プラスチックでできた黒いハートをめくって裏向ける。その動作を繰り返すこと三回。三つの黒いハートは白に染まった。
「次」
顎をしゃくるとタイガは再びピンク色の椅子の背を抱いて思案顔で盤面を見つめた。緑の盤面は白と黒のハートで埋まりつつある。数はやや黒が多いだろうか。ドラチは二人の邪魔をしないように高度あげるといち、に、さん、とその数を数え始めた。バックヤードに置いてあったオセロ盤はブランドらしいアレンジが加えられていて、通常なら丸い黒白の石はハートの形をしていた。どうやら過去に販売された商品らしい。
ドラチの声が聞こえているのかいないのかアレクサンダーの指が小さなハートを摘まむ。浅黒い指の先、短く切り揃えられた爪がハートを緑の一マスに置いてさっきのようにだが今度は四回裏返す。
「お前の番」
数えきる前にまた数が変わってしまった。ドラチは膨らませて宙返りすると(元から浮いてはいるけれど)カウンターに大人しく座ることにした。勝ち誇ったようにタイガを見下ろしている様子からきっと優秀なのだろう。
タイガはエントランスを振り向いて自動ドアが黙ったままなことを確認すると再び盤面に向き直った。朝磨いたガラスの扉には今は小雨が次から次へと降りかかっていて止む様子はない。日曜日の昼間にこれでは客足が遠のくのも当然だった。
「客なんかくるわけねえだろ」
それより早くしろと言いながら長丁場になると判断したのかいつの間にかハンドグリップを取り出して拳を作ったり開いたりを繰り返している。
「っせーよ」
店内のBGMが一瞬間途切れて控え目な雨音が固まったゲームと二人の間を過ぎ去る。タイガは床に視線を落とすとため息を一つついた。ビビッドなピンクと黒のタイルが眩しい。一本脚のテーブルの足元で眠る小さな虎の子を一瞥すると、そろそろ起きろよ踵で床を鳴らした。
「夜ねらんなくなるぞ。困るだろ」
トラチがぐずる声を聞きながらアレクは「俺達がな」と心の中で付け足した。それから何回まで数えたか忘れてしまったことに気づいた。
「あっ、コラ! 馬鹿!」
きゅうと甲高い声がしたかと思うと白と黒の毛玉はテーブルの下から飛び出してタイガの顔面めがけてとびついて。そこからはいつものお決まりのやり取りだ。幼い年子の兄弟のような取っ組み合いの喧嘩を繰り返してエンド。ただ、今回違ったのはふっとんだ先がオセロの盤面だった。そして、トラチの体が白と黒のハートを蹴散らしながら転がっていったこと。
「おめえなあ!」
「よかったんじゃあねえの? どうせ負けてたんだ」
「言ってろ」
睨み合いながらテーブルの下ではメッシュ地のスニーカーとブーツの爪先が軽く触れ合う。それだけではもどかしいというように脚が交差する。そそくさとテーブルに散らばったハートを盤の裏側にしまう様は一見すると競争しているようにも見える。それとは対照的に足元ではチークのテンポで膝が擦りあわされている。悪態をつきながら盤の留め金をかけるタイガの膝をアレクの靴底が蹴る。苛立たし気に何回も前髪をかき上げると、チッと舌が鳴って四つの脚を跳ねさせながらタイガの椅子がひかれた。
「後でな」
かち合った熟んだ緑色の瞳はぎらぎらと揺れている。それを確かめるとアレクはふんと鼻を鳴らした。
了