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    60_chu

    @60_chu

    雑食で雑多の節操なし。

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    60_chu

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    過去作

    アレタイ

     プラスチックでできた黒いハートをめくって裏向ける。その動作を繰り返すこと三回。三つの黒いハートは白に染まった。
    「次」
     顎をしゃくるとタイガは再びピンク色の椅子の背を抱いて思案顔で盤面を見つめた。緑の盤面は白と黒のハートで埋まりつつある。数はやや黒が多いだろうか。ドラチは二人の邪魔をしないように高度あげるといち、に、さん、とその数を数え始めた。バックヤードに置いてあったオセロ盤はブランドらしいアレンジが加えられていて、通常なら丸い黒白の石はハートの形をしていた。どうやら過去に販売された商品らしい。
     ドラチの声が聞こえているのかいないのかアレクサンダーの指が小さなハートを摘まむ。浅黒い指の先、短く切り揃えられた爪がハートを緑の一マスに置いてさっきのようにだが今度は四回裏返す。
    「お前の番」
     数えきる前にまた数が変わってしまった。ドラチは膨らませて宙返りすると(元から浮いてはいるけれど)カウンターに大人しく座ることにした。勝ち誇ったようにタイガを見下ろしている様子からきっと優秀なのだろう。
     タイガはエントランスを振り向いて自動ドアが黙ったままなことを確認すると再び盤面に向き直った。朝磨いたガラスの扉には今は小雨が次から次へと降りかかっていて止む様子はない。日曜日の昼間にこれでは客足が遠のくのも当然だった。
    「客なんかくるわけねえだろ」
     それより早くしろと言いながら長丁場になると判断したのかいつの間にかハンドグリップを取り出して拳を作ったり開いたりを繰り返している。
    「っせーよ」
     店内のBGMが一瞬間途切れて控え目な雨音が固まったゲームと二人の間を過ぎ去る。タイガは床に視線を落とすとため息を一つついた。ビビッドなピンクと黒のタイルが眩しい。一本脚のテーブルの足元で眠る小さな虎の子を一瞥すると、そろそろ起きろよ踵で床を鳴らした。
    「夜ねらんなくなるぞ。困るだろ」
     トラチがぐずる声を聞きながらアレクは「俺達がな」と心の中で付け足した。それから何回まで数えたか忘れてしまったことに気づいた。
    「あっ、コラ! 馬鹿!」
     きゅうと甲高い声がしたかと思うと白と黒の毛玉はテーブルの下から飛び出してタイガの顔面めがけてとびついて。そこからはいつものお決まりのやり取りだ。幼い年子の兄弟のような取っ組み合いの喧嘩を繰り返してエンド。ただ、今回違ったのはふっとんだ先がオセロの盤面だった。そして、トラチの体が白と黒のハートを蹴散らしながら転がっていったこと。
    「おめえなあ!」
    「よかったんじゃあねえの? どうせ負けてたんだ」
    「言ってろ」
     睨み合いながらテーブルの下ではメッシュ地のスニーカーとブーツの爪先が軽く触れ合う。それだけではもどかしいというように脚が交差する。そそくさとテーブルに散らばったハートを盤の裏側にしまう様は一見すると競争しているようにも見える。それとは対照的に足元ではチークのテンポで膝が擦りあわされている。悪態をつきながら盤の留め金をかけるタイガの膝をアレクの靴底が蹴る。苛立たし気に何回も前髪をかき上げると、チッと舌が鳴って四つの脚を跳ねさせながらタイガの椅子がひかれた。
    「後でな」
     かち合った熟んだ緑色の瞳はぎらぎらと揺れている。それを確かめるとアレクはふんと鼻を鳴らした。

