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    ue_no_yuka

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    拾陸

    籠鳥檻鷹 中の上 これは知っている。〇マーウォーズだ。美鶴は思った。
    「とぉきは安土桃山時代末期ィせぇぇきヶ原の戦いィィ!!我らが御先祖様は石田三成率いる西軍であった!!数々の大名達が東軍に寝返っていく中、我らが御先祖様は忠義を忘れず、最後の最後まで西軍勝利のために戦いぬいたァ!!」
    「うおおおおお!!!」
    いつの間にか広間は、御先祖様崇め隊、酒飲み対決組、世間話に花を咲かす女性陣、飽きて走り回るちびっこ達に分かれて混沌としていた。宴会の初めは皆黙々と食事をしていたが、酒がまわり始めると次第に賑やかになっていった。美鶴も酒を勧められたが、鷹山が絶対飲むなと強く言うのと、帰りに車を運転しなければいけないこともあって飲まなかった。
    完全に酔い潰れた叔父の成美と向かい合わせに座って、鷹山は清酒の入ったお猪口をぐいと一気に煽り机に置いた。その瞬間二人を囲んでいた皆がワッと盛り上がった。
    「…っ飲んだーーー!!!鷹山これで五人抜きだーー!!!」
    鷹山の前で机に突っ伏した成美は全身が茹でダコのように真っ赤で、意識も朦朧としている様子だった。成美の後ろにも鷹山に惨敗した四人が転がっていた。
    「くほォ…ころしあ、かろぉろおもっえはのい……(くそ、今年は勝とうと思ってたのに)」
    成美は酷い呂律で言った。
    「おい。もう誰もいないのか?」
    そう言った鷹山はかれこれ一人で一升瓶一本は開けているが、顔色は至って普通で、意識も依然としてしっかりしていた。
    「よぉし、今度ぁあたすが相手だ!」
    成美を押しのけて、姫妙子の娘の亜矢子が鷹山の向かいに座った。周りから喝采が巻き起こる。
    「あやちゃんついに登場だ!手強いぞ〜!」
    酒飲み対決をする鷹山の横で、鷹山にこまめに水をさしだしながら、美鶴は御先祖様崇め隊に加わって話を聞いていた。崇め隊長、鷹山の大叔母鵺子の夫・金美は片手に酒瓶を持って、手ぬぐいをはちまきのように頭に巻いて熱く語った。
    金美によると、花雫家は戦国時代から力を発揮した大名家で、約二十万石の領地を治めていたという。関ヶ原の戦いで西軍だったこともあり、江戸時代初期は外様大名としてそれなりの扱いを受けたが、徳川家によく仕え、忠義のもとその地位を築いていった。幕末、戊辰戦争でも最後まで徳川家に忠誠の限りを尽くし、新政府に賊軍とされるも武士道を貫いた。明治時代は減封や転封が命じられるもなんとか遣り繰りして財政難を乗り切り、新政府に優秀な人材を多く派遣して賊軍の汚名を雪いだ。そして現在でも一族や分家から議員、医者、弁護士、教師、警官、アスリートやアーティストなどを輩出しており、県内でも有数の権力を持った一族だった。美鶴は花雫家の想像以上の規模に驚いた。そして、雲雀が言っていた、鷹山の花雫家次期当主という肩書きの重さを理解した。



