方の姿。
突っ込めば藪をつつく事になるのだろう。
なかなか食えないサーヴァントだと、バーソロミューは紅茶を一口飲み、カップを静かにソーサーに置く。
もうそろそろ諦め時かと、バーソロミューはベディヴェールにある質問をした。
「…………ベディヴェール卿は、私達の交際には反対しないのかい?」
「やっと私に聞いてくださいましたね。えぇ、えぇもちろん。反対などいたしません」
「……なぜと聞いても?」
「パーシヴァル卿は立派な大人で騎士ですよ。純粋すぎる所もありますが、基本的には思慮深く、多くの者の声を聞き、状況を判断し的確な判断をする頭の良い人です。そんな彼が選んだ人物です。何を反対する必要がありましょうか」
「…………」
「さらに言わせてもらえば、王はあのマーリンを臣下としてますからね、円卓に連なる者に今更海賊の一人や二人」
円卓ジョークだろうか。
円卓ジョーク、いまだによくわからないんだよなと思いながら、バーソロミューはスコーンをもしゃもしゃ食べる。
しかしこれで、
「残る砦はランスロット卿となりましたか?」
頭の中で考えていた言葉を口に出され、バーソロミューは苦々しい顔でベディヴェールを見た。
ドバイの夏をへて、バーソロミューはパーシヴァルと恋仲、一歩手前となった。
一歩手前というのは、バーソロミューがある条件をパーシヴァルにだしたからだ。
条件をクリアできたらお付き合いしましょうと。
その条件というのが、『円卓の騎士に一人でも反対されたら付き合わない』というもの。
ただし、この条件を円卓にバラしてはいけないよ、という制約付きで。
パーシヴァルはその条件に、今、現段階でカルデアに召喚されているサーヴァントのみで、という制約を追加し、その契約は取り決められた。
契約時、カルデアにいた円卓の騎士はパーシヴァル、ガウェイン、ランスロット、トリスタン、モードレッド、ガレス、ベディヴェール。
バーソロミューとしてはアグラヴェィンがいてくれればという思いであったが、それでも一人ぐらい反対してくるだろうと踏んでいた。反対しなくとも、苦言ぐらいは言ってくるだろうと。
そして蓋を開ければ、条件を出した一時間後、アルトリア・ペンドラゴンがマスターを伴いバーソロミューの部屋に足を運び、祝辞を述べるという結果に。
王自ら足を運ぶ!? 祝辞!? と流石に予想してなさすぎて、バーソロミューは宇宙猫になった。
後で知ったのだが、その時代の万象を全てを把握し見通す千里眼持ちの魔術師が、ペラッと喋ったらしい。
そうなれば後はもう芋蔓式とでも言えばいいのか、ガウェインはパーシヴァル卿をよろしくお願いしますとQPをもって挨拶に訪れ、オタク仲間でもあったガレスはメカクレ本をもってパーシヴァル卿とお幸せに! と祝いにきてくれた。
よし。これは不利だ逃げようと決めたバーソロミュー。
残る円卓の騎士に会わないように手を回したのだが、モードレッドは管制室に乗り込み、艦内放送によって『パー公をよろしくな!』と、全サーヴァント の前で祝福してくれた。
トリスタンはマスターにバーソロミューはクイック宝具との相性がいいらしいですよ? と唆した。待て、確かにクリティカル補助ができてクリティカルアタッカーの補助には向いているが、宝具というのは云々と言うも、じゃあ試そう! が精神のマスターによってバーソロミューはトリスタンと共に周回に連れて行かれ、そこでしてやったり顔のトリスタンに「そういうわけで、パーシヴァル卿とバーソロミュー殿の祝いの歌を奏でましょう!」と、戦闘中も隙を見ては歌われた。あの弓なんだ本当に。
そしてベディヴェールは今、というわけだ。
ひょっとしてこの部屋を使って逃げられないようにしたのではと考えてしまう。妙に落ち着いてるし。どうなのだろう。円卓だからなぁ。
しかし、条件失敗したー。
円卓こわー。
と紅茶をすすれば、ベディヴェールが不意に真剣な顔になる。
「ランスロット卿は特に念入りに逃げ回っているそうですが……理由をおうかがいしても?」
「……」
「カルデアではトンチキな面を見る機会が多いと思いますが、ランスロット卿はそれは、」
「あぁ、違うんだ」
バーソロミューは首を振る。
そうじゃない。
彼の人となりや正しさは知っているさ、と。
「知っているというのは烏滸がましいかな? 彼は正しく、強く、それでいて親しみやすく、女性に優しく、空気も読んで、ノリも良く、まさしくその時代の正義だ。それでいて難解でいて……うぅーん、やっぱり難しいな」
バーソロミューは顎に手をやってから、説明を求めるベディヴェールの為、言語化を試しみる。
「まず勘違いしないで欲しいのは、私はランスロット卿を礼讚しているという事だ。正しい事を追い求める騎士。我がキャプテン、マスターの隣に立つのはああいった騎士が相応しいし、導いてくれるだろう。うん」