       了
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    60_chu

    DOODLE過去作

    Pと諸星きらりちゃん

    THEムッシュビ♂トさん(@monsiurbeat_2)の「大人しゅがきらりあむ」に寄稿させていただいた一篇の再録です。佐藤心、諸星きらり、夢見りあむの三人のイメージソングのEPと三篇の小説が収録された一枚+一冊です。私は諸星きらりちゃんの小説を担当しました。配信に合わせた再録となっております。
    ハロウィンのハピハピなきらりちゃんとPのお話になっております!よろし
    ゴーストはかく語りき シーツを被った小さな幽霊たちがオレンジと紫に染められた部屋を駆け回っている。きゃっきゃっとさんざめく声がそこにいるみんなの頬をほころばせた。目線の下から聞こえる楽しくてたまらないという笑い声をBGMに幽霊よりは大きな女の子たちは、モールやお菓子を手にパーティーの準備を続けているみたい。
     こら、危ないよ。まだ準備終わってないよ。
     そんな風に口々に注意する台詞もどこか甘やかで、叱ると言うよりは鬼ごっこに熱中し過ぎないように呼びかけているって感じ。
     あ、申し遅れました。私、おばけです。シーツではなくてハロウィンの。私にとっては今日はお盆のようなものなので、こうして「この世」に帰ってきて楽しんでいる人を眺めているんです。ここには素敵な女の子がたくさんいてとても素晴らしいですね。
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    60_chu

    DOODLE過去作

    カヅヒロ
    シンデレラは12センチのナイキを履いて まるで二人にだけピストルの音が聞こえたみたいに、まるきり同じタイミングでカヅキとヒロは青信号が点滅し始めたスクランブル交差点に向かって走っていった。二人はガードレールを飛び越えてあっという間に人ごみに消えていく。さっき撮り終わった映像のラッシュを見ていた僕は一瞬何が起こったかわからなくてたじろいだ。
    「速水くん達どうしちゃったのかな?」
     僕の隣で一緒にラッシュを確かめていた監督もさっぱりだという風に頭を振って尋ねてくる。
    「シンデレラに靴を返しに行ったんですよ。ほら」
    はじめは何がなんだかわからなかったけれど、僕はすぐに二人が何をしに行ったのか理解した。
     赤信号に変わった後の大通りにはさっきまであった人ごみが嘘のように誰もおらず、車だけがひっきりなしに行き交っている。車の向こう側から切れ切れに見える二人はベビーカーと若い夫婦を囲んで楽しそうに話していた。ぺこぺこと頭を下げて恐縮しきっている夫婦を宥めるようにヒロが手を振った。その右手には赤いスニーカーが握られている。手のひらにすっぽりと収まるぐらい小さなサイズだ。カヅキがヒロの背を軽く押す。ヒロは照れたように微笑んで肩をすくめるとベビーカーの前に跪いた。赤ちゃんは落とした靴にぴったりの小さな足をばたつかせる。ヒロはその左足をうやうやしく包んで爪先からスニーカーを履かせていく。
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    recommended works

    cross_bluesky

    PROGRESSパラロイ本(ブラネロ)の冒頭部分。
    CRITICAL ERROR 鳴り響くエラーメッセージ、動かなくなるボディ。辛うじて稼働していた聴覚センサーが最後に拾ったのは、見知らぬ男の声だった。

     高層ビルの真ん中を薄紅色の花弁が舞い、眩しい光と音に溢れたネオン街──フォルモーントシティ。そこでは人間の他に、アシストロイドと呼ばれる人の手によって作られた機械たちが暮らしている。
     整備と機械化の進んだハイクラス・エリアとは違い、階級社会の底にあるワーキングクラス・エリアには治安の悪い場所も決して少なくない。法の目をかいくぐった非合法な店が立ち並ぶ中、管理者不明のアシストロイドたちはメンテナンスもされず、ただ使い捨ての道具のように各々の役目を全うすべく働かされていた。
     ──フォルモーント・シティポリスのもとに大規模な麻薬取引のタレコミが入ったのは夕方過ぎのことだった。ワーキングクラス・エリアの歓楽街の一角で、違法アシストロイドたちと引き換えに、隣接したシティから大量のドラッグが持ち込まれるという。人の形を精巧に模したアシストロイドは高値でやり取りされるのだ。特に違法アシストロイドは、人の心に取り入りやすいよう愛らしい見目をしているものが多いから尚更。
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