大統領特異点も大団円で解決し、マスターや多くのサーヴァントが夏を満喫して、カルデアに帰還して一週間。
パーシヴァルがストームボーダーの廊下を歩いていれば、前に愛しの恋人、大海賊のバーソロミュー・ロバーツの姿が見えた。
「バー…………うん?」
偶然貴方に会えるなど、なんという幸運と声をかけようとして、バーソロミューの様子に違和感を抱く。
背筋を伸ばした三臨姿。
伊達男らしく着飾っている彼はとても魅力的で威風堂々としているように見えるが、パーシヴァルは見逃さなかった。
何か、焦っている。
それを取り繕おうとしており、それに思考の大半をもっていかれ、気もそぞろ、パーシヴァルに気づいていない。
何かあったのか。
もしくは何かしでかしたのか。
直接尋ねれば答えてくれるだろうかと考え、バーソロミューを観察していれば、「あ、いたいたバーソロミュー」と、バーソロミューの奥、パーシヴァルとは反対側からオレンジの髪の少女、マスターが駆けてくる。
「今日、百物語をやる約束だったでしょ? 後はバーソロミューだけだよ」
「そ、そうだったねマスター」
「百個怪談を話し終えたら、一番怖かった話をした人に豪華景品をプレゼント! なんだよね?」
「あぁ、アルジュナが参加すると知り、インドラが色々用意してくれてね……私が……うん、一番の大目玉の景品を受け取ったよ……」
「なんだろ楽しみー」
「それなんだが、」
「あ、言わないで。そういう楽しみはネタバレ禁止で」
心なしかバーソロミューの顔色が悪く、冷や汗をかいている。
——景品を壊してしまったとかだろうか?
それならば後になるほど言い出しにくくなる。助け舟をだそうか迷っているところに、怪談参加者のイアソンや両儀やイリヤ、美遊、クロエが現れ、早く行こうとバーソロミューは連れて行かれてしまい、心配になったパーシヴァルは後をついていき、百物語に飛び入り参加した。
薄暗い大部屋。
灯りは蝋燭だけなのだが、まだ七十本は残っている蝋燭のおかげで、室内は意外に明るい。もし一本になろうとも、サーヴァントなので視力を魔力で強化すれば、昼のようにとまではいかずとも、困りはしないだろう。
そんな部屋の中、パーシヴァルはバーソロミューの一挙一動を見守る為に視力を強化していた。
バーソロミューはかわらず表面を取り繕っているが、口角が数ミリ上がりきっていなかったり、ふとした瞬間に視線が泳いだりしているので、焦りや動揺は続いているようだ。
本当ならば今すぐにでも尋ねたり、彼を連れ出して事情を聞きたかったが、マスターやマシュ、大勢のサーヴァントが楽しんでいる催し物の最中。
せめてパーシヴァルとバーソロミューの出番が終わってからでもと考えていた。
そんな中、バーソロミューより先にパーシヴァルの番が回ってくる。
「無骨者の上に飛び入りで、上手く話せるかは分かりませんが——」
前置きをして、怪談を話しだそうとし、バーソロミューと目が合った。
途端、伊達男をきどっていたバーソロミューの表情が崩れる。
困り果てて、泣きそうなような、どうしていいか分からないといった顔に、パーシヴァルの口からするりと言葉が出ていた。
「バート、何をしでかしたんだい?」
室内にいた者達の目が語り部であるパーシヴァルではなくバーソロミューにむかう。
バーソロミューの顔はもう泣きそうではなかったが、眉を八の字にはしていた。
「……怒らないかい?」
「謝罪が必要なタイプのしでかしならば、一緒に謝ります」
「…………怒るんじゃないか。インドラには謝罪済みで、技術顧問だったりゴルドルフだったり、わりと多岐に渡ると思うんだけど……」
「こわいこわいこわい! なにしたのバーソロミュー!!」
マスターの声に、バーソロミューは立ち上がると、パーシヴァルの横に座って話しだした。
「汝はイリヤなりや? っていう今年の夏の因習村イベントあっただろう?」
そう話しだしたバーソロミューに、イリヤは顔を青くしたものの、誰もツッコミは入れなかった。
