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    ue_no_yuka

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    ue_no_yuka

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    弐拾壱

    トビがタカを生む 下 静かに雪の振る夜、花雫家の一室では、布団に横たわる清鳳の傍らに、神妙な顔つきの雲雀と夕依の両親、母に抱かれた幼い夕依、そして鷹山と鳶翔がいた。
    「……雲雀。」
    自分を呼んだ清鳳の手を握って雲雀が言った。
    「はい、ここにおりますよ。あなた。」
    雲雀は清鳳を見て微笑んだ。清鳳は薄らと開いた目を天井に向けたまま力無く喋った。
    「皆を連れて部屋を出てくれ…鳶翔と二人で話がしたい。」
    「………分かりました。」
    雲雀は鳶翔以外の皆と共に部屋を出た。鳶翔は皆が出ていったのを見てから、清鳳の横に腰を下ろして言った。
    「案外早かったな、お前の往生は。お前はあと十年は生きると思ってたよ。……どうせ、鷹山をよろしく頼むとか言いてんだろ。そんなことお前に頼まれなくたってそうするさ。あいつは俺の大事な弟子だからな。」
    鳶翔はふっと鼻で笑った。清鳳はどこを見つめているのか分からなかったが、微かに笑った気がした。
    「……鳶蔵…」
    清鳳が呟いた。鳶蔵は鳶翔の本当の名前で、鳶翔というのは刀工として世に出た時に名乗り始めた名前だった。鳶翔は、酒飲みで家庭を省みない父親が巫山戯てつけたその名前が好きではなかった。
    「だからその名前やめろって。」
    鳶翔はムッとして清鳳に言った。そして、暫くの沈黙の後、俯いて柔らかい声で言った。
    「……今更、謝罪なんて要らねえ。」
    そんな鳶翔に、清鳳は心做しか困ったように笑った。そして再び言葉を続けた。
    「死の間際だからだろうか、俺は今までの人生の中で初めて自由になった気がするんだ…。」
    清鳳の言葉に鳶翔はハッと笑った。
    「後は死ぬだけなら何も怖くねえって?」
    皮肉るように言う鳶翔をよそに清鳳は続けた。
    「…鳶蔵、この家には片割れの付喪神がいる…。それは常に俺達花雫の人間を見守っていて、俺達を苦しみから守ろうとしている。」
    鳶翔は清鳳の言葉を繰り返すように言った。
    「付喪神の、守護神…?」
    「ああ…作り主の思いを受け継いで、はるか昔からこの家を縛(まも)り続けている…だが、一族の苦しみはとうに癒えた。…いや、例え癒えずとも、その苦しみを抱えて生きていかねばならないんだ。人として生きるとは、本来そういうものだ…」
    清鳳の言葉に鳶翔は何かに気付いたように清鳳の名前を呼んだ。
    「…清鳳…」
    しかし、清鳳にはもう鳶翔の声は聞こえていないようだった。清鳳は消え入りそうな声で言った。
    「頼む…鳶蔵、この家を…子供達を……呪いから解放してやって、く…れ………」
    そう言って静かに目を閉じた清鳳の顔はただ眠っているかのように安らかだった。冷たくなった清鳳の手を握り、鳶翔はその手に自分の額を当てて言った。
    「……勘弁しろよ。お前はどんだけ、俺を振り回せば気が済むんだ…」
    静かに雪の降る夜だった。ストーブがしゅんしゅんとなる音だけが響くその部屋で、ひとひらの雫がその日の雪と同じように静かに落ちた。





    日が落ち始め、鷹山が鍛冶場から戻ってくると、屋敷には誰もいなかった。美鶴は風呂小屋で風呂を沸かしていた。鷹山は戸棚からグラスを取って水を注いだ。水を飲もうとグラスを口に運んだところで電話が鳴った。鷹山はグラスを持ったまま、鳴り響く電話の所へ歩いていき、受話器を取った。
    「陸流鍛刀場………」
    美鶴が風呂小屋から屋敷に戻ると、台所からガラスの割れる音がした。急いで台所に向かうと、鷹山の足元で割れたグラスが散らばり、水がこぼれていた。
    「………はい」
    鷹山は話し終わって受話器を置いた。美鶴は鷹山に駆け寄って言った。
    「大丈夫ですか!?お怪我はありませんか!?」
    しゃがんで鷹山の足に怪我がないことを確認すると、美鶴はほっとしてガラスの破片を集めようとした。しかしその場でずっと立ち尽くしている鷹山を見て、美鶴は心配そうに尋ねた。
    「何かあったんですか…?」
    鷹山は暫くの沈黙の後、美鶴の顔を見た。鷹山は眉間に皺を寄せ、重々しい表情を浮かべて言った。
    「………師匠が…病院に搬送された…」



