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    ue_no_yuka

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    拾玖

    トビがタカを生む 上 翌日一月二日、鍛冶屋敷一行は初詣にやってきていた。鍛冶屋敷の裏にある社のお参りは昨日のうちに終え、今日は里の中にある大きい寺や神社をまわる予定だ。鷹山はもちろん、鳶翔も人の多いところはあまり好きではないらしく、一行は早めに屋敷を出て、毎年特に参拝客が多い寺にやってきた。朝が早いと言えど正月だからか既にまばらに人がいた。その寺は小さな山一帯が一つの寺になっていて、山の中にいくつも小さな寺や神社が点在している。一行はひとつずつ丁寧に参拝していった。
    「これがかの有名な金色殿…!」
    美鶴は金色に輝くその寺を見て目を輝かせた。屋根のてっぺんから縁下の柱まで余すところなく金箔が貼られ、中の柱には上から下まで見事な螺鈿細工が施されていた。金色殿は奥原四代の遺体が安置されている寺院で、初代・暁衡の時代に建立されたものだ。奥原氏が滅んだ後は一度廃れてしまうが、後の世の人々が約四度に渡って修復を行った。特に江戸時代に行われた修復作業には花雫家が多大な支援を行っていたらしい。しかし、上から下まで金箔張りの寺院は修復にも莫大な金がかかり、春夏秋冬雨風に晒すことは出来ないため、昭和末期にコンクリートの堂の中に移され、全面ガラス張りで、現在では近付いて細部を見ることはできなくなっている。全面金箔なんて京都の金閣寺よりすごいじゃないかと興味を持ってやってきた観光客をことごとく落胆させ、旅行の口コミサイトでは「がっかり寺」なんて呼ばれていたりする。しかし、美鶴はそれでも興味津々な様子で眺めていた。鳶翔と鷹山はその金ピカの寺をまるでハリボテだと思いながら見ていた。
    「美鶴、これ面白いか?近付いて見れないしつまらんだろ。」
    「私、山育ちだから目はいいの!」
    「これはこれは、余計なお世話でシータ」
    鳶翔が問いかけても、美鶴はすごいすごいと言って見入っていた。そして鳶翔と鷹山に振り返って言った。
    「それに、どういう思いでこのデザインや構造にしたのかとか、機能的な部分と装飾のバランスとか、色々気になるでしょう?」
    「「いや、全く」」
    「えぇ〜…」
    鳶翔と鷹山は、そういえば美鶴はそういう仕事の人間だったなと改めて思った。美鶴は本人も言っている通り、本当になんでも出来る男だった。料理や家事だけでなく、免許は大型車から二輪車までなんでもござれ。船舶も持ってるとか持ってないとか。鷹山が屋敷の周りの木が邪魔だと言えばどこからともなくチェーンソーを持ってきて、完全装備で完璧に切り倒し周りの枝を落として綺麗に積み上げていたし、鳶翔が肩がこると言った時に行ったマッサージはプロ並みの腕前。鷹山が仕事の合間にやっていた畑もいつの間にか倍以上の広さになっていて、採れる野菜の種類も量も明らかに増えていた。上げだしたらキリが無いが、とにかく美鶴があらゆる面で有能すぎて、鷹山達は美鶴が普通のサラリーマンだということを忘れてしまうのだった。

