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    ue_no_yuka

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    拾参

    スズメの千声ツルの一声 中 鷹山達は鳶翔のための作り置きを用意した後、身支度を済ませて鍛治屋敷を出た。例年この時期に里へ行くにはどうしても歩くしかなかったが、今年は美鶴のフィンランド仕込み(?)の雪掻き技術で何とか車を出せるまでの道が出来上がっていた。進んで運転しようとする美鶴を助手席に座らせ、鷹山がハンドルを握った。雪が積もると景色は驚く程様変わりする。特に車を運転するにあたっては最低最悪なコンディションと言える。辺り一面真っ白どころか道がどこにあるのかも分からない。しかも鍛治屋敷から里に続く道は市道ですらないため、ポールのような目印も無い。鷹山は木の生え方を見ながら慎重に進んでいった。やっと里のしっかり舗装された道路に辿り着くも、そこからは山道とはまた違った地獄が待っている。雪が溶けて凍った氷が道路全体を覆っており、この状態の道路におけるブレーキの頼りなさと言ったらない。気を抜けば後輪が滑って対向車と激突衝撃パラダイスだ。雪なんか降っても良いことは無い。鷹山は慎重に運転を続けた。


    鍛治屋敷を出て約二十分、鷹山達の乗った車は花雫家に到着した。花雫家は山に囲まれた里の北側にある小高い丘の上にあり、すぐ後ろは山になっていた。鷹山は車から降りて荷物を持ち玄関に向かって歩き始めたが、美鶴は唖然として車の横で立ち尽くしていた。
    「どうした、行くぞ。」
    「………これが、ようちゃんのご実家…?」
    「?ああ。花雫宗家の屋敷だ。」
    美鶴は空いた口が塞がらなかった。花雫家は広さにして約五千坪。家の周りはぐるりと白い外壁に囲まれ、正面には木造の大きな門が建っていた。鷹山は呆気に取られて固まった美鶴の手を引いて玄関へ向かった。呼鈴を押して玄関に入ると奥からバタバタと足音が聞こえてきて、夕依が鷹山に飛びついた。
    「よっちゃん来たー!」
    「夕依、久しぶりだな。」
    夕依は鷹山の後ろにいる美鶴に気付くと目を輝かせた。
    「みっちゃんも来てくれたんだ!」
    美鶴は夕依に声をかけられ、ハッとして夕依を見るとにこりと笑った。
    「こんにちは夕依ちゃん、お元気そうで何よりです。」
    夕依は鷹山から降りるとすぐさま美鶴の手を取って言った。
    「みっちゃん!夕依がおうち案内してあげる!こっち来て!」
    夕依に急かされながら鷹山達は靴を脱いで下駄箱に仕舞い、屋敷の中へ入っていった。

    屋敷は格式高くも趣のある数奇屋風書院造りの建物で、特に母屋は江戸時代に建てられたものだった。長い廊下からは中庭が見え、美しい雪景色が広がっていた。庭の真ん中に橋のかかった池があり、夕依によると今は冬眠しているが鯉がいるのだという。夕依に案内されながら屋敷の奥に進んでいくと何やら良い匂いが漂ってきて、人の声が聞こえてきた。
    「ママ、ばぁば、よっちゃん来たよ!」
    夕依に連れられて着いた先は台所だった。夕依は小走りで中へ入っていったが、鷹山は台所には入らず入口の手前で立ち止まった。美鶴は鷹山の影から顔を覗かせて台所の中に目をやった。そこには着物姿の女が二人いて、何やら忙しそうに作業をしていた。夕依は珊瑚色の着物を着た女に抱きついて言った。
    「ママ、よっちゃん!」
    ママと呼ばれたその女は「あら、そう」と言って夕依の頭を撫でた。しかし鷹山に声をかけることはなく、背を向けたまま作業を続けた。美鶴は女の態度に違和感を覚えつつ鷹山を見た。鷹山も無言のままその場を動く気配がなかった。するともう一人の女が振り向いた。女は美鶴を見ると驚いた表情をして、作業の手を止めて言った。
    「…どちら様?」
    女がそう尋ねると、珊瑚色の着物の女も振り向いて鷹山達を見、あからさまに眉をひそめた。より一層空気張り詰めた。美鶴は鷹山の手前に出て一礼するとニコリと笑って言った。
    「初めまして、住良木美鶴と申します。今年の夏頃から鷹山さんのお家で間借りさせて頂いております。」
    女達は驚いて顔を見合せた。
    「夕依、お祭りの時みっちゃんにたこ焼き買ってもらった!」
    夕依は珊瑚色の着物の女を見上げて言った。
    「あら、そうだったの?初めまして。現花雫家当主の長女の花雫燕匁(つばめ)です。娘がお世話になっていたようで、ご挨拶が遅れてごめんなさい。」
    燕匁と名乗った女は夕依の頭を撫でながら、夕依にそっくりな笑顔で言った。
    「いえ、とんでもありません。」
    続いてもう一人の女も美鶴に向かってお辞儀をして言った。
    「私は夕依の祖母の青柳(あおやぎ)シズ子と申します。燕匁さんの夫の母でございます。」
    「燕匁さん、シズ子さん、どうぞよろしくお願いします。」
    美鶴は再び微笑んで見せた。燕匁とシズ子は美鶴の美しさに頬を染めて暫く見とれ、やがて美鶴の方をちらちらと見ながら作業を再開した。すると鷹山がやっと台所から動き始めた。どうやら鷹山は美鶴が二人に挨拶をするのを待っていたようだった。美鶴は、二人と一言も交わさなかったどころか、台所にも入らず目も合わせようとしていなかった鷹山に違和感を覚えた。鷹山の後ろについて廊下を歩きながら美鶴は小声で尋ねた。
    「あの、ようちゃん…?」
    「なんだ。」
    美鶴に声をかけられて鷹山は歩きながら美鶴の方を見た。美鶴は先程の態度から鷹山が不機嫌なのかと思っていたが、その表情は至って普通だった。
    「…先程のお二人とはどういったご関係なのか聞いても…?」
    「……」
    美鶴の問いに鷹山は暫くして言葉を濁すように言った。
    「…あの二人は俺の……叔母と義理の祖母だ。」
    鷹山はそれ以上二人について何も言わなかった。美鶴は鷹山の話し方にまた違和感を覚えた。鍛治屋敷を出る前に鳶翔と花雫家の話をしていた時もそうだった。鷹山と花雫家の間には何かある、美鶴はそう思わずにはいられなかった。