「森羅万象にイリヤが宿り、自然や動物、物理法則や精神論まで全てにイリヤを見いだし、イリヤとなり、その場にいる全てがイリヤと至る、大規模イリヤ汚染」
美遊は頬を染め、クロエはため息をつき、イリヤは顔色を土気色にするが、誰もバーソロミューの言葉を遮らない。
「その場に私もいたのだが、それを見て思ったのが、『あ、姿形はイリヤにはならないんだ』だったんだ」
美遊は神妙な顔になり、そんな美遊の腕を取り、涙目で必死にイリヤが首を振っている。
「それは当然だ。人は血と血管と筋肉と脂肪と骨と皮と、その他もろもろ複雑な組織で成り立っており、大きくかえるには膨大な魔力が必要で、かえたとしても上手く精神を安定させて動かせるかは微妙だろうからね。ならば姿形は元のまま、イリヤに至ってもらったほうがいい」
イリヤがぶんぶんと顔を縦に振っており、そんな二人をクロエが何か突っ込みたそうに見ている。
「じゃあエーテルでできたサーヴァントは?」
薄暗い空間にバーソロミューの声が響く。
「骨も筋肉も血も皮も髪の毛も全てがエーテルでできたサーヴァントならば、エーテルを変化させるだけで可能では? 突拍子のない思いつきだ。わかってはいる。サーヴァントの肉体はその逸話に紐づいて形成されており、エーテルを弄った程度ではその逸話を覆せない」
だが、とまたバーソロミューの声が蝋燭を揺らした。
「そういう特異点ならば? あの因習村のように、その地に、人々に、文化に、儀式に、深く根付いて聖杯のような魔力もあるのならば可能なのでは?」
美遊の顔と身体が、天啓を得た! とばかりに戦慄している。
イリヤが抱きついて止めており、クロエがため息混じりに武器を構えたところで、「だからね」とバーソロミューの声がトーンダウンした。
「それをメカクレでできないかなぁって、考えちゃって…………インドラに聖杯なみのリソース預かった時に」
はぁ?
皆の心が一つになり、真っ先に動いたのはパーシヴァルだった。
「バート!!」
「だって! だって! 考えるのは仕方ないだろう!」
「えぇ、考えるのは仕方ないです。貴方はその頭の良さを否定しはしない。それで、特異点を作った? ならばすぐに報告をなさい! 貴方がここにいるという事は聖杯は? どうして特異点にいない? まだ何かありますね?」
「……私以外をメカクレにと望んだから、私は特異点から弾かれて、他の誰かが特異点を管理してるみたいで……聖杯も奪われて……せっかくのメカクレ特異点! 一目も見ずに解決されるのは業腹で! なんとかしてレイシフトできやしないかと! ここはメカクレの為に信念を曲げてメカクレになるべきかと思い悩んでいたというわけさ!」
「バート!! 貴方さては全く反省してないね!?」
「だって森羅万象にメカクレが宿り、自然や動物、物理法則や精神論まで全てにメカクレを見いだし、メカクレとなり、その場にいる全てがメカクレと至る、そんな特異点を作りだせたんだぞ! 反省する要素がどこにある!」
「…………」
パーシヴァルの目がすっと座る。
自分の前髪にスッと手を伸ばすと、右目に流し、そして衣装を守衛の霊衣に変化させる。
「ピギャ!?」
猫のように飛びのこうとしたバーソロミューの腕を素早く掴むと、パーシヴァルは腕の中にしっかりと抱き止める。
そこに甘い雰囲気はない。
「はな、はな、はなはなはなはなはなはなしっ、ノータッチメカクレぇぇぇ」
ガタガタとバーソロミューは震えているし、パーシヴァルは真顔であり、額に青筋まで浮かべている。
「マスターすみません。私はこれからじっくりとバーソロミューと話し合ってきますので」
「はーいお願いねー。私はダ・ヴィンチちゃんに報告とかしとくー」
マスターが特異点攻略という用事ができたので百物語はこれにて終了。
バーソロミューは一週間、みっちりとパーシヴァルに説教をされ、リアルタイムでは映像でもメカクレ特異点を見る事が許されず、涙したのだった。