君に吹く風、心の温度。荒涼とした土地に、風が吹いてゆく。
小石の混じった土埃が、風と共に舞い上がった。
「寒っ!!」
君に吹く風、心の温度。
ここは、月の渓谷。
吹く度に体温を奪われる冷たい風に、おもわず鳥肌が立った。
「こういう時に、スコールのような服装だったらな~。寒いのだって平気なのに」
自分が装備してるのは、肌の露出が多い旅人用の服――軽装である。
やはりあたたかい服が欲しいところ。だが望んだからって与えられるわけでもないので、いまは我慢するしかない。
それに、そんなことを嘆いている暇はないのだ。
おれは、ある人を捜している。
そのひとは、肩と胸元の大きく開いた、ベアトップのスカートを着用していた。
まぎれもなく軽装であり、置かれている状況も自分と同じはずだ。
「きっと寒がっているよな」
このままだと、おれも彼女も風邪を引いてしまう。
早く見つけて、温まらなければ。
「お、居たっ」
探し求めていたひとは、小高い丘の上にいた。
いつもは高く結ってある、金色の髪を下ろしている。
それは、風の軌道を描くように波打ち、流れてゆく。
深い青の瞳は、遠く遠く、闇の彼方へ。
手のひらで、降り注ぐ星の光を受け止める。
その様は神々しく、あたかも女神のようで――
(やっぱ綺麗だなぁ……)
おれは彼女の姿に、しばらく見とれてしまっていた。
……けれど。
気になったのは彼女の顔。
無表情だったからだ。
まるで、美しく精巧に造られたアンティーク、かのように。
彼女の表情から、感情の色を感じることができなかった。
「馬っ鹿!! おれがあの娘のことを、そんな風に思ってどうするんだよ?!」
おれは、思い浮かんだ考えを打ち消そうと、かぶりを振る。
「人形なんかじゃない。ティナは……ティナだ!」
ひときわ強く冷たい風が吹いても、ティナは微動だにすることがない。
でもおれには、雪のように白く、か細いその身体が、小刻みに震えてるように視える。
そして 『ティナの存在』 そのものが何故だか、ひどく儚く感じる――そう、思えてしまった。
「早く、行かなきゃ……っ」
居ても立ってもいられなくなり、おれは足早にティナの元へと向かっていくことにした。
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「ティナっ!」
彼女に気付かれないよう、後ろから近づいて、ぎゅっと抱き締めた。
自分よりも更に冷たい体温が、ティナの肌から、おれの肌へと伝わってくる。
「きゃ……っ! バッツ? いつからいたの?」
小さく悲鳴を上げ、驚いた表情を見せる。
後に、ちょっと切なげの、穏やかな笑顔で微笑んでくれた。
「ついさっき! どーしたんだよ、ぼ~っとしてさっ」
「え? 夜風に当たりたいかなって」
「気温が高くて暑いのなら、それもいいけどさ。この寒さじゃさすがに風邪ひくぞ」
「そうだよね。ごめんなさい」
「別に謝ることなんかないって」
ここ数日。
ティナは元気が無く顔色も悪かった。
さっきみたいに、ひとり離れていって、物憂げに佇む。
そんなことが多くなっていた。
(何か悩みでもあるのかな)
なるべくティナを、ひとりぼっちにさせたくない。
「なっ、今日は一緒にねよっか」
「どうしたの急に」
「今日って寒いじゃん。誰かがとなりに居てくれたら、温かくなるかな~~ってさ!」
「私となんかでいいの?」
「おう! あぁ……あと、ひょっとしたらティナに対して、変なことするかもしれない……けど」
「へんなことって?」
「あ、えぇっと……えっちな…こと……」
「……?」
言ってから後悔する。 が、
好きな女の子と一緒に眠るのに 『何もしない』 ってのは説得力ないし、
おれがティナに触れたいって気持ちも……確かにある。
「やっぱだめだよな~~っていうか、ごめんっ!! ばかみたいなこと言って!」
「いいよ」
「って、え?」
「バッツのすることだもの。悪いことじゃないと思うし。だから……いいよ」
「……っ!」
自分の中の良心がズキズキと痛みだす。ティナの返事を聞き、一気に罪悪感が増してきた。
もしかして、なにか勘違いしている?
「あの! ひょっとしたら嫌われても仕方ないってこと、してしまうかもなんだ。
だから、ほんっっっと無理はしなくてもいいんだぞっ!
ティナの嫌がることを、無理やりになんて、したくないから……な」
「……ありがとう。でも大丈夫だよ。たとえ大変なことだとしても、
わたし、頑張って耐えるからっ」
(耐える――ですか)
喜んでいいのかどうなのか。かなり複雑な気分になってしまう。
いま彼女に見せている、おれの笑顔は、おそらく引きつっているんだろうなぁ、と我ながら思った。
(ティナの体調のこともあるしなぁ。あんまり調子に乗り過ぎないようにしよう……っ)
「バッツ、どうかしたの? いっぱい喋ったかと思ったら、今度は黙ってしまって」
「そ、そうか?! べ、別におれは何でもないぞっ、うん!」
「???」
「いいかげん夜も遅いし……眠るか」
「……うん」
あいかわらず、罪悪感とか背徳感というのが、とにかくハンパない。けれど、
おれのティナへの想いは、揺るぎないものだ、と確実に誓える。
そして彼女の意思も尊重しつつ、
ティナのことを大切にしていきたい――って思う。
それだけは……絶対。
おれの腕の中に包まれている彼女。
表情は隠れてしまって、よく見ることができない。
でもいまだ、ティナの身体は冷えきったままだった。