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    ユキカ

    おじさん受けが好きです。

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    ユキカ

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    ながめる コピーされた写真を舐めるように眺めていると、隣から「なんだそれ」と覗き込まれた。不意に距離が近くなってどきりとする。今さらのようにどきどきしたのを押し隠し、フィルは「もらった」と返した。
    「ゲイリーさんがくれた」
    「ああ?」
     友人の名前が急に出てきたことを不審に思ったらしく、椿が眉間にしわを寄せて写真を見る。すぐに何かわかったようで眉間のしわが一層深くなった。
    「なんでまたそんなものを」
     その言葉に昔を懐かしむ響きはなく、むしろ忌々しいものでも見たかのような刺々しさがあった。ゲイリーが「あいつには見せるなよ」と言った意味がなんとなくわかった気がして、フィルは心のどこかがもやっとするのを感じた。
     フィルは椿の過去をよく知らない。
    「くれたからもらっただけだよ」
     言いながら、フィルは手許の写真をじっと見つめる。椿が呆れたような溜息をついたのがわかったが、それ以上は何も言われないのでそのまま写真を眺め続けることにした。
     何となくの思い出話ついでにとゲイリーが見せてくれた写真を、それはもう穴が空くほど見ていたら「そんなに見るならコピーしてやろうか」とくれたのだ。遠慮せずに有り難く受け取り、今もまだ飽きもせずにテーブルに広げて眺めていたところだった。
     複数枚ある写真は、どれも椿がまだ学生だった頃のものだ。複数人でテーブルを囲んで食事をしているところだったり、勉強でもしていたのか机に向かっているのを隠し撮りしたようなものまであった。そこまで詳しくは教えてもらえなかったのでよくわかってはいないのだが、大学だが士官学校だかにいた頃のものらしい。当時はカメラが今ほど一般的じゃなかったから、面白がって撮っていたのだとゲイリーは昔を懐かしむように笑っていた。
     写真の中の椿は、今の自分とそう変わらない年齢で、今よりも髪が短く、やはり士官学校のようなところに所属していたからなのか体つきはしっかりしているように見える。あまり筋肉のついていない今の体しか知らないから意外にも思えるし、脱いだらどんな感じなのだろうと気になりもする。
     輪郭は丸く、どこか幼い雰囲気がある。子どもと大人の境目にいるような椿は自分の知る姿とは全然違っていて、今のところいつまでも眺めていられる様な気がした。人を寄せ付けないような気配をまとっているようにも見え、一方でどこか虚勢を張っているようにも見えるところが可愛い。今と同じように人と関わるのが好きではないように見えるのだが、たぶん種類が違うのだろう。今はたぶん心の底から何もかもが面倒臭いと思っているが、この頃はもっと悩んでいたりしていたのではないかと思う。その幼さが、あくまでフィルの想像ではあるのだが、たまらなく愛おしく思えた。
     その一方で、自分の知らない椿の過去を知っている人物がいることにもやもやする。ゲイリーは自分の知らない椿の過去を知っていて、知っているからこそ「見せるな」と言ったのだとわかるから悔しい。あと、女性と距離が近いのも気に入らない。隣の席に並んで座って食事をしているだけなのに、何となくいい雰囲気だったんじゃないかと想像してしまって嫉妬で狂いそうになる。
     若い椿が愛おしい一方、こうやってむくむくと嫉妬心が膨れあがって「椿は俺のなのに」と主張したくもなってくる。
     椿は俺のものだし、俺は椿のものなのに。他の存在が介入していいはずがない。自分がもう少し早く生まれていたらよかったのか、なんて考えてもどうしようもないことを考えたくもなる。
