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    ue_no_yuka

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    ue_no_yuka

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    ツルも舞わずば撃たれまい 上祭りが終わり、商店街はあの賑わいが嘘のように元の閑散とした通りに戻った。本来三日間だった祭りを一日すっぽかした鷹山は他の夜叉剣舞の演者からこっぴどく叱られ、追い打ちをかけるかのように三日目の夜に逆詫び酒をたっぷり飲まされて、美鶴の肩を借りながら帰宅した。酷い顔色で終始吐き気を催している鷹山とは真逆で、美鶴はずっとご機嫌そうに介抱していた。
    「うっ……水…」
    「はい☺️」
    完全に味を占めていた。


    それから一月が経ち、里は冬になった。この里は冬には雪が多く皆家に籠っているため、手工芸が盛んに行われる。わらじ編みや裂織はもちろんのこと、奥原三代目吟衡の時代から伝わる漆器・吟衡塗りや、煌びやかな螺鈿細工などは、担い手は減っているものの未だ人々に愛される伝統工芸だ。
    鷹山と美鶴は相変わらず鍜冶屋敷で平穏な日々を送っていた。早朝に起きて朝ごはんを食べ、それぞれ仕事をして日が落ちる頃に夕飯を食べ、風呂に入って、たまに晩酌をして寝る。実に変わり映えのない生活だった。鷹山は美鶴が居なくならないと分かってすっかり安心した様子だったが、美鶴はこの生活に些か不満があった。

    「ようちゃんて、性欲無いんでしょうか…」
    及川商店の右奥にある小さな喫茶スペースで、美鶴は両手で持ったコーヒーの湯気を吹きながら呟いた。店番をしていた寛久はその呟きにあえて答えずに、気まずそうな顔を新聞の横から覗かせた。二人きりの店内に沈黙が走った。美鶴はコーヒーを一口飲むと、怪訝そうな顔で話を続けた。
    「別に僕がやる気満々すぎるってわけじゃないと思うんですけど、ようちゃん鈍感すぎません?ちょっと胸元の開いた薄手の服を着てみた時も……」

    『美鶴…』
    『はい(期待)』
    『寒そうだな。服が無いのか?買ってやろうか?』
    『……僕は暑いです…。』
    『…ならいい。』

    美鶴はコーヒーカップの取っ手を持つ手にギュッと力を入れた。
    「夜は寒いから一緒に寝たいって布団に潜り込んだ時も……!」

    『ようちゃん、寒いので一緒に寝てくれませんか?』
    『…いいぞ。』
    『やった(布団に入る)……ようちゃんあったかい…(ほっぺすりすり、足絡ませる)』
    『寒くないか?』
    『はい。』
    『そうか…おやすみ。』
    『…ようちゃん?』
    『……(寝息)』
    『…………』

    コーヒーカップがカタカタと震え出し、美鶴の顔が陰った。
    「同じ布団に入った上にキスしてみた時も……!!」

    『ようちゃん』
    『なん…』
    (キスする)
    『っ…ようちゃん…』
    『……なんだ』
    『……好きです…』
    『…ああ、俺もだ…おやすみ。』
    『お…おやすみ…なさい……』

    揺れでコーヒーがカップから零れそうになったところで、美鶴はカップを皿においた。そして酷く落胆した表情でため息をついた。
    「……僕に魅力が足りないんでしょうか…」
    「いや、それ以上どこを極める気だ!?」
    我慢できずついに寛久は口を開いてしまった。寛久は新聞をカウンターに置いて片方の肘をついた。
    「あんなァ、スメラギさん。あのヨウだぞ?あいづは刀だげに異様に特化したやづだ。普通の人間の感覚で接しちゃダメよ…普通の男ならスメラギさんみたいな人に誘惑されたら即堕ちだってのに…ヨウのやづ、クソ羨ましい…」
    後半は小声で言った寛久だったが、美鶴の耳には全く入っておらず、心ここに在らず。美鶴はため息をついて俯いた。耳元にかかった髪が憂いを帯びた瞳を遮るようにはらりと落ちた。
    「でも、いいんです。ようちゃんとお付き合いしてるだけで夢見たいに幸せですし……」
    言いながら美鶴は深いため息をついて、コーヒーを飲んだ。そんな美鶴を見て寛久は哀れに思えた。そして、親指と中指で丸眼鏡を押し上げて言った。
    「よし、ここは俺がひと肌脱ぐべな!」
    「?」



    ここ最近鷹山は、恐らく自分は今人生の中でもかなり良い心持ちだと思っていた。これから先もずっと美鶴と共にいられる確証がある、自分にそれを主張する権利があるというのは、こんなにもいい気持ちなのかと鷹山はしみじみ感じていた。鷹山は感情をほとんど顔に出さないが、見る人が見れば何となく分かるほど、近頃は浮かれていた。