で、だ、とバーソロミューは続ける。
「円卓の騎士を貶める気はないんだよ、本当に。ただほら、その人の人となりを判断する時に我が船に招いたら——まぁようするに恐れ多くも部下としてと考えると、イメージが固まるんだ。だから円卓最強のランスロット卿に味方として船に乗ってもらってと想像して、うん、無理だ。乗船する前になんとしても阻止する。排除しようとするだろうね。キャプテンとして」
バーソロミューは肩をすくめる。
ベディヴェールは少し首を傾げ、その絹糸のような銀髪を揺らす。
「なぜです? 礼讚しているのですよね?」
「あぁ、礼讚しているよ。彼のような騎士が未来を生きるマスターを導くべきだし、幸せな理想郷には彼のような騎士がお手本でいるべきだろうね。だから正直、ゾッとする」
海賊船なんぞに乗らないだろうという前提を取り払ったとしよう。
特に悪というわけでもない大所帯の船。
人柄をもって部下に慕われ、正しさを追い求める心を持ち、全てをねじ伏せるほどの強さを持つ騎士。
部下で、右腕で、慕ってくれて、こちらも信頼して、だが彼は大世帯だからおきる歪みを無視し続ける事はできないだろう。
その歪みの陰で女性が泣き続けていたら、もう最悪だ。
女性を助けようとするだろう。助けようとまでしなくとも、涙を拭おうとはするはずだ。
その行いは正しい。
泣いている女性にハンカチは差し出すべきだ。
バーソロミューなどは正しくしようとした反動を計算して、必要悪として目を瞑ってしまうが。
そんな反動で襲ってくる刃に彼は打ち勝つだろう。その強さをもって、ねじ伏せてしまう。
「気がつけば部下の半数以上は彼の信者で、商人とも伝手を持って、魚の餌にしようとしてた奴等もこっそり島に匿われてたりして、操舵技術もおい抜かされて、それでも彼はキャプテンとして敬ってくれるんだろ。で、そんな軋みがMAXになって爆発した時が最悪だ。彼は飛んできた火の粉を振り払う感じで、船団の半分以上沈めたり、部下を離反させたりするんだろう。彼が望む望まない関係なく」
海賊であるバーソロミューは容赦なく斬られる側で関係ない話だが、うーん、想像するだけで本当にゾッとする。
「……話が逸れたが、つまるところ、私は彼が疲れ果てて休みたくなったとしても、正しさに向かって歩けてしまえる人物だと考えていてね、そんな彼にパーシヴァルとの交際を反対されても賛成されても、逃げ場がなくなってしまうだろう?」
「……賛成されてもは分かりますが、反対されてもですが?」
「…………しまったな。紅茶が美味しすぎて、つい口が軽くなってしまった」
バーソロミューはため息をつくと、紅茶を飲みきる。
そして、パーシヴァルに言わないでくれよ? と前置きをして話しだした。
「彼が交際を反対するならば正当な理由があり、交際しない事を選択する方が正しいのだろう。私はそう考えているし、パーシヴァルにそういう条件をだした」
だが、
「ランスロット卿に反対された時を想像して、パーシヴァルを諦める気が全く起きない事に気がついてね。例え間違っていても、正しい騎士の中の騎士に反対されても、私はパーシヴァルを諦めるつもりがないと」
バーソロミューが言い切った瞬間、扉が粉砕した。
外側から。
「バーソロミュー!!」
宝具、光さす運命の槍によって扉を打ち破った白い騎士は、槍をエーテルに解かすと、感極まった顔でバーソロミューを抱き上げた。
「私もだ! 私も貴方を諦めるつもりなどない!!」
お姫様抱っこをされてぐるぐる回られ、すごい風景がぐるんぐるん変わるのに体幹が全くぶれてないと感心しながら、バーソロミューは苦笑する。
「いいのかい? 君がキャスターや円卓と共謀して私とベディヴェール卿をこの部屋に閉じ込めたと白状してるよ?」
「条件は伝えてはいけないと言われたが、共闘するなとは言われてない」
「確かに。騎士様はからめても得意だったか」
「……もうそろそろいいだろうか?」
かけられた声に、パーシヴァルがピタリと止まる。
どこか困った顔で入ってきたのはランスロットだ。
ランスロットはパーシヴァルに抱えられたままのバーソロミューに向かい微笑みかける、が、パーシヴァルの目線を受けてその笑みを苦いものにかえる。
「貴殿があまりに私を褒めるものだから、パーシヴァル卿に一騎討ちを挑まれるところでしたよ」
「ランスロット卿!!」
頬を赤くするパーシヴァルに、「珍しい表情が見れたよ」と言ってから、バーソロミューに言葉をおくる。
「バーソロミュー・ロバーツ殿。セイバー、ランスロットは貴殿とパーシヴァル・ド・ゲールの交際を祝福します」
これにて条件は満たされ、パーシヴァルとバーソロミューはこの時をもって恋人となった。