    宴会も終盤に差し掛かってきた時、それまでずっとただ静かに座っていた雲雀が立ち上がって、パンと手を叩いた。すると皆静まり返って雲雀の方を見た。
    「さて、由緒正しき花雫の血を引く方々は奥の間に参りましょう。」
    雲雀がそう言うと広間の人々はちらほらと立ち上がって、次々に雲雀の後に着いて行った。鷹山もすっと立ち上がると何も言わずに奥の間へ歩いて行き、広間に残ったのは美鶴を含め全体の半数ほどだった。
    「…あの、今から何をするんですか?」
    美鶴は残っていた姫妙子の夫・閃士郎に尋ねた。しかし閃士郎は首を横に振った。
    「俺達にも分がらねぇ。一度奥の間を覗こうとしたことがあったんだが、雲雀さんに恐ろしく叱られてな。」
    あの穏やかな雲雀が怒りを見せる姿など美鶴には想像も出来なかった。奥の間へ入っていったのは花雫の血を引くもの、嫁や婿以外の全員だった。鷹山のはとこの子供達が広間に残っているのを見る限り、花雫の血に数えられるのははとこ達までなのだろう。余程知られたくない一族の秘密でもあるのだろうか。美鶴が奥の間を気にしていると、成美の妻・マリ子が美鶴に声をかけた。
    「美鶴ちゃん気になるわよね。私もよ。この家はおかしいもの。」
    マリ子の言葉に美鶴は驚いてマリ子を見た。マリ子は深刻そうな表情で奥の間へ続く廊下を見ていた。
    「!…マリ子さんもそう思うんですか?」
    「あら、私の名前も覚えててくれたのね。」
    美鶴が言葉を返すとマリ子は美鶴を見て嬉しそうにほほえんだ。そして広間を見渡しながら小声で言った。
    「今日来ていない人もいるでしょう?鸞子おばさまのところの大智さんとか、千弦さんの旦那さんとか…あの人たちも多分何か気付いているんじゃないかしら。」
    「何か…?」
    マリ子の意味深な物言いに首を傾げる美鶴を見て、マリ子は俯いて尋ねた。
    「…美鶴ちゃんは鷹山ちゃんとは小学校の頃からの付き合いだと言ってたわよね?」
    「?ええ。付き合いというか、来日した際に何度か会ったというだけですが…」
    「…何かおかしいと思わなかった?例えば、何か忘れているとか…」
    美鶴はマリ子の言葉に驚いて息を飲んだ。これまで美鶴は二度鷹山に再会しているが、その度に鷹山は美鶴のことを忘れていた。美鶴はマリ子に向き直って言った。
    「はい、ありました。来日してようちゃんに会う度に、ようちゃんは僕のことを全く覚えていなくて…ようちゃんの性格ゆえだと思っていましたが…」
    マリ子はやっぱりと言って美鶴を見ると再び俯いた。
    「うちの夫もね、この家に来る度に何かを忘れてしまうのよ。酷い時は子供の顔を忘れたこともあったわ。」
    子供の顔を忘れるなんてことが有り得るのだろうか。美鶴は疑いの表情でマリ子を見たが、どうやら本当らしい。顔を忘れられた子は未だに成美とはぎこちない関係なのだという。マリ子は眉間にしわを寄せて下唇を噛み、憎悪と恐怖の混じった感情を顕にした。
    「絶対、奥の間で行われている何かに原因があるのよ…!」
    赤とも青とも言えぬ顔色で小さく震えるマリ子の背中を擦りながら美鶴は尋ねた。
    「…奥の間を見ようとしたことはないんですか?」
    マリ子は震える左手を震える右手で掴んで、ぎゅっと目を閉じて語った。
    「……以前、亜矢子ちゃんの旦那さんが、奥の間で何が行われているのか覗きに行ったことがあったのよ。みんなやめておけって止めたんだけど聞かなくて……暫くして戻ってきた旦那さんは虚ろな目をしていて、何があったか聞いても曖昧な答えばかりで…その時は酔っていたから気が確かじゃないんだと思っていたんだけど……」
    するとマリ子の震えが微かに大きくなった。マリ子は震える声で言った。
    「……十日後、亡くなったのよ…交通事故で……事故の一部始終を見た人の話では、虚ろな目をしてふらりと赤信号の車道に踏み込んだらしいわ…」
    美鶴は怪訝な表情でマリ子の話を聞いていた。虚ろな目、そこから連想される人物は今の美鶴の中ではたった一人だ。マリ子は握った両手を額に当てて、再び口を開いた。
    「そして、もっと恐ろしいことにね……旦那さんが亡くなって悲しみに暮れて、身も心もボロボロになっていた亜矢子ちゃんが……次の年には、旦那さんのこと、何もかもさっぱり忘れていたのよ。」
    「!?」
    美鶴は愕然とした表情でマリ子を見た。そこまで言って力尽きたのかマリ子は美鶴にもたれかかった。マリ子は両手で頭を抱えて言った。
    「……きっとこの家は呪われているんだわ。呪いを暴こうとすれば、逆に呪いに蝕まれる…。」
    震えるマリ子の背中を擦りながら、美鶴は再び奥の間に続く廊下を見た。長い廊下は奥の方は夜の闇にのまれていて、どこまで続いているのか分からなかった。花雫家の闇は想像を遥かに超えた、浮世業とは思えない何かがあるのだと美鶴は思った。そしてそこへ行った鷹山のことを思った。心中を不安が渦巻く中、美鶴はどうすることも出来ず立ち尽くしていた。
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    ue_no_yuka

    DONE奥原氏物語 前編

    ようみつシリーズ番外編。花雫家の先祖の話。平安末期過去編。皆さんの理解の程度と需要によっては書きますと言いましたが、現時点で唯一の読者まつおさんが是非読みたいと言ってくださったので書きました。いらない人は読まなくていいです。
    月と鶺鴒 いつか罰が当たるだろう。そう思いながら少女は生きていた。

    四人兄弟の三番目に生まれ、兄のように家を守る必要も無く、姉のように十で厄介払いのように嫁に出されることもなく、末の子のように食い扶持を減らすために川に捨てられることもなかった。ただ農民の子らしく農業に勤しみ、家族の団欒で適当に笑って過ごしていればそれでよかった。あとは、薪を拾いに山に行ったついでに、水を汲みに井戸に行ったついでに、洗濯を干したついでに、その辺の地面にその辺に落ちていた木の棒で絵が描ければそれで満足だった。自分だけこんなに楽に生きていて、いつか罰が当たるだろう。そう思いながら少女は生きていた。

    少女が十二の頃、大飢饉が起こり家族は皆死に絶えたが、少女一人だけが生き長らえた。しかし、やがて僅かな食べ物もつき、追い打ちをかけるように大寒波がやってきた。ここまで生き残り、飢えに苦しんだ時間が単楽的なこの人生への罰だったのだ。だがそれももういいだろう。少女はそう思い、冬の冷たい川に身を投げた。
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