    鷹山はそのまま真っ直ぐ廊下を歩いていき、突き当たりの部屋の前で立ち止まった。
    「……」
    鷹山が無言でただ立ち止まっているので、美鶴は気になって鷹山の顔を覗き込んだ。その瞬間、美鶴は驚きのあまり少し身じろいだ。鷹山は今まで美鶴が見た事のない顔をしていたのだ。微かに瞳孔が開き、眉間にシワを寄せ、こめかみに冷や汗が伝っていて、心做しか息が上がっているようだった。その表情はまるで何かに怯えているようだった。美鶴は声をかけようと口を開いたが、声を発する前に鷹山が部屋の障子を開けた。
    部屋の中では老婆が一人、部屋の真ん中に座って鷹山達に背を向けた状態で花を生けていた。老婆は鷹山達の存在に気付いていない様子で黙々と作業を続けていた。鷹山はぶつからないよう頭を下げて鴨居をくぐり、部屋の中に入った。それでも老婆は気付かないようだった。
    「婆さん」
    鷹山が声をかけると老婆は漸く気付いて、ナンテンの枝を切る手を止めた。
    「鷹山」
    老婆はゆっくりと鷹山の方を見ると、目を細めて口角を上げた。その表情は、笑顔のようでいて全く別のものに思えた。美鶴は静かに息を飲んだ。老婆の死んだ魚のように濁った虚ろな目は鷹山の方に向いているだけであって、鷹山を見てはいないようだった。


    「…どうぞ。」
    老婆、花雫家当主・花雫雲雀(ひばり)は点てたばかりのお茶を鷹山達の前に置いた。
    「ありがとうございます。」
    茶碗を持って口元に近付けると、抹茶の優しい良い香りがふわりと香った。美鶴は目を閉じてお茶を飲んだ。上品な苦みと甘みが口内にじわりと広がった。濃厚でいて心地よい滑らかな舌触り、美鶴は雲雀の茶の腕前を確信した。先程の生け花も、途中経過ではあったが相当のものだ。茶も花もどちらも一流と言えるだろう。美鶴は茶碗を置きながら正面に座った雲雀を見た。美しく伸びた背筋、長い白髪を螺鈿細工が施された木製の簪ですっきりとまとめていて、紫水晶色の着物がよく似合っていた。目を瞑ってお茶を味わっているその姿は、先程の傀儡のような表情が想像できないほど、穏やかで美しく、花雫家の現当主と言えるだけの風格があった。
    雲雀は茶碗を置くと、ずっと黙りこくっている鷹山に声をかけた。
    「鷹山、四年も会えず心配していましたよ。ずっと刀作りをしていたの?」
    雲雀の問いかけに鷹山は暫く沈黙し、返事をした。
    「………ああ」
    「そう、ならもう満足したかしら。」
    そう言って雲雀は先程と同じように、目を細めて口角を上げた。美鶴はその顔を見てやはり不気味だと思った。まるで、その表情に当人の意思は無いかのように思えた。鷹山は黙り込んだまま雲雀を睨んだ。それでも雲雀は意に介さないといった様子で不気味な笑顔を浮かべたまま言った。
    「そろそろこちらに戻って来なさいな。あなたはこの花雫家の次期当主なのだから。」
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    ue_no_yuka

    DONE奥原氏物語 前編

    ようみつシリーズ番外編。花雫家の先祖の話。平安末期過去編。皆さんの理解の程度と需要によっては書きますと言いましたが、現時点で唯一の読者まつおさんが是非読みたいと言ってくださったので書きました。いらない人は読まなくていいです。
    月と鶺鴒 いつか罰が当たるだろう。そう思いながら少女は生きていた。

    四人兄弟の三番目に生まれ、兄のように家を守る必要も無く、姉のように十で厄介払いのように嫁に出されることもなく、末の子のように食い扶持を減らすために川に捨てられることもなかった。ただ農民の子らしく農業に勤しみ、家族の団欒で適当に笑って過ごしていればそれでよかった。あとは、薪を拾いに山に行ったついでに、水を汲みに井戸に行ったついでに、洗濯を干したついでに、その辺の地面にその辺に落ちていた木の棒で絵が描ければそれで満足だった。自分だけこんなに楽に生きていて、いつか罰が当たるだろう。そう思いながら少女は生きていた。

    少女が十二の頃、大飢饉が起こり家族は皆死に絶えたが、少女一人だけが生き長らえた。しかし、やがて僅かな食べ物もつき、追い打ちをかけるように大寒波がやってきた。ここまで生き残り、飢えに苦しんだ時間が単楽的なこの人生への罰だったのだ。だがそれももういいだろう。少女はそう思い、冬の冷たい川に身を投げた。
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