    寺の参拝が終わると一行はもう一つの大きめな神社に行った。そこは鎌倉時代に幕府に負われた武士を匿った四代・月衡とその一族が幕府との戦いの末、最期を迎えたとされる場所だった。坂を登った先にあるそこは里全体が一望できる見晴らしの良い場所だった。美鶴は鷹山と並んでその景色を見ながらしみじみと語った。
    「最期に故郷の景色を見ながら、どういう思いでいたんでしょうね…」
    「夜だったかもしれん。」
    「そんな…」
    二人がそんな会話をしていると、神社の横の御朱印所から鳶翔が呼ぶ声がした。
    「おーい!二人とも甘酒飲まないかー?」
    鷹山達が御朱印所に行くと、鳶翔は甘酒を貰って嬉しそうに神主と話していた。鷹山は美鶴が受け取ろうとした甘酒を横から取って神主に尋ねた。
    「これはアルコール入ってるのか?」
    「うちのは二〜三度はあるかな。」
    「そうか。」
    神主に礼を言ってから、鷹山は美鶴に甘酒を渡して言った。
    「美鶴、半分飲んだら俺に寄越せ。いいな。」
    「二〜三度くらいなら大丈夫ですよ。」
    「だめだ。」
    「いいじゃないですかぁ」
    二人が揉めていると、鳶翔が鷹山を小突きながら美鶴にウインクして言った。
    「みーつーる、半分こしたいんだって♡」
    「なっ…」
    鳶翔にからかわれて少し恥じらいながら訂正しようとする鷹山を他所に、美鶴は目を輝かせて嬉しそうに言った。
    「なるほど〜!それなら喜んで!ようちゃん、半分こしましょ!」
    「………ああ…」
    不本意な形とはいえ美鶴が納得したので、鷹山は諦めて頷いた。鳶翔はにししと笑いながら神主にカップを差し出すとおかわりを要求した。美鶴は熱々の甘酒を一口飲んで白い息をはくと、神主に言った。
    「それにしても、ここはすごく眺めの良い場所ですね。しっかり整備されていて、管理がよく行き届いているんですね。」
    神主の男は美人に正面から褒められて、照れながら嬉しそうに表情を緩めた。
    「そ、そりゃあ、月衡様がお亡ぐなりになった場所だがらね〜!綺麗にしでおがねえと月衡様に叱られるっちゃ。…んだどもな、ここで奥原氏は滅びたごどに歴史上ではなってらけんど、最近の調べによるど奥原氏の生き残りがいたんでねえかって言われてんだ。」
    神主の言葉に美鶴は興味を持った様子で聞き返した。
    「生き残り、ですか?」
    「んだ。最近、国の調査で鎌倉幕府の書物の中から奥原氏の系図が出できたんだど。死亡が確認できた人間には印が付いてたんだども、ほんの数名その印が付いてない人が居だんだどよ。んだども歴史上にその人物達の名前は一切出てきていなくて、それ以上調べようが無ぐなったらしい。」
    夢中で聞き入っている美鶴の傍らで、鷹山は全く興味が無さそうに、美鶴から受け取った甘酒を啜って、甘過ぎたのか微妙な顔をしていた。鳶翔もへぇとかふーんとか言って適当に聞いている様子だった。神主はさらに続けた。
    「んだども、おめさん達も聞いた事あるべ?月衡様が匿った武士も死んだことにはなってらけんど、実は生きててモンゴルに渡ったって話。あれについて行ったんでねえかって言われてんだ。」
    「そうなんですね…」
    なるほどと頷く美鶴に、神主は知らんけどといった素振りで言った。
    「ま、モンゴルの話は都市伝説だけんどな〜」
    そこまで聞いて鳶翔は、ごちそうさんと言って甘酒の入っていたカップを神主に渡すと、御朱印所のカウンターに肘をついて言った。
    「でも、火の無ぇところに煙は立たねぇ。何がほんとで何が嘘か、ちゃんと調べてみねぇことには分からんもんだぜ。」
    歴史とは勝者のもの。勝ったものが時代を制し、己の都合の良いようにいくらでも書き変えられる。敗者はその中に埋もれていくのが常で、本当のことなど当人達にしか分からない。しかしだからこそ、歴史は無限の可能性を秘めていて、宇宙や自然科学に勝るとも劣らない確かなロマンがあるのだ。


    一行は神社を後にし、温泉に向かった。そこは里の外れの山中にあるこじんまりとした温泉旅館だった。一行は番台に入浴料を払って大浴場に向かった。暖簾の前で鳶翔は美鶴に手を振って言った。
    「じゃ、美鶴また後でな!」
    「お師匠さん、僕もそっちです。」
    鳶翔は束の間のローディングの後、思い出したかのように手を叩いた。
    「…あ!そっか!」
    「師匠、まだ女だと思ってたのか…」
    鷹山は呆れ果ててため息をついた。鳶翔はわりィわりィと言って暖簾をくぐった。

