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    ue_no_yuka

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    ue_no_yuka

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    拾伍

    籠鳥檻鷹 上 きなりの生地に細かく丁寧に刺繍された清流と野菊、それに鶴。
    「あたしが若い頃に着てたやづなんだけんどね!」
    それでいて一輪の百合を思わせるような、儚げながら凛とした佇まい。
    「この子スタイルが良いがら〜」
    襟から伸びる白く滑らかな首筋。後れ毛のかかった項。
    「ちょっと短いけどヘアアレンジもしてみたの!」
    白い陶器の肌に目立つ赤い口紅、目弾き。薄らと桃色に色付いた頬。
    「お化粧もちょっとね〜!でもこの子、ほんとにお肌綺麗スベスベなの!だからルージュとアイラインと、ほんのちょっとチークだけね〜」
    そして、薄茶色の長いまつ毛の奥には、引き寄せられるような力強い瞳。
    「どーお?鷹山ちゃん、あんたの奥さんかわいいでしょ〜!」

    呼吸とは一体どうやってするものだっただろうか。傾城傾国、羞花閉月、沈魚落雁、解語の花とはまさにこのことを言うのか。いや、最早この世に目の前の人物を完璧に表現できる言葉などあるのだろうか。鷹山がそんなことを考えていると、美鶴は袖を持って自分の身なりを確かめ、少し頬を赤らめてにこりと笑った。
    「ちょっと、照れくさいですね。」
    鷹山は脳天に霹靂が落ちる感覚がした。鷹山は羽織を脱ぐと美鶴に頭から被せた。
    「ちょっと鷹山ちゃん!やめてよ!髪崩れちゃう!」
    鷹山の従伯母・姫妙子(きぬこ)は急いで鷹山の羽織を取ろうとした。しかし鷹山の無駄に大きな身体に阻まれて手が届かなかった。鷹山は羽織の襟元を美鶴の顎の下で掴んで、姫妙子を睨みつけた。
    「だめだ。」
    珍しくあからさまに独占欲を剥き出しにする鷹山を美鶴は頬を染めて目を輝かせながら見つめた。
    「ようちゃん…♡」
    姫妙子は一向に羽織を取ることができず、ムッとして鷹山を見上げた。
    「もう〜!鷹山ちゃん!」
    「俺達はもう帰る。美鶴、行くぞ。」
    鷹山は美鶴の手をとると足早に玄関へ向かって行った。着物は後で返すと言い放って本当に帰っていきそうな鷹山の様子に姫妙子の方が折れた。
    「もう!仕方ないがらお化粧は取るわよ!」
    頬を膨らませてムッとする姫妙子を、鷹山は振り返って睨みつけながら言った。
    「全部元に戻せ。」
    鷹山に気圧されて姫妙子は両手を顔の横で振りながらため息をついた。
    「あーはいはい、分がりました旦那様!」
    姫妙子は着付けした部屋に再び美鶴を連れて行くと、着物を脱がせながらぼやいた。
    「もう、折角かわいいのに…鷹山ちゃんたら独占欲が強いんだから…!困っちゃうわよね〜」
    「あはは…」
    美鶴は困ったように笑ったが、内心は満更でもないどころか大歓迎だった。


    あの後、厠に抜けた鷹山を待ちながら、美鶴は雲雀の人柄と花雫家の人間関係を少しでも探ろうと話を続けた。雲雀はお茶と花を心得る、良い家柄の女性に間違いなかった。茶道と花道の他にも書道や日本舞踊、琴などにもおぼえがあるらしく、所作の一つ一つに品があった。だからこそ余計にその不気味な笑顔や虚ろな目には違和感があった。育ってきた環境に問題があるのかと思い美鶴はさり気なく探りを入れたが、特にそういった雰囲気は無く、夫婦関係も良好だったように見受けられた。先代当主である鷹山の祖父・花雫清鳳(きよたか)が八年前に亡くなり、当時まだ高校生だった鷹山に代わって祖母である雲雀が花雫家の当主となった。清鳳と雲雀の間に男児はおらず、鷹山の母と十歳離れた夕依の母・燕匁の二人姉妹だった。雲雀の話によれば姉妹は歳が離れていることもあって喧嘩は無く仲が良かったらしい。燕匁とシズ子のあの態度は親同士の不仲が原因かと考えていた美鶴だったが、それは予想違いだった。鷹山が七歳の時に両親が他界し、それから高校生までの間は鍛治屋敷と花雫の屋敷を行ったり来たりしていた。美鶴は鷹山の両親が亡くなっていたことを知らなかったので、家族の話がなかったのはそのせいかと理解した。鷹山は元々口数は少ないが、家族の話になると決まっていつも鳶翔の名前が出ていた。それだけ鷹山にとって鳶翔は家族のような存在なのだと美鶴はいつも感じていた。暫くして鷹山が戻ってきたので、美鶴は茶碗を片付けて鷹山と共に雲雀の部屋を後にした。結局美鶴の中にあった違和感は余計に強まっただけだった。