    「では、お仕事行ってきますね。」
    その日の朝、スーツをきめて、髪をしっかり整えた美鶴はどこからどう見てもやり手のサラリーマンという風貌で屋敷の玄関に立った。見送りに玄関まで出てきた鷹山はそんな美鶴の姿を見てその存在を少し遠く感じた。黙り込む鷹山を美鶴は何か言いたげな目で見ていた。
    「……ようちゃん。」
    「なんだ。」
    鷹山が返事をすると、美鶴は恥ずかしそうに目線を下に向け、小さな声で言った。
    「………行ってらっしゃいの、ちゅーを…」
    物欲しそうにちらちらと鷹山を見るその表情は鷹山のよく知る美鶴で鷹山はどこか安心した。そして手をこまねいて言った。
    「……もっと近くに寄れ。」
    「!…はい!」
    美鶴は飼い主に呼ばれた子犬のように目を輝かせて鷹山に近寄った。鷹山は美鶴に耳と尻尾が見えるような気がした。鷹山は目を閉じた美鶴の薄い唇に軽くキスをした。美鶴は頬を赤らめつつ、嬉しそうに笑みをこぼしながら、もう一度行ってきますと言って出かけて行った。鷹山は胸の中に何かふわふわとした暖かい感情を覚えていた。しかし一方で、鷹山は美鶴との関係にどこか物足りなさも感じていた。鷹山は今まで誰かと交際したことは無く、ましてや恋愛など全くもって興味がなかったため、大半の人が成長する過程で得るであろう知識や常識は殆ど知らなかった。人間関係において鷹山は文字通り小学生以下である。美鶴を見ていると胸のあたりがじわりと熱くなり、触れれば触れるほどさらに求めてしまいたくなる。ただ漠然と物足りなさを感じ、どうすればこの気持ちが満たされるのか、鷹山はそのすべが分からずにいた。


    その日の夕方、作業を終えた鷹山が屋敷に戻ってくると、丁度寛久から携帯に電話がかかってきた。鷹山は慣れない手つきで買ったばかりの携帯を操作し電話に出た。
    「…何の用だ。」
    「おう!元気にしてらが?」
    「ああ。」
    軽く世間話をした後、寛久はなんの前ぶりも無く鷹山に尋ねた。
    「…あのさ、ヨウ。セックスって知ってるか?」
    及川寛久は決して頭のいい男ではないので、ものを言う時は大体ストレートである。鷹山は寛久がたまにこう突拍子もなく言ってくることを知っているので、呆れたようにため息をついた。
    「…いきなりなんだ、馬鹿にしてるのか。」
    「いいがら」
    寛久に急かされて鷹山は再びため息をつきながら言った。
    「子作りだろ。それぐらい俺だって知ってる。」
    「スメラギさんとしねーの?」
    及川寛久は決して頭のいい男ではないので(ry
    「……は?」
    鷹山は寛久の言葉に硬直した。寛久は構わず続ける。
    「だから、スメラギさんとセックスしねーのって」
    及川寛久は決して(ry 鷹山は動揺を隠しきれないまま言った。
    「…何言ってる。男同士でできるわけない…」
    「あのな、ヨウ。男同士でもセックスはできるぞ。」
    「え」
    鷹山は衝撃のあまり言葉を失った。
    「気になるなら調べてみろ。」
    まだ事実を受け止めきれない鷹山に、寛久はじゃあなと言って通話を切ってしまった。鷹山は暫く硬直していた。その頃寛久は、してやったりとばかりに満足気な顔でガッツポーズをきめていた。