    鷹山と美鶴は急いで病院に向かった。そこは里で一番大きな病院で、鷹山の従叔父の桂樹が院長を務めていた。鷹山と美鶴は桂樹に絶対安静と念を押され鳶翔の病室に入った。ベッドの上で鳶翔は横になって眠っていた。不安そうに鳶翔に駆け寄る二人に桂樹は言った。
    「幸い命に別状はない。背中と胸を切りつけられていたが、服の中に着ていた藁の上着のおかげで傷が深くならずに済んだみたいなんだ。」
    美鶴はそれを聞いてハッとして鳶翔を見た。藁の上着は昨晩美鶴が鳶翔と共に編んだものだった。鷹山は拳をぎゅっと握りしめた。美鶴はそんな鷹山の手をとって、桂樹に尋ねた。
    「一体どうしてこんなことに…?」
    桂樹は眉間に皺を寄せて言った。
    「私も詳しくは分からないんだけれどね、傷の状態からして事故ではなく人為的、凶器は十中八九日本刀だ。」
    それを聞いて美鶴は嫌な予感がした。美鶴は鷹山を横目で見て桂樹に尋ねた。
    「……警察には…」
    美鶴の問いかけに桂樹は首を横に振った。
    「言っていないよ。ここに担ぎ込まれて来た時、鳶翔さんに言うなと言われたからね。この里で日本刀を扱っているのは鳶翔さんを除けばただ一人。鳶翔さんは鷹山が疑われるのを避けたかったんだろう。」
    「師匠…」
    鷹山は悔しげな表情で鳶翔を見つめた。すると、病室の隅から男の声がした。
    「理由はそれだけじゃナイ。」
    鷹山と美鶴は驚いて男を見た。来た時は確実にいなかったはずなのに、いつの間にか男はベッドの反対側の部屋の角に置いてあった椅子に、足を組んで座っていた。
    「ケイジュ、アンタは席を外してくれ。」
    男に言われ、桂樹ははいはいと言って病室を出ていった。鷹山は警戒した様子で男に尋ねた。
    「お前は誰だ?」
    男は背丈は美鶴と同じくらいで、年齢も二人とそう変わらなそうだった。少しクセのある黒髪と雪焼けした肌に反して青い瞳が目立っていた。心做しか男は鷹山を睨みつけているようだった。男が何か言おうと口を開いた瞬間、病室の扉が勢い良く開いて、寛久が息を切らしながら入ってきた。
    「鳶翔さん…!!」
    寛久は鳶翔に駆け寄った。男は寛久を睨んで言った。
    「黙れヒロヒサ、エンショーは今寝てる。」
    寛久はそうかと言って上がった息を落ち着かせ、男を見て言った。
    「アリョール、どうなってんだよ?なんで鳶翔さんがこんなことに…」
    アリョールと呼ばれたその男はフンと鼻を鳴らして悪態をついた。
    「見てのトーリ、詠削(うたそぎ)の破壊にしくじったんだよ。二度目はそうカンタンにはいかねえだろうナ。アイツはちょっとやそっとでどうにかなるシロモノじゃねえみたいだ。」
    美鶴はアリョールの物言いに気になって尋ねた。
    「詠削…?」
    美鶴を見るなりアリョールは舌打ちをして眉をひそめた。
    「エンショーから何も聞いてねえのかヨ。使えねえな。」
    拳を握ってアリョールに近付こうとする鷹山を美鶴が引き止めた。寛久も鷹山の前に立って遮った。
    「アリョール、お前はいぢいぢ口が悪ぃんだよ。ヨウ、スメラギさん、それについては…」
    寛久が言おうとした時、鷹山達の背後から声がした。
    「それについては俺から話す…」
    鷹山達が声のした方を見ると、鳶翔が目を覚まして体を起こそうとしていた。
    「お師匠さん…!」
    「鳶翔さん…!」
    美鶴は鳶翔に駆け寄り、まだ寝ていなければと再び鳶翔を横にさせた。
    「すまんなお前達。心配かけた。」
    鳶翔はそう言って笑った。鳶翔は横にいる鷹山と美鶴を見て言った。
    「そいつはアリョールってんだ。俺がロシアにいる間世話になってたやつだ。」
    「今も世話してんダロ。」
    「んはは、そうだな。」
    アリョールのツッコミに鳶翔は力無く笑った。そして鷹山と美鶴を見るとアリョールに言った。
    「そんでアリョール、この二人は…」
    「知ってる。ヨーザンだろ。」
    「と、美鶴な。美鶴は鷹山の嫁だな。」
    鳶翔の紹介に美鶴は恥ずかしそうに笑った。アリョールは驚いた様子で青い瞳を見開いて鷹山と美鶴を見た。そんなアリョールの反応を見てカカカと笑った鳶翔は、笑った拍子に傷が痛んだらしく呻き声をあげた。それから鳶翔は横になったまま、ゆっくりと事の顛末を話し始めた。
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