実り育てよ我が器時は十月、実りの多い季節。たわわに実ったトウモロコシ畑が秋風に揺れて黄金色の海のようである。
そんな中、偉大なる聖龍クフル・アハウは神妙な面持ちを浮かべている。といってもその真剣な表情はサングラスに覆われ、ほぼ普段と変わらないように見えるのだが。
アハウはその小さな掌で今年の実りをむんずと掴む。
まずは手触り。掌に感じる感触はきめ細やかで滑らかだ。昨年と変わらぬ触り心地にアハウは満足げに頷く。
続いて張り。むにむにとアハウが力強く揉み込めば、一瞬沈み込むものの、すぐに元の形へと戻る。中身も申し分なく詰まっていると言えよう。
そして最後、アハウは体全体を使ってそれを抱え込む。
「むむっ!」
ここでアハウの表情が変わる。去年の感覚を思い出しながらぎゅうぎゅうと全身に力を込めて、慎重に比較する。
「去年よりもちょっと、俺様の手の間が離れている!」
つまり、今年のものは去年と比べてほんの少し大きくなっている!
全ての確認を終えたアハウは高らかに宣言した。
「今年の出来は俺様史上過去最高と言わしめた昨年を超える、極上の出来である!」
「なんか、アカツキワイナリーのワインみたいな評価だぞ」
本来であれば歓声が上がって然るべきであるはずなのだが、返って来たのはパイモンの冷やかな反応である。これには流石に自称寛大なアハウも怒りだす。
「黙れ黙れ! 白蟻の分際で、恐れ多くもこの偉大なる聖龍クフル・アハウに文句付けようってのか、あぁん?!」
「誰もそうは言ってないだろ? うわぁ!こっちに来るなよ!」
顔を真っ赤にして火を噴くアハウに近くを飛んでいたパイモンが一目散に逃げ出す。そのまま追いかけっこを始めた相棒たちをニコニコと眺めながら、旅人は隣の友人に話しかける。
「過去最高を超えた極上の出来だって。凄いじゃん」
「あまりあいつの言うことを間に受けるな。3年前も似たような事を言っていた」
「もしかしてこれ、毎年やってる……?」
先程までもにもにと二の腕を揉まれていたキィニチは溜息を着きながら、ギャーギャーと喚くアハウを見つめる。
この『品評』が始まったのは、二人が契約をした初めての秋のことである。
その頃のキィニチはまだ今よりも小柄で、体付きもまだ成熟しきっていない子どもであった。少女と見紛う程に華奢な身体つきのキィニチを見てアハウは言った。
『そーんな小枝みてぇな貧相な身体をこの偉大なる聖龍に献上しようってのか?! 馬鹿にするんじゃねぇ! 俺様の器になりたきゃもっと立派になりやがれ! 』
別にそんなものを目指している訳ではないのだが、それからというものアハウはそれはもう口うるさくキィニチの食事にケチを付け始めたのである。
草ばかり食べるなとか、食事は火を通して食べろだとか。果物を多く取らせようとしてくるのは多分アハウの趣味だ。
あまりにしつこく言うものだから、ここ数年でキィニチの料理の腕は格段に上がっていった。
「結局自分のことしか考えてないのさ、あいつは」
「そうかな?」
キィニチの目線は隣に並ぶ旅人より、少しだけ高い。背格好も同じぐらいだ。年相応に、成長した旅人の手が同じぐらいの大きさの自分の手を握る。
「アハウは、キィニチのこと大事にしたいんだと思うよ」
父も母も居なくなってから、誰もキィニチの食事を気にかける者などいなかった。カビたパンと野草を水で流し込む日々。腹さえ満たせればそれでいいと、本気で思っていた。
けれど今は。キィニチはかまどの灰を毎日掻き出している。切れ味の良い気に入った包丁がある。味付けは薄いより濃い方が好きだ。
何よりも、大仕事が終わった後に食べる、暖かな食事がキィニチは好きだ。
「来年はもっといい評価を貰えるように、応援してるね!」
「……努力はする」
そう言ってキィニチは旅人から顔を逸らした。少しだけ緩んだ口元を見られたくなかったのだ。