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    ue_no_yuka

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    ue_no_yuka

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    拾壱

    ツルも舞わずば撃たれまい 下 夕飯が食卓に並び、鷹山はゴクリと唾を飲んだ。メインは鰤のカブト煮。炊きたての白ご飯、旬の野菜たっぷりの芋のこ汁、山菜おひたしは虎杖のピリ辛和え、こごみの胡麻和え、筍の山椒味噌かけ、こしあぶらの醤油和え。鰤の切り身は綺麗に盛り付けられ、わさびとごま醤油が添えてあった。
    「お燗もつけましたよ〜」
    酒が加わって週末の食卓が完成した。二人はいつも通り向かい合わせに座って手を合わせた。芋のこ汁をひとすすりすると、温かい醤油ベースのつゆが喉を伝って身体の中にじんわりと広がり、里芋ときのこの優しい香りが鼻腔を撫でた。次に鰤のカブト煮を一口。皮までしっかりと脂の乗った身はぷりぷりとしていてよく味が染みている。特に下顎の身は旨味がぎゅっと濃縮されて格別に美味だった。鰤一色に染まった口内に熱燗を注げば、これぞ冬の至高の贅沢だ。鷹山は満足気にほっと息をついた。そんな鷹山を見ながら美鶴はくすっと微笑んだ。鷹山はたまに物足りなさを感じる一方で、こういう平穏な生活に幸せを感じることで、確かにあったはずの不足感も忘れてしまうのだった。



    鷹山は好物の山菜のおひたしに夢中になりすぎたことを後悔していた。本当に束の間目を離した隙に、目の前に酔っ払いが出来上がっていたのだ。いつも鉄板でも入っているのかと思うような真っ直ぐな背筋がくにゃりと曲がり、赤らんだ頬と垂れ下がった眉目尻、食卓に突っ伏して鷹山の名前を呼んだり唸ったりしている。鷹山はため息をついて箸を置いた。
    「おい、美鶴。そこで寝るな。」
    「んぅ〜……えてまへんよ〜…こえから、おふろはいんないといけないんれっから……」
    「…お前は本当に酒に弱いな。」
    鷹山は美鶴が酔う度に、仕事の付き合いの飲みなどでは一体どうしているのかと不安を覚えるのだった。もし他所で美鶴に何かあろうものなら…と考えると鷹山は気が気ではなかった。鷹山は台所へ行き、グラスに水を注いできて美鶴に差し出した。
    「水だ。飲め。」
    「…あい……」
    美鶴はおぼつかない手つきでグラスを受け取り口に運んだ。しかし案の定、飲み口から水がこぼれて美鶴の服を濡らした。
    「……つめたい…」
    ぼーっとしながら言う美鶴に鷹山はまたため息をついた。
    「当たり前だ、こぼしたんだからな。」
    鷹山はグラスを美鶴から取り上げて食卓に置き、手ぬぐいを取り出した。鷹山が美鶴の背に手をやると美鶴は力なく寄りかかった。その拍子にこぼれた水が美鶴の赤くなった首筋を伝って服の中に入っていった。
    「っ…!」
    美鶴の体が小さくはねた。美鶴の赤く火照った顔、微かに潤んだ瞳、熱い吐息、首筋を伝う水と濡れた唇。鷹山は美鶴が帰宅する前の出来事を思い出してしまった。鷹山の中に言い表せぬ強い感情がとめどなく押し寄せた。今すぐ美鶴の全部に触れたい。こんな姿を他の人間にも見せていたなんて許せない。自分だけのものにしたい。誰にも見られないところに隠してしまいたい……。鷹山は手ぬぐいを握った手にぐっと力を入れ、息を吐いて感情を抑え込んだ。
    「……美鶴、今日はもう寝ろ。風呂は明日で良いだろう。」
    「……」
    鷹山がそう言うと、美鶴は黙り込んだまま鷹山の腰に抱きついた。鷹山は先程抑え込んだばかりの感情がまた溢れかえりそうになるのを必死で堪えた。
    「…っ…美鶴……」
    「……ようちゃんは、ぼくのこと抱きたいと思わないんれすか………?」
    美鶴の言葉に鷹山は一瞬思考が停止した。
    「!?」
    美鶴は腕に力を入れ、鷹山の腰に頬を擦り寄せた。
    「ぼくって、ようちゃんがひかれるようなみりょくがないんれしょうか…どこをなおせばいいれすか…?」
    そんな美鶴に鷹山は呆気に取られた。そして目を瞑って息を飲み、美鶴に尋ねた。
    「……俺と、そういうことをしたいのか?」
    美鶴は腰に抱きついたまま小さく頷いた。
    「…はい、とても……」
    「………するか…?」
    「…えっ」
    居間に沈黙が流れた。美鶴は鷹山の腰から離れると驚いた表情で鷹山を見た。鷹山は珍しく少し照れくさそうに、それでいて真剣な眼差しで美鶴を見ていた。美鶴は一気に酔いが覚めたが、別の理由で顔が燃えるように赤くなってきた。そんな美鶴を見て鷹山は羞恥心が増したのか目を逸らした。
    「…嫌なら別にいい、今日でなくとも…お前がしたいときに…」
    「ッ待ってて下さい…!!準備してきます…!!」
    美鶴は勢いよく立ち上がると、ものすごい速さで食卓を片付け風呂場へ去っていった。一瞬の出来事に鷹山はなすすべもなく呆気に取られていた。しかし脳が現状に追いつくと柄にもなく緊張し始め、いそいそと寝床の準備をしに寝室へ向かった。