    茶碗を下げに台所へ行くと新しい人物がいた。それが姫妙子だった。姫妙子は鷹山の祖父・清鳳の姉の娘で、シズ子と燕匁と世間話をしていたが、美鶴を見るなり発狂し、鷹山の肩をバシバシ叩きながら問い詰めた。姫妙子は屋敷の一室に美鶴を連れ込んで袴を剥ぎ取り、着せ替え人形ばりに自分のお古の着物を着せ始めたのだった。姫妙子が美鶴に着せる着物はどれもスラリとしたシルエットのものばかりで、今の姫妙子からは想像もつかなかった。それよりも姫妙子の着せ替えの素早さに美鶴は感心して眺めていた。燕匁やシズ子とは違って、姫妙子の鷹山に対する態度は至って普通で、鷹山も鬱陶しそうにはしているものの、二人に対する時より気を張っていないようだった。
    昼を過ぎると屋敷に続々と人がやって来て、来たばかりの時は静まり返っていた屋敷は段々と賑やかになっていった。美鶴は台所に行って燕匁やシズ子の手伝いを始めた。鷹山は昼過ぎからやってきた男衆に混ざって、広間に宴会のための机運びや飾り付けをした。



    これは知っている。サマー〇ォーズだ。豪勢な料理が並んだ食卓をずらりと囲んだ花雫一族を見て美鶴は思った。なお下記の夕依のセリフは特に伏線なども無いので読まなくていい。
    「みっちゃん、紹介するね!清鳳おじいちゃんのお姉ちゃんの鵺子(ぬえこ)おばあちゃんに鵺子おばあちゃんの旦那さんの金美(かねみ)おじいちゃん、清鳳おじいちゃんの妹の鶚(みさご)おばあちゃんと旦那さんの榴朗(ざくろう)おじいちゃん、もう一人の妹の鸞子(らんこ)おばあちゃん。鵺子おばあちゃんちの姫妙子おばちゃんと旦那さんの閃士郎おじちゃん、姫妙子おばちゃんの弟の成美(なりよし)おじちゃんと奥さんのマリ子おばちゃん、姫妙子おばちゃんちの紫郎さんと亜矢子さんとルミさん、成美おじちゃんちの衣織さんと悟郎さんと憲さんと鏡子さん。鶚おばあちゃんちの桂樹(けいじゅ)おじちゃん。鸞子おばあちゃんちの千弦おばちゃんと私の従兄の獅抑(しお)くんと揚羽(あげは)くん。千弦さんの弟の大智さんの奥さんの識さんと従姉の真(さな)ちゃん。紫郎さんの奥さんの陽向葵(ひなた)さんと二人の子供の碧生(あおい)くん、かぐやちゃん、翠(すい)くん。亜矢子さんちの晋助くん、魅月(ひかり)ちゃん。ルミさんの旦那さんのフェルナンドと二人の赤ちゃんのカミーユ。衣織さんの奥さんの星耶(せいや)さんとこっちが周(あまね)くん。憲さんの奥さんの法子(のりこ)さんとこの子が潔(いさぎ)ちゃん。私のママとパパとシズ子おばあちゃん。覚えた?」
    こうして見るとまるで旧約聖書だ。花雫一族の面々は各々ニヤついたり、苦笑したり、美鶴に見とれたりしていたが、皆揃って同じことを考えていた。いや、無理だろ、と。するとその中から中年の男が自分を指さして言った。
    「はい!俺はなんて名前でしょーか!?」
    美鶴は自信満々でニヤつく男に向かって笑顔で言った。
    「はい。成美さんちの悟郎さんですね。」
    「えっ…!?」
    男はもちろん、鷹山も含む花雫一族全員が驚愕した表情で美鶴を見た。その顔が皆どこか似ていて美鶴は笑いそうになるのを堪えた。すると皆次々に自分を指さして言った。
    「えー!じゃあ私は?」
    「姫妙子さんちの亜矢子さん。」
    「すごいすごい!あたしは?」
    「大智さんちの真さん。」
    「オレたち双子だけど」
    「どっちがどっちか分かる?」
    「はい。千弦さんちの、右が獅抑くんで左が揚羽くんですね。」
    「すげぇ…」
    「ボクら見分けられる人初めてだね…」
    「ハァイ!ワタシは分かりマシタカ!?」
    「ルミさんの旦那さんのフェルナンドさんですね。」
    「いやお前は分かりやすいべ。」
    広間に笑いが巻き起こった。
    「すごいねぇみっちゃん…!どうやって覚えたの!?」
    夕依に問い詰められて美鶴は言った。
    「頭の中で相関図を作っていくんですよ。あとは、名前を聞いた時に最初の文字をその人のイメージとしてインプットするとすぐに出てくるようになります。」
    「えぇ??」
    フクロウばりに首を傾げる夕依の頭にぽんと手を置いて鷹山は言った。
    「夕依、諦めろ。こいつはロボットだ。」
    「そうだねぇ。」
    「あの、僕貶されてますか?」
    美鶴の想像と違って、花雫家は賑やかで皆仲が良さそうだった。鷹山も燕匁とシズ子以外の親戚達とは、たまに顔と名前が一致していないようだったが普通に接していた。花雫一族は皆口々に美鶴に声をかけた。
    「よろしくなぁ!美鶴ちゃん!」
    「はい!こちらこそよろしくお願いします。」

