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    ue_no_yuka

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    弐拾弐

    烏頭白くして馬角を生ず 上 鳶翔は清鳳の死後、その言葉を頼りに花雫家について調べ始めた。しかし一人で仕事の片手間ではなかなか成果が得られず、最初の二年ほどは殆ど進展がなかった。そこで鳶翔は当時大学で民俗学を勉強していた寛久に協力を求めた。二人は花雫家、特に雲雀に勘づかれないよう調査を始めた。

    そんな時、都内の名のある大学で教鞭を執っている鷹山の従叔父・大智(たいち)から二人に連絡があった。大智は花雫家の正当な血を受け継ぐ人間だったが、花雫家に巣食う闇に疑念を持ち、宗家とは長いこと疎遠になっているようだった。大智は物心ついた頃から毎日日記をつけることを欠かさないとても生真面目な人物だった。しかし、ある時日記を読み返した際に、全く記憶にない出来事が記されていることがあった。初めはそんなこともあったかと思って受け流していたが、成長するにつれてごくたまに生活に支障をきたすほどの記憶喪失が起こるようになり、記憶を失ったことに焦ったことすらもいつの間にかまるっきり忘れてしまっていることに気付いた。何が本当で何が嘘か、普通の人間なら混乱して鬱にでもなってしまいそうな状況だったが、大智は昔から一日も欠かさず続けてきたその日記を信じていた。大智は日記を頼りに原因を探っていき、母親の実家である花雫家がその発端となっていると考えたのだった。鳶翔と寛久は大智と連絡を取りながら調査を進めた。

    大智は自分の日記から奥の間に何かあるのだと踏み、一度奥の間に携帯のカメラで録画をしながら入ってみた時の動画を二人に見せた。案の定真っ暗で殆ど何も見えなかったが、灯火に照らされてぼんやりとあの垂れ幕が映り込んでいたのだ。そして大智は、花雫家の家紋に奥原氏の家紋である宝相華鎹山(ほうそうけかすがいやま)と良く似た配置で向かい合う二羽の鳳凰がいて、その羽の一部に四代・月衡の匿った武士の家紋である笹竜胆が描かれていることを指摘した。花雫家は奥原氏と匿われた武士の両方と深く関わっている可能性が見えてきた。その時点で清鳳が亡くなってから四年が経とうとしていた。

    大智は記憶喪失の原因は妖怪や怪奇現象の類ではなく科学的根拠があると考えていたが、奥の間にいる間の記憶は殆ど無く、花雫家では当主の許可なく奥の間に入ることを固く禁じられているため、怪しまれずに奥の間を調べることは不可能だった。そのため奥の間の秘密は花雫、奥原、匿われた武士の歴史と現在の状態を照らし合わせながら外から探っていくしかなかった。

    そんな時、天の思し召しとでも言うのか、奥原伝説を描いた平安時代当時の絵巻物が見つかったのだ。それまで奥原伝説は一切の書物が残っておらず口承伝説とされていたため、日本の考古学界で一躍話題となった。本来は一般人どころか学者達も簡単に見ることの出来ないものだったが、鳶翔達は大智の権限で特別に許可を得ることができた。そこに描かれていたのは奥原氏の華々しい栄光、猛々しい武勇伝、というよりも単なる平和な日常風景であった。親子不仲であったと言われる二代将衡と三代吟衡が親子喧嘩の末酒飲み勝負になって二人とも泥酔しただの、四代月衡が蹴鞠の最中にずるをしただの、狩りに出て犬のふんを踏んだだの、言ってしまえばどうでもいいことがほとんどだった。その絵巻物は月衡が産まれてから一族全員が自害又は処刑されるところまでが描かれていたが、どうでもいいこととはいえここまで繊細に日常を描くことのできる、描かせることのできる人物は、少なからず奥原氏の身内なのだろう。やはり日本の歴史上では珍しく一族全員が処刑されたとされていた奥原氏にも生き残りがいたのだ。鳶翔は絵巻物の後半に度々出てくる一人の刀鍛冶が気になった。その刀鍛冶は少年月衡に、鬼退治に行くために刀が欲しいと言われ、山にこもって一月寝ず飲まず食わずで休まず鍛冶し続け、二振の刀を月衡に渡したのだ。刀の名は「詠削(うたそぎ)」と「雪齋(せっさい)」。二振の刀はまるでふたつでひとつとでもいうように、同じ色の気を纏ったように描かれていた。しかし最期の戦いで月衡はそのうち一振を一人の侍女に預けた。戦いの末もう一振の刀は折れてしまい、殺された月衡の傍らで、纏っていた気を失っていた。絵巻物はそこで終わっていたが、鳶翔はどうも気になっていた。その絵巻物は絵だけでなく所々に文字も書かれていてまるで絵本のようだった。絵も文字も従来の絵巻物同様炭と岩絵具を使って書かれており、色褪せたり傷んだり虫に食われたりしていてよく見えなくなっていたが、たまに不自然にくっきりと残った文字があった。その部分は光に当たると微かにきらきらとしていた。鳶翔はその部分に虫眼鏡を近付けてよく見た。するとその部分だけ、腐食しにくい金属の粉末を練りこんだもので書かれているようだった。金属で書かれた文字は刀鍛冶が月衡に献上した二振の刀が出てくる箇所にだけあった。そして全ての文字を組み合わせて出てきた言葉は、漢文でこう書かれていた。「血肉は別れ、その血は恩を忘れた男と共に没する日を追わん。」 どうやら人々の妄想に過ぎないはずの都市伝説は、意図せず的をいていたようだった。生き残った奥原氏の一部は海を越えて大陸に渡っていたのだ。鳶翔は何の根拠も無くただ漠然と感じた。花雫の闇を暴く手がかりは大陸にあると。