    「…お待たせしました。」
    一時間ほどして美鶴が鷹山の寝室にやってきた。先程まで和らいできていたはずの緊張が再び鷹山を襲った。
    「……随分、遅かったな……」
    「その…色々と、準備することがありますので……」
    そう言って美鶴は胡座した鷹山の向かいに正座した。
    「……」
    「……」
    「……やっぱり今夜でない方が良いか…?」
    「いえ…!!やりましょう…!!」
    「わ、分かった…」
    鷹山が手を差し出すと、美鶴はその手を取って鷹山の近くに座った。しかしいざ同じ布団の上で、至近距離で向き合うと、二人とも恥ずかしさと緊張で黙り込んでしまった。お互い握った手を離すことができず俯いたまま沈黙が流れた。美鶴は漸く叶った念願のこの瞬間に若干脳が追いついていなかった。鷹山と出会ってから十六年、離れていても鷹山だけを思い続け、鷹山にとって完璧な伴侶となるため弛まぬ努力を続け、やっと想いが通じ合えた、そんな今までの出来事を思い出して少し泣きそうにすらなっていた。先に沈黙を破ったのは鷹山だった。
    「俺は経験がなくて勝手が分からないんだが…お前はどうして欲しい?」
    「えっ?あっ、そ、その、えっと…じゃあ……キスを…」
    突然声をかけられ前を向くと、至近距離で鷹山が自分を見つめていて思わず心臓が跳ね、一気に顔が熱くなって、美鶴は吃りながら答えた。
    「分かった…」
    鷹山は美鶴の真っ赤な顔に手を添え、美鶴の唇にゆっくりと近付いた。美鶴も胸に手を当てて跳ねる心臓を押さえつけながらゆっくりと目を閉じた。唇同士が触れ合うと美鶴は鷹山の服の袖を軽く握った。鷹山も美鶴の腰に手を回した。美鶴が鷹山の下唇を軽く舌でなぞると、鷹山は小さく口を開けた。二人は互いの唇を食むように舌を絡め合わせた。少し苦しそうに鼻で息をする美鶴を鷹山はどうしようもなく愛おしく思った。美鶴の舌が鷹山の歯をなぞると鷹山の身体が小さく動いた。そんな鷹山に美鶴は口付けをしながら小さく笑みをこぼした。互いの唇が離れると美鶴はにっこりと微笑んで言った。
    「ふふ、ようちゃんて口の中弱いですよね。」
    くすくす笑う美鶴を鷹山はムッとして軽く睨んだ。そして、美鶴の頭の後ろに手を回して抱き寄せると耳元で言った。
    「…お前だって、これが好きだろ。」
    「あっ…」
    美鶴の身体がビクッとはねた。
    「そ、それずるいです…!」
    「こんなに耳が弱くて大丈夫なのか?」
    「ち、ちが…ようちゃんにだけです…っようちゃんだから…っあ…」
    「…どうだかな」
    鷹山は美鶴の耳を甘噛んだ。美鶴は甘い声をもらしながら鷹山の服を掴んだ。鷹山はそのまま唇を美鶴の首筋に沿わせ、形良い鎖骨にキスを落としながら、美鶴のシャツのボタンを外した。そのままゆっくりとシャツを脱がせ、美鶴の背筋をなぞりながら腰を抱いた。鷹山のこなれた手つきに違和感を覚えた美鶴は、鷹山の両手を掴んで顔の横に持ってきて言った。
    「っ…なんか、ようちゃん…初めてと言う割には慣れてませんか…?」