    硬直状態から抜け出した鷹山は、風呂を沸かすために風呂小屋へ行って竈に火を起こし始めた。鍜冶屋敷では屋敷とは別の小屋に五右衛門風呂があり、風呂を沸かすには、湯船に水を溜めたあと風呂の下にある竈で薪を燃やして温めなければならなかった。鷹山は燃えたぎる竈に竹筒で息を吹き込みながら寛久に言われたことを再び思い返した。そして風呂を沸かした後、少し迷った末携帯の検索アプリを開いた。もしかするとこの満たされない感情をどうにかするすべが見つかるかもしれない、そんな淡い期待を胸に一文字ずつ文字を打って、右上の検索ボタンを押した。そして見てしまった。野郎×野郎のくんずほぐれつする姿を。
    「け…けつに……」
    案の定鷹山は普通に絶句し、興奮するどころか恐怖を覚えた。鷹山は再生していた動画を途中でやめ、すぐさまブラウザを消した。鷹山はげっそりとした表情で着替えなどの用意をして再び風呂へ行った。ムクロジの泡をつけたヘチマのタワシで身体を擦りながら、鷹山は先程の動画の内容を思い出した。行為自体は鷹山の想像を絶するほどグロテスクだったが、さすがプロとも言うべきか、動画の中の登場人物達は行為の最中ずっと気持ち良さそうだった。鷹山はおもむろにその登場人物の姿を美鶴に重ねた。すると先程までなんの反応もなかった下腹部がじわじわと熱を持ち始めた。
    「っ…!?」
    一度想像してしまうともう何も考えていなかった時には戻れず、鎮めようと目を閉じて頭から水を被るも、まぶたの裏に次々と浮かんできて、鷹山は昂り疼くそこに触れずにはいられなかった。
    「…美鶴……」
    美鶴の雪のように白い肌が火照り、触れる度に桃色の唇から甘い吐息を漏らした。薄茶色の柔らかい髪は乱れて、汗で濡れた額に張り付いている。長いまつ毛は汗と涙で濡れ、その奥にある潤んだ瞳が艶っぽい眼差しをこちらに向けている。そして、息を切らしながら鷹山の耳元で囁いた。
    『ようちゃん、すき。』
    「…っ……」
    鷹山は自分の右手を見てため息をついた。鷹山はそれを身体についた泡と共に水で洗い流し湯船に浸かった。湯船に浸かって一息つくと、みるみる冷静さを取り戻し始め、鷹山は妙な罪悪感に駆られた。そもそも美鶴が鷹山とあんな見るに堪えない行為をしたいとは思えないし、仮にしたかったとしても鷹山が抱く側とは限らない。鷹山は自分が抱かれる姿を想像しようとしただけで気分が悪くなって、お湯に顔を沈めた。

    鷹山が屋敷に戻ると美鶴が既に帰宅しており、夕飯の支度を始めていた。
    「ようちゃん、ただいま帰りました。」
    「あ、ああ…おかえり」
    鷹山は美鶴の顔を見るなり先程の風呂場での出来事を思い出してしまい、気まずさで目を逸らした。そんな鷹山をよそに、美鶴は調理台の横に置いてある発泡スチロールの箱から何やら大きなものを取り出した。
    「今日はようちゃんの好きな山菜おひたしとぉ……なんとなんと!麓でこんなに大きな鰤を手に入れてしまいました〜!!ジャーーン!!」
    美鶴は満面の笑みで普通のものよりひとまわり大きな鰤を顔の横に掲げた。鷹山は不意打ちを食らったように目を瞬かせた。
    「身はそのままお刺身にして、お頭は煮物にしようと思ってるんですけど、ようちゃん何か希望あったりしますか?」
    「……」
    「…ようちゃん?」
    「!…ああ、それでいい。よろしく頼む。」
    「?はーい!」
    純粋で真っ直ぐな笑顔を向けられて、鷹山は身を刺されるような居た堪れなさを感じた。美鶴が夕飯の支度をしている間、鷹山は屋敷の奥間で精神統一と言わんばかりに一心不乱に刀を研いで気を紛らわせていた。
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    ue_no_yuka

    DONE奥原氏物語 前編

    ようみつシリーズ番外編。花雫家の先祖の話。平安末期過去編。皆さんの理解の程度と需要によっては書きますと言いましたが、現時点で唯一の読者まつおさんが是非読みたいと言ってくださったので書きました。いらない人は読まなくていいです。
    月と鶺鴒 いつか罰が当たるだろう。そう思いながら少女は生きていた。

    四人兄弟の三番目に生まれ、兄のように家を守る必要も無く、姉のように十で厄介払いのように嫁に出されることもなく、末の子のように食い扶持を減らすために川に捨てられることもなかった。ただ農民の子らしく農業に勤しみ、家族の団欒で適当に笑って過ごしていればそれでよかった。あとは、薪を拾いに山に行ったついでに、水を汲みに井戸に行ったついでに、洗濯を干したついでに、その辺の地面にその辺に落ちていた木の棒で絵が描ければそれで満足だった。自分だけこんなに楽に生きていて、いつか罰が当たるだろう。そう思いながら少女は生きていた。

    少女が十二の頃、大飢饉が起こり家族は皆死に絶えたが、少女一人だけが生き長らえた。しかし、やがて僅かな食べ物もつき、追い打ちをかけるように大寒波がやってきた。ここまで生き残り、飢えに苦しんだ時間が単楽的なこの人生への罰だったのだ。だがそれももういいだろう。少女はそう思い、冬の冷たい川に身を投げた。
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