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    ue_no_yuka

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    ue_no_yuka

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    拾漆

    籠鳥檻鷹 中の下 鷹山は暗闇の中にぽつりと浮かぶ灯火に向かって冷たい廊下を歩いていた。灯火から声がするのだ。誰の声とも分からない、穏やかで優しい声。鷹山はただぼんやりと灯火に向かって歩いていた。奥の間に入ると皆正座して、真ん中に立つ雲雀を見ていた。雲雀は鷹山を見てにこりと笑った。背後の扉がひとりでに閉まった。
    「鷹山も、そこに座りなさい。」
    雲雀に言われて、鷹山は近くにあった座布団の上に腰を下ろした。部屋の中には沢山の灯火があって、鷹山は揺れるその炎をただ見つめていた。ふと鷹山は無数に点る灯火の中に、刀掛けに乗った一振の美しい刀があることに気付いた。鷹山は吸い込まれるようにその刀に魅入った。錆、刃こぼれひとつない美しい刀身は、灯火に照らされて揺らめくように輝いていた。雲雀は刀を手に取ると、灯火に刀を近付けた。刀身が灯火を写して炎の色に染まり、ぼんやりと光った。雲雀は部屋の真ん中で舞を舞い始めた。鷹山はただその一振の刀をじっと見つめていた。その美しさ、包み込まれるような温かな光、どこからともなく聞こえる優しい声。その心地良さは眠気のようで酔気のようで、何もかもがどうでも良くなるような、そんな感覚だった。優しい声は止めどなく語りかけた。



    わがいとしい吾子、泣くことなかれ。

    わがいとしの吾子、苦しむことなかれ。

    その思い出に蝕まれ、ここを離れることなかれ。

    その血とぎれることなかれ。





    「あ!とーちゃんたち戻ってきた!」
    子供達の声を聞いて美鶴が奥の間に続く廊下を見ると、雲雀と共に奥の間へ行った皆がぞろぞろと戻ってきていた。子供達ははしゃいだ様子で各々親に抱きついたり、しきりに話しかけたりしていた。戻ってきた人々もなんの変わりもなく至って普通な様子で、我が子の頭を撫でたり、笑ったりしていた。美鶴の横にいたマリ子は夫の成美が広間に戻ってくると、ゆっくりと近づいてにこりと笑った。
    「あなた、少しは酔いが覚めたかしら?」
    成美は瞬きをしてマリ子を見、目をこすってまたぱちぱちと瞬きして言った。
    「ん?ああ、そういえば覚めだかもなぁ。よし!おぉい、鷹山どこさ行った?リベンジマッチだ!」
    そんな成美を見てマリ子は安堵したように息を吐いた。今度忘れられるのは自分かもしれない、そんな不安が常にマリ子の中にはあった。マリ子の姿を横目で見ながら、美鶴は早まる鼓動を押さえつけた。鷹山は広間から出ていった時と同じように、一番最後に戻ってきた。鷹山はぼんやりとした様子でどこかをみつめながら歩いてきた。美鶴は震える拳を握って、恐る恐る鷹山に近付いた。
    「おかえりなさい。」
    美鶴はいつものようにほほえんだ。鷹山は美鶴の存在に気付くと、美鶴に向き直って言った。
    「ああ、ただいま。」
    その言葉を聞いて、美鶴は気が抜けたように鷹山にもたれかかった。そんな美鶴の肩を擦りながら鷹山は心配そうに尋ねた。
    「どうした?具合でも悪いのか?」
    鷹山の言葉に美鶴は固く張り詰めていたものが解れていくような気がした。美鶴は頭を鷹山の胸に預けたまま、鷹山の羽織の袖をぎゅっと掴んで言った。
    「……いえ、ただ……ようちゃんに甘えたくなっただけです…」
    鷹山に対して常に献身的な美鶴は、こうして素直に甘えることは稀だ。鷹山は美鶴に甘えられて嬉しいような、親族の面前で恥ずかしいような気持ちになって言った。
    「美鶴………飲んだのか?」
    「飲んでません。」
    美鶴はそう言って顔を上げ、鷹山を見ると嬉しそうに笑った。そんな美鶴を見て鷹山も眉を開いて小さく笑った。
    「「ヒューゥ♪」」
    双子の声に気付いて鷹山達が周りを見ると、花雫一族全員がにんまりとした温かい笑顔で二人を見ていた。



