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    taroimo_haruka

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    taroimo_haruka

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    カナアン、長編。2話目。

    #カナアン
    canaan

    アクアレトリウムの夢②-1水の流れにただ身を任せ、漂っていた。
    美しい色とりどりの魚たち。静寂に包まれた、無音の世界。手を伸ばせば、何にでも手が届くような気持ちになる。

    ここにはカナタを傷つけるものは何も無い。
    ただ温かく、包み込むだけだ。

    (……ずっと、ここにいたい)

    静かな、この世界で。
    穏やかな、この世界で。


    ――優しいこの夢の中で


    アクアテラリウムの夢


    「カナタ! なあ、カナタ!!」

    呼びかける声に、カナタははっと目を覚ました。目の前には、どこかほっとした表情を浮かべるカイトが座っている。慌てて周囲を見渡せば、カナタたちと同じように机を陣取りテキストを広げる者、トレーをもってどこか席はないかと探す者、それぞれの目的に合わせて動く学生たちの姿が見える。手元には筆記用具とテキスト、そして氷が溶けてぬるくなったジンジャーエール。

    「急にどうしたんだよ」

    怪訝に尋ねてくるカイトにカナタは慌てて

    「ごめん、ぼーっとしてた」

    と、返した。

    酷く頭がぼんやりとしていた。
    外を見れば、ジリジリと照りつける太陽の下、蝉たちの合唱と大勢の学生たちが行き交う声が響き渡るキャンパスが広がっている。それを横目にカナタはここが大学のカフェテラスであることを思い出した。そして、自分とカイトがテスト対策のためにこの場所を陣取っていることも。

    「カナタ、昨日もバイトだっけ? 疲れてるんじゃねーの?」
    「あー、うん。そうかも」

    大学生になってはじめたアルバイトは、全てが新鮮で楽しかった。もちろん慣れないことが多く失敗して叱られることもあったが、自分の力で働き、稼ぐことは少しだけ大人に近付いた気がして嬉しくもあった。はじめてもらったバイト代で家族と回転寿司に行ったとき、誇らしい気持ちになって少し目が潤んでしまったことはたぶん、一生忘れないだろう。

    「テストの間だけでも、シフト減らしてもらえば?」

    だが、あくまで学生の本分は勉強である。

    「んー、相談してみる」

    もっともなカイトの提案に、カナタは頷くと机の上に置きっぱなしになっていたペンを手に取った。放ったらかしになっていた問題に手をつけるためだ。カナタの様子にならって、カイトも参考書を手繰り寄せる。
    しばらくの間、ふたりは無言で問題に向き合った。集中とともに周りの喧騒が遠ざかり、意識が目の前の文字や記号に吸い込まれていく。次第に頭が研ぎ澄まされ、カリカリとペンを動かす音だけが耳に届いた。だが、その意識はブルリと机の上で震えたスマートフォンによって引き戻された。通知画面にアンジュの名が記されているのを見て、カナタは慌ててスマートフォンを手に取る。そして、手早くパスワードを入力するとメッセージを表示した。

    ――テスト勉強かな? 頑張ってね。

    たったそれだけのメッセージにどくんと心臓が跳ね、自然と口元がにやけてしまうのを止められない。

    春に出会って以来、アンジュとは何度もメッセージのやり取りを続けてきた。時に悩みを相談し、時に彼女の話にただ耳を傾け、そして数度は直接会話した。
    最初は、どうしてもお礼がしたいというアンジュの言葉に甘えて食事をした。それから、猫カフェや映画を見に行ったり、ラーメンを食べに行ったり。知れば知るほど。話せば話すほどに彼女に惹かれていく自分に戸惑った。
    社会人として忙しなく働く彼女は、最初は遠い世界の存在だった。だから、お礼のために連絡先を教えて欲しいと言われた時に少し警戒していた。自分のような大学生に、そこまで?という疑念もあれば、歳が離れた大人の女性とやり取りすることに緊張感をおぼえたのだ。
    しかし、彼女は歳が離れていることを感じさせないくらいに話しやすかった。時に、カナタが心配するほど天然な返答をしてきた時は戸惑ったが、ノリよく返事を返してくれることが心地よかった。
    一方で、やはり大人のお姉さんであることは確かだった。悩みながらも仕事に取り組む優しさと前向きさに感心した。そして何より、カナタの悩みに上から目線ではなく、だからといって誤魔化すわけでも頼りないわけでもなく、ただ親身に話を聞いてさり気ない言葉で励まし導こうとしてくれることが嬉しかった。

    ピロン、と音を立ててメッセージが更新される。

    ――どこに行くか、考えておいて。楽しみにしてるよ。

    アンジュとは、テスト期間が無事に終わったあとに会う約束をしている。どこに行くか、改めて言われると悩んでしまう。一度意識すると気持ちがどうしても引っ張られてしまいカナタはスマートフォンの画面を見つめたまま考えを巡らせた。

    季節は夏。

    夏といえば、夏祭り?
    浴衣姿のアンジュがこちらに向かって微笑む姿を想像する。出店を巡って、たこ焼きや焼きそばを食べ、射的やゲームにチャレンジするのは魅力的だ。掬いあげた金魚を得意気に見せるアンジュの姿が過ぎる。

    夏と言えばプール?
    ヒラヒラのフリル、色っぽいビキニ……瞬く間に頭の中が水着姿のアンジュの姿でいっぱいになってカナタは思わず首を振った。

    (いやいやいや、何想像しちゃってんの、オレ)

    だが一度浮かんだ妄想がこびり付いて離れない。浮き輪を持ってはしゃぐ姿、プールサイドでくつろぐ姿。

    (プールといえば……)

    ふと、ウォータースライダーが頭に過ぎる。幼い頃、両親に連れて行ってもらったプールで弟と何回も並んで乗った記憶が蘇る。まるでジェットコースターに乗っているようで楽しかった。

    (お姉さんと……)

    たちまち、アンジュとともにスライダーに乗る想像が始まる。お姉さんは、こわがるだろうか。それとも、絶叫系にはしゃぐタイプだろうか。そんな妄想から、いざ乗る時に互いに密着する姿が浮かんでくる。触れる肌、やわらかな……

    (いやいや、ホントそれはないから!)

    気持ちを落ち着けようと、スマートフォンの画面を見つめるとアンジュからのメッセージに続きがあることに気付いた。

    ――P.S. ちゃんと勉強に集中してね!

    はあああ、と大きくため息をついてカナタは思わず机に突っ伏した。

    「なあ、カナタ」

    何? と返答しながらカナタは机からほんの少し顔をあげる。そこには、ニヤリと笑う友の姿。

    「最近、スマホよく見てるよな」
    「あー、うん」

    これは、嫌な予感がする。多くは語らずにカナタは頷く。

    「もしかしてさ、彼女でも出来たんじゃねーの?」
    「なっ、何いってんだよ!」
    「だってさー、スマホ見ながらニヤニヤしたかと思えば何か考え込んでるし。スマホ見てない時もソワソワしてさ。いいよなー、イケメンは」
    「だから、そういうのじゃないって」

    焦るカナタの態度に察するところがあるのだろう。さあ、勉強どころではないとでも言うように参考書を閉じ、

    「じゃあ、最近どうしたんだよ」

    と、詰め寄ってくる。及び腰になりながらのらりくらりと交わすが、追求の手は止むことがない。

    「オレ、ちょっとドリンク買ってくる!」
    「お、おい! カナタ!」

    財布を手に足早に雑踏の中へ消える背中に、カイトの声がこだました。
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