    「……そんなわけ、ないだろ…」
    鷹山は確かに他人との性行為の経験はなかったが、若くして刀工になることが出来たその事由というのか、一度見た作業やその工程をすぐに覚えてしまう癖があった。美鶴が帰ってくる前に見たあの動画を参考にしているとはとても言えず、鷹山は言葉を濁した。鷹山の反応にさらに違和感を覚えた美鶴はすかさず問い詰めた。
    「別に僕に気を遣わなくてもいいですから…!本当はしたことあるんでしょ?その…女の子と……」
    美鶴は言葉とは裏腹に今にも泣きそうな表情を浮かべて俯いた。そんな美鶴を見て鷹山は余計罪悪感に駆られ、正直に全てを話した。
    「なあんだ、そういうことですね!」
    「そういうことだ…」
    美鶴は安心して嬉しそうににこにこしていたが、鷹山は羞恥心でいたたまれない気持ちだった。
    「でも僕は、できればそういうの一緒に覚えていけたらいいなって思ってます…。だから、もしようちゃんさえ良ければ、そういう動画はあまり見ないで下さいね…」
    美鶴は安心した様子だったが、やはりどこか寂しげだった。出会ってからただずっと献身的だった美鶴は、恋人同士になってからやっとこういった独占欲を見せるようになった。鷹山は美鶴のそんな変化に嬉しさと少しの優越感を感じていた。
    「…分かった。もう見ない。」
    鷹山はそう言って再び美鶴の頬に手を沿え、口付けようと顔を近付けた。しかし美鶴は人差し指を立てて遮るように口を開いた。
    「ああでも、もし情事の際に僕にして欲しいことなどございましたらなんなりと」
    「……美鶴」
    「ようちゃんのご要望でしたら、過激な趣向のものでも身体を張る覚悟は出来ておりますので」
    「…みts」
    「もしそれでもどうしてもご不満でしたら、そういった動画や著作物をご覧になっても」
    「……」
    「あ、でも浮気などはかなりメンタルにダメージがあるのでなさる場合は事前にお知らせ頂くか、僕が気付かない程度に…」
    「美鶴…!」
    鷹山が珍しく大きめな声を出したので美鶴は驚いて目を見開いた。鷹山は美鶴の両手首を掴んで、美鶴の目を真っ直ぐ見つめて言った。
    「俺はお前以外興味無い。」
    「はわわ…」
    鷹山の言葉に美鶴の語彙力は著しく低下した。鷹山はそのまま美鶴を押し倒すと、下に着ているものをまとめて一気に剥ぎ取った。そして自分も寝間着の上を脱ぐと美鶴の両腕を片手で押さえつけ、美鶴の胸のあたりに顔を近付けながら下腹部に手を伸ばした。
    「もういい。お前はもう黙っていろ。」
    「えっ、ちょっ、ようちゃん…!?あの、そこは…待っ…!」
    他の人間にうつつを抜かす余裕もそのつもりも毛頭ない。自分はまだ目の前の本命にすら触れられていないのに。鷹山はそんなことを考えながら、美鶴がもう無理だと言っても聞く耳を持たなかった。そして翌日の朝、美鶴が鍛治屋敷にやってきて初めて、鷹山が美鶴より先に起床したのだった。
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