    鷹山が成美とのリベンジマッチで圧勝し、宴会の片付けを終えたあと、子供達に早めのお年玉を渡して鷹山と美鶴は鍛冶屋敷に戻った。屋敷に戻ると鳶翔が文句を垂れながら紅白を見ていた。美鶴と鷹山は鳶翔の文句を聞き流しながら年越しそばの用意をした。鷹山がそばを見つけられず戸棚を漁っていると、美鶴は笑顔で蕎麦粉を取り出した。美鶴が蕎麦を打っている間、鷹山は鳶翔の横に座って文句を聞きながら紅白を見ていたが、鷹山は流行りのアーティストにも一切興味が無く、よく分からないといった表情でテレビに向かっていた。美鶴が蕎麦を打ち終わると、鷹山は再び台所に戻り、鳶翔の文句をBGMに美鶴の手伝いをした。年越しそばが出来上がると三人で食卓を囲み手を合わせた。食べ終わった後は片付けをして、鷹山と美鶴は交代で風呂に入りに行った。風呂から上がってほかほかの状態のまま、外の天然冷凍庫(地面の雪を固めて穴を開けただけ)から花雫の屋敷から帰る途中にコンビニで買ったアイスを出してきて、紅白を見ながら食べた。ストロベリーと抹茶を一人で食べて頭を痛める鳶翔を見て笑いながら、美鶴と鷹山はラムレーズンを二人で一つ食べた。ラムレーズンでほろ酔い気味の美鶴に若干引きながら、鷹山は日本酒とお猪口を二つ持ってきて鳶翔と乾杯した。師弟で四年ぶりに酌み交わす酒は、離れていた間のほんの少しの寂しさと、再会の小さな喜びの味がした。
    そんなこんなで、テレビの中のもう一人の「ようちゃん」が紅白を締めくくったところで、居間の古時計がぼーんと鳴った。床に寝転がった鳶翔も、あぐらをかいていた鷹山も、ほろ酔いで気分が良さそうな美鶴も、しっかり向き合って正座してお互いの顔を見、膝に両手を置いて礼をした。
    「「あけましておめでとうございます。」」(美鶴、鳶翔)
    「おめでとうございます。」(鷹山)
    「「今年もよろしくお願いします。」」
    「お願いします。」
    初詣は昼に行くことになり、歯を磨くと鳶翔は昼間たっぷり寝たはずなのに欠伸をしながら部屋に入っていった。鳶翔の後ろ姿が襖の奥に消えていくのを見たあと、美鶴が鷹山の寝間着の袖を引いた。鷹山はそんな美鶴の手をとって、屋敷の二階にある美鶴の部屋に上がっていった。





    「よ、よぉっ…ちゃ…っあ…」
    美鶴は鷹山に必死にしがみつきながら、汗ばむ火照った身体を震わせて鷹山の名前を呼んだ。
    「なんだ…?」
    鷹山は美鶴の潤んだ瞳を見つめて言った。美鶴は鷹山の額に自分の額を合わせ、甘い息をもらしながら言った。
    「…すき……」
    鷹山は胸の奥がじわっと熱を上げる感覚がした。美鶴の中が更に熱くなって、うねりながら鷹山をぎゅっと締めつけた。
    「…っ…!」
    「あぁっ…!」
    二人は暫く息を切らしたまま重なり合っていた。額を合わせて見つめ合い、何度となく口付けをした。鷹山は頬に当たる美鶴の長いまつ毛にキスを落として言った。
    「俺も…お前が好きだ。」
    それを聞いて美鶴は嬉しそうに頬を染めてほほえんだ。そんな美鶴を見て鷹山も小さく笑みをこぼした。目の前の愛しい人は、自分のことが好きらしい。そんなことを考えながら二人は混ざり合う心臓の鼓動を感じていた。





    鷹山が目を覚ますと、部屋の窓辺に座り込んだ人物は白い息を吐きながら、窓を開けて白んだ空を眺めていた。その横顔は刀の鋒のように洗練された美しさで、どこか色気のある表情とは裏腹に薄茶色の瞳は澄み渡っていた。鷹山がそんな横顔に見入っていると、その人物は鷹山に気付いて、花が開くようにほほえんだ。
    「ようちゃん、おはようございます。」
    「……」
    その人物は愛おしそうに鷹山を見つめて言った。
    「もう少しで初日の出が見られますよ。」
    鷹山はその人物を見て、部屋を見渡すと、もう一度その人物に視線を向けた。
    「あっ、ほら…!」
    その人物は向かいの山の端から覗く朝日を指さした。部屋の中に朝日の光の筋が差し込み、冷たい風がすっと鷹山の頬を掠めていった。眩しい朝日に照らされてその人物の明るい髪はきらきらと輝いていた。その人物は鷹山の方を再び振り返ると目を細めて笑った。
    「来年もまた一緒に見たいですね。」
    鷹山は朝日を片手で遮り、その人物を見て言った。


    「お前は………誰だ?」
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    ue_no_yuka

    DONE奥原氏物語 前編

    ようみつシリーズ番外編。花雫家の先祖の話。平安末期過去編。皆さんの理解の程度と需要によっては書きますと言いましたが、現時点で唯一の読者まつおさんが是非読みたいと言ってくださったので書きました。いらない人は読まなくていいです。
    月と鶺鴒 いつか罰が当たるだろう。そう思いながら少女は生きていた。

    四人兄弟の三番目に生まれ、兄のように家を守る必要も無く、姉のように十で厄介払いのように嫁に出されることもなく、末の子のように食い扶持を減らすために川に捨てられることもなかった。ただ農民の子らしく農業に勤しみ、家族の団欒で適当に笑って過ごしていればそれでよかった。あとは、薪を拾いに山に行ったついでに、水を汲みに井戸に行ったついでに、洗濯を干したついでに、その辺の地面にその辺に落ちていた木の棒で絵が描ければそれで満足だった。自分だけこんなに楽に生きていて、いつか罰が当たるだろう。そう思いながら少女は生きていた。

    少女が十二の頃、大飢饉が起こり家族は皆死に絶えたが、少女一人だけが生き長らえた。しかし、やがて僅かな食べ物もつき、追い打ちをかけるように大寒波がやってきた。ここまで生き残り、飢えに苦しんだ時間が単楽的なこの人生への罰だったのだ。だがそれももういいだろう。少女はそう思い、冬の冷たい川に身を投げた。
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