    風呂から上がった一行は旅館内にある食事処で昼食を食べた。この旅館は元々食事処で、営業開始した当時からある田舎蕎麦と天ぷらの御膳は旅館の名物の一つだった。里出身の文豪が好んで食べに来ていた店でもあり、密かに里の観光スポットでもあった。少し太麺の田舎蕎麦は旅館の近くの畑で取れた蕎麦をひいて作られており、まずは素材の味を楽しむために大根の汁につけて食べるのが定番だ。蕎麦の味が大根に引き立てられ、爽やかでいて濃厚な味わいが口の中に広がった。天ぷらは海老や舞茸の他に季節の食材を使っていて、今回は蓮根やホタテ、春菊、牡蠣などがあった。海老の天ぷらにまずは抹茶塩をかけて口に運ぶ。ほんのりと香る抹茶の風味と、衣に包まれたぷりぷりの海老が舌先で混ざり合う。更に天つゆにつけて食べれば、さくさくの衣にじゅわりとつゆが染み込んで、食材と絡み合いながら口の中を幸せで満たす。鳶翔と鷹山は美鶴の言葉に甘えて酒を注文した。この旅館の田舎蕎麦と里の地酒は相性抜群である。鳶翔は食後にクリームあんみつも食べて大変満足した様子だった。薄々気付いている方もいるかもしれないが鳶翔は大の甘党である。そうして一行は初詣を終え、美鶴の運転で鍛冶屋敷へと戻って行った。


    屋敷に帰ると鷹山は新年早々鍛冶場へ入っていった。そんな鷹山を見て鳶翔は相変わらずだなと呆れたように笑った。美鶴は風呂を洗ったり洗濯をしたり、掃除をしたりとせかせか働いていた。やるべきことをひととおり終えてお茶にしようかと美鶴が居間に行くと、居間では鳶翔が藁で何かを作っていた。美鶴は鳶翔の手元を覗き込んで尋ねた。
    「何を作ってらっしゃるんですか?」
    「こいつはな、藁の上着だよ。意外にあったけえんだこれが。」
    「僕もやってみたいです。」
    美鶴は興味津々で鳶翔の横にしゃがみ込んだ。
    「お、手伝ってくれるのか?そりゃ助かるな。」
    鳶翔は藁の束を美鶴の方に移動させ、その中から数本抜き取って美鶴に渡した。
    「このくらいとったらまず端を結んで、そこを足の親指と人差し指の間で挟んで踏む。動かねえようにな。そしたら束を二手に分けて片方ずつ左右の手の親指で挟む。そんでこう、手を前後に擦り合わせていくと、糸ができるんだよ。」
    「…こうですか?」
    「そうそう。まあ最初のうちは難しいと思うが、慣れれば簡単…だ……」
    ものすごい速さで糸を作っていく美鶴を見て、鳶翔は驚きのあまり目を丸くした。
    「なるほど、継ぎ足しはこうすればいいわけですね。」
    教えていないことまで簡単に理解していく美鶴を横目で見ながら鳶翔は自分の作業を再開した。夢中で糸を綯う美鶴に鳶翔は言った。
    「…美鶴よ、鷹山のやつをよろしく頼むな。」
    美鶴は手を止めて鳶翔を見た。鳶翔は手元を見つめて作業を続けたまま語った。
    「俺ももういい歳だ。いつ死んだっておかしくない。俺はずっと心配だったんだ。俺が死んだらあいつは一人になっちまうってな。俺がいないとあいつは人との関係をほとんど断ち切っちまう。実際この四年、祭りにも出てねえし、花雫の家にも行ってなかったらしいからな。だがあいつの心根はめっぽう寂しがりだ。…だから、お前が来てくれて良かったよ。刀作りしかできんやつだが、あいつなりにお前の事を思ってるようだし、お前さえ良ければ一緒にいてやってくれ。」
    そう言った鳶翔は親の顔をしていた。やはり鳶翔と鷹山は師弟であり、長い間共に過ごしてきた親子でもあるのだ。美鶴はそんな鳶翔の横顔を見て微笑み、自分の手元に向き直って言った。
    「もちろん僕は喜んでお側にいますよ。ようちゃんだから、僕は一緒にいたいんです。でも、お師匠さんがいないとようちゃんが寂しがりますから、まだまだ元気でいて下さいね。」
    そのまま二人は鷹山が鍛冶場から戻ってくるまで作業を続けていた。鳶翔が三日はかけて作ろうと思っていた上着は、その日の晩には出来上がってしまったのだった。

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