    皆が盛り上がっていると、奥の襖が開いて雲雀が広間に姿を現した。その瞬間、先程まで賑やかに笑いに溢れていた広間がしんと静まり返った。美鶴は食卓を囲んだ皆の表情を見た。雲雀の方を見て嬉しそうに微笑んでいる者。明後日の方向を見ている者。心做しか怯えたような顔をしている者。俯いて表情の見えない者。花雫家の異様な雰囲気、その原因はきっとこの現当主・花雫雲雀にあるのだと美鶴は確信した。
    「ごきげんよう皆さん。今年もまた皆で新年を迎えられること、嬉しく思います。」
    雲雀は一番奥の上座に座ると、あの不気味な笑顔で微笑んだ。
    「さぁ、召し上がりましょう。」
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    ue_no_yuka

    DONE奥原氏物語 前編

    ようみつシリーズ番外編。花雫家の先祖の話。平安末期過去編。皆さんの理解の程度と需要によっては書きますと言いましたが、現時点で唯一の読者まつおさんが是非読みたいと言ってくださったので書きました。いらない人は読まなくていいです。
    月と鶺鴒 いつか罰が当たるだろう。そう思いながら少女は生きていた。

    四人兄弟の三番目に生まれ、兄のように家を守る必要も無く、姉のように十で厄介払いのように嫁に出されることもなく、末の子のように食い扶持を減らすために川に捨てられることもなかった。ただ農民の子らしく農業に勤しみ、家族の団欒で適当に笑って過ごしていればそれでよかった。あとは、薪を拾いに山に行ったついでに、水を汲みに井戸に行ったついでに、洗濯を干したついでに、その辺の地面にその辺に落ちていた木の棒で絵が描ければそれで満足だった。自分だけこんなに楽に生きていて、いつか罰が当たるだろう。そう思いながら少女は生きていた。

    少女が十二の頃、大飢饉が起こり家族は皆死に絶えたが、少女一人だけが生き長らえた。しかし、やがて僅かな食べ物もつき、追い打ちをかけるように大寒波がやってきた。ここまで生き残り、飢えに苦しんだ時間が単楽的なこの人生への罰だったのだ。だがそれももういいだろう。少女はそう思い、冬の冷たい川に身を投げた。
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