    その年の夏、鳶翔は鷹山に一言も告げず鍛冶屋敷を出た。鳶翔は、言えばきっと鷹山は着いてくると思った。良い刀工になるために感性を養えとは言ったが、優秀すぎる弟子は異例の若さで一人前になってしまった。刀工としての腕はあっても、まだ刀作り以外のことをするには時期尚早だ。鷹山を刀作りから遠ざける訳にはいかなかった。

    中国に渡った鳶翔は、奥原氏の生き残りが行き着いたと思われる地域に大体の目星をつけ、地域の歴史資料館に行ったり、地域の人々に聞き込みをしたりした。中国の田舎の人々は基本余所者には厳しいが、珍しいものやいいものを渡すと気前よく料理を振舞って、知っていることをなんでも教えてくれた。そうやって約一年間ずっと聞き込みや調べ物をして、やっとそれらしい記録を十二世紀当時の中国・宋とモンゴル民族が支配していた遼の国境であった遼寧で見つけた。十二世紀、遼では女真族による金王朝によって国家が滅ぼされ、逃れた王族はその周りに北遼や西遼を建国して金と睨み合っていた。しかし十三世紀には金王朝はモンゴル帝国によって滅ぼされた。金王朝は帝位を棄て和平条約を結ぶ形でモンゴル帝国の一部となった。鳶翔が見つけた記録には、「金王朝の奴隷の中に、東方から来た奥原という者達がおり、そのうちの一人は流暢なモンゴル語を話した。東方の島国の情勢と武器の作り方を知っているというので皇帝(カアン)・オゴデイの元へ連れていかれた。」とあった。それから三年弱鳶翔はモンゴルの遊牧民族の集落を転々として口承伝説や記録を集めたりしながら、ついに奥原を知る民族にたどり着いたのだった。

    その民族はミトロフ族といい、元モンゴル帝国領の現ロシアで遊牧と狩猟を行っていた。ミトロフはロシア語で鉄を意味した。彼らの伝説では、彼らの先祖は東方からやってきて、女真族による厳しい労働や折檻に耐え、モンゴル皇帝に救われた。帝国時代は皇帝に仕え、国が滅びた後、先祖の故郷の海に面した大陸極東に亡命したのだという。アリョールはミトロフ族の村長の弟だった。ミトロフ族は血を繋ぐことを何より重視しており、彼ら曰く奥原の血は現在に至るまで脈々と受け継がれている。


    「そういうわけでヨーザン、オレとオマエは遠い親戚なわけだ。キョーダイってやつだナ。」
    「………」
    アリョールは鷹山を見て鼻を鳴らして言った。鷹山は話の規模に理解が追いついていないのか、口が半開きになったまま言葉に詰まっていた。
    「正直、何も知らん状態から八年でここまでたどり着けたのは俺ぁ奇跡だと思うぜ。生きてるうちには出来ねぇから、あとは全部寛久に託そうと思ってたんだよ。」
    「そりゃ困るぜ鳶翔さん!」
    悪戯な笑みを浮かべる鳶翔に、寛久は呆れたように言った。美鶴は鳶翔の話を聞いて暫く考え込んでいたが、再び鳶翔を見て尋ねた。
    「ですが、花雫家が奥原氏の生き残りの末裔という証拠はあるんですか?」
    するとアリョールが口を挟むように言った。
    「バカか。詠削に決まってんだロ。」
    拳を握ってアリョールに向かっていこうとする鷹山を美鶴と寛久が二人がかりで押さえた。睨み合うアリョールと鷹山を窘めて鳶翔は言った。
    「絵巻物に描かれていた、月衡から刀を受け取った侍女、あれが恐らく花雫家の先祖だ。」
    鳶翔の言葉に美鶴は首を傾げた。
    「侍女が?それだと血は繋がっていないから、花雫家が奥原氏の末裔とは言えないんじゃ……」
    その瞬間ハッと何か勘づいた美鶴を見て鳶翔は頷いた。
    「ああ、記録じゃ若かった月衡には妻がおらず、子もなかった。でもそれはただ若かったからじゃない、身分上結ばれることが出来なかったから、記録に残らなかっただけだ。じゃなきゃ大事な刀を一介の侍女に預けたりしねぇだろうよ。」
    鳶翔の言葉に美鶴は神妙な面持ちで、侍女の存在を自分自身に重ねた。大きい責務を背負った想い人。身分上妻になれない侍女、性別上正式な伴侶にはなれない美鶴。だが美鶴は思った。少なくともその侍女は、どんなに月衡を愛していようとも月衡のためならば、愛する人と離れる覚悟ができていたのだろう。今の自分には無い覚悟が。美鶴は暫く黙り込んだ後、再び口を開いた。
    「…では、奥原氏と花雫家の血の繋がりと、記憶を失う呪いは一体どう関係しているんですか?」
    美鶴の問いかけに鳶翔はため息をついて天井を見上げた。
    「それが本当の本題だな。これも話せば長くなるぜ…」

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