最低のプロポーズ「え、僕が着るんですか?」
シャリアから告げられた作戦内容に、エグザべは思わずそんな声をあげた。
「はい。今回はエグザべ少尉にお願いします」
「お言葉ですが、僕よりコモリ少尉の方が適役なのでは?」
「だいぶ荒事になりそうでして。それに、コモリ少尉には貴女が代わりとなる人物の護衛をお願いしたいのです」
どうやら理解と納得が出来たらしい。エグザべが話を遮ったことへの謝罪をし、続きを促す。
「……そんな訳で、エグザべ少尉には一度フィッティングに行っていただきます。三日後、午後の予定を空けてますからコモリ少尉と行ってきてください」
「了解しました」
次の打ち合わせがあるから、とシャリアが慌ただしく部屋を出て行く。コモリがその後を追った。残されたエグザべは手元の資料に視線を落とし、「……ウェディングドレス、か」と呟いたのだった。
あっという間に時間が過ぎ、作戦当日の朝を迎えた。用意された部屋へ向かい、コモリの補助を受けつつウェディングドレスを身に纏う。
スレンダーラインのドレスはエグザべによく似合っていた。背中側がV字に大きく開いており、ウエスト部分を飾るのは華やかな刺繍。これを試着した際、「これって本当に任務用?」と思わず聞いてしまったほどだった。
「うん、やっぱり似合ってるね!」
「あ、ありがとう…?」
「これで太