     そうやって詮ないことに思いを馳せていたら、ぱっと椿がフィルの手から写真を奪った。ぐしゃりと握り潰すようにしてテーブルの上に放り投げる。テーブルの上に広げていた他の写真もぐしゃぐしゃにしようとしたから、フィルは慌てて椿の手を掴んだ。
    「ひどい、せっかくコピーしてもらったのに」
     フィルの切実な訴えを椿は「いらない」と一蹴する。「見たくもない」
     物事にあまり頓着しない椿の不快感の滲む声に「ああやはり昔何かあったのだ」と胸がずきりと痛んだけれども、それはそれとフィルは椿がさらに握り潰そうとした写真を奪い返した。
    「椿は見たくなくても俺は見たい」
    「べつに見なくていいだろ」
     椿はあっさりと言ってのける。フィルとしてはちゃんと丁寧に持って帰ってしまっておこうと思ったのに。ついでに抜こうかなとも思っていたのに。第一呆れるだけで何も言わなかったくせに、急に何でそんなことをするのか。
    「なんで」
     これ以上駄目にされないようにと、テーブルの上の写真を片付けながらフィルは問いかけた。
    「いらないから」
    「だから、椿はいらなくても俺はいるんだってば」
    「なんで俺の写真をおまえがいるんだよ」
     何気なく発されただろう椿の一言に思わず苛立った。わかっていない。本当にわかっていないのだから困る。
    「好きだからに決まってるだろ」
     フィルの気持ちを理解していない椿に対し、つい乱暴な口調になった。椿はフィルが自分を好きなことを理解しているが、どれほど好きかまではたぶん理解していない。フィルが執着じみた感情で以て椿を欲しているとまでは思っていないのだ。椿自身はもちろん、椿に関することなら一つ残らず手にしたいと思っているほどフィルは恋い焦がれているというのに。
     フィルの言葉に、椿はしばしぽかんとした。フィルが何を言っているのかよくわからないといったような様子で瞬きをして、それから少し困ったような表情を浮かべる。こんなにもわかりやすく困惑した表情は椿にしては珍しく、フィルは束の間苛立ちを忘れてその表情に見入った。何しろ困らせているのは自分だ。しかも、自分の告白めいた言葉が、である。
     何と言えばいいのかわかりあぐねた様子でしばらく黙ったあと、椿は「あまりいい思い出がない」と呟くように言った。
    「ゲイリーにとっては違うのかもしれないが、俺は思い出したくないし、忘れたい」
     吐き出された言葉は落ち着いていて、先程までの不快感も乗っていない。淡々と言い聞かせるようでもあって、だからこそ、思い出したくない過去なのだとうかがい知ることができた。忘れたいから感情を殺している、もしくは、忘れたいほどの過去だからこそそこに感情はもうないのかもしれなかった。
     いくら好きだからといって傷つけるのは違う。椿の古傷を抉ってまで写真に固執しようとは思わない。フィルはまとめていた写真を裏返してテーブルに置いた。自分の知らない椿の過去が気にならないわけではないが、目の前の椿の様子を見て尚そこに触れる気にはならなかった。
    「ごめん」ぽつりと謝る。「写真はあとで捨てとく」
     椿が小さく頷いた。少し気まずそうに頭を掻く。「悪いな。写真がほしいなら別のやつにしてくれ」
    「何かある?」
     椿が話題を変えようとしている気配を感じたので乗っかることにした。実を言うとたまに携帯電話で寝顔を撮ったりしてはいるのだが、もしかすると盗撮と言われる可能性がなきにしもあらずなので黙っている。好きな人の写真の一枚や二枚隠し撮りしてもいいではないかと思うし、実際寝顔をこっそり撮るくらいならやっている人も多いのではないかと思うのだが、どこか後ろめたく感じるのは何故だろう。でもその後ろめたさがちょっと興奮する、ではなくて。つい思考が逸れそうになり、フィルは口元を引き締めた。
    「ない」
     椿は考える素振りすら見せずに答える。ないならば「ちょうだい」とは言えない。これはつまり、堂々と写真を撮らせてもらえるまたとない機会なのではないか? 降って湧いた好機にフィルはいそいそと携帯電話を鞄から取り出した。しかも、椿は写真をフィルに渡すこと自体を否定してはいない。むしろ、椿から言い出した辺りかなり前向きと言える。
    「じゃあ、撮ってもいい?」
     早速お願いすると、自分から話題を振ったくせに椿は少しばかり嫌そうな顔をした。そうなのだろうとは思っていたが、もともと写真自体が好きではないらしい。
    「別のやつにしてって言ったのは椿だよ」
     畳みかければ、椿が口を歪めた。安易に言ったことを後悔しているに違いない。だが、それを許してあげるほどフィルは優しくはなかった。だってほしい。好きな人の写真は何枚あってもいいに決まっている。
    「今? 何かしてるわけでも出かけてるわけでもないのに?」
     あまりに苦しい言い逃れを聞きとがめ、フィルは「じゃあハメ撮りでもいいよ」とあたかも譲歩してあげるかのような口振りで提案した。
    「俺に抱かれてるところいっぱい撮ろうよ」
     可愛く撮ってあげる! と高らかに主張してみたが、椿はただ渋面になっただけだった。明らかに嫌悪している。
    「嫌だ」
    「何かしてるところならいいんでしょ? セックスしてるよ?」
     このまま押し切れないだろうかと、少し可愛くねだるように訴えてみる。じっと見つめれば、椿の眉間のしわが深くなった。
    「絶対に嫌だ」
     当然と言えば当然だが椿が折れる気配がないので、フィルは「うーん」と方向性を変えることにした。ここでごねて何も得られないよりは、正真正銘の譲歩をして写真を撮らせてもらった方がいい。こんな機会はなかなかないし、無駄にはしたくない。
     あ、と思いついた。「俺と二人で撮ろうよ」
    「やってるところをか?」
     嫌悪感に充ち満ちた声で椿が聞き返してくる。それでももちろん構わないけれど、話を進めるためにフィルは「そうじゃなくて」とかぶりを振った。もちろん、ハメ撮りできたらどんなに楽しいだろうとは思ってはいるけれども。
    「二人で撮ったことないし、記念」
     何の、と訊かれる前に椿の横に並んで携帯電話を構えた。ぴったりくっついて「ほらほら」と椿を急かす。「こっち見て」とレンズの場所を教え、タイマーをセットしてさっさと写真を撮ってしまう。
     そうやって撮影した写真は、にやにやした自分と渋い顔をした椿とが並んでいて何ともおかしな出来映えだった。それでも、腹をくくったのか椿がちゃんとレンズの方を向いてくれていたのが嬉しい。べつに写真を撮る必要のない、何か特別なことをしているわけでもないただの日常だが、こうやって写真を撮ったこと自体が思い出になる。画面の中の写真を眺め、フィルは口の端を緩めた。強引に撮った一枚でも、愛おしい一枚だった。
    「そんなに嬉しい?」
     にやにやと写真を眺めるフィルに若干引いた様子で椿が訊ねてきた。もらった写真と違い、消せとは言われないからこの写真は問題はないのだとフィルは判断することにした。
    「うん。嬉しい」自分でもわかるほどうきうきした声で答え、それからふと顔を上げた。椿を見る。「好き」
     脈絡もなくただ言いたくなって口にした告白に、椿がきょとんとした。あまりに唐突すぎて受け止められなかった様子で瞬きをする。その様子がまた愛おしい。
    「ありがと、大事にする」
     えへへと脂下がっているだろう顔で礼を言えば、椿が「ああそうかそれはよかった」ともごもご言って顔を背けた。伏せられがちな目には珍しく羞恥が見て取れて、椿のこんな表情を見られるのは自分だけなのではないかと独占欲が満たされていく。椿の過去は知らないけれど、こうやって自分しか知らない今の椿を開拓していくのも悪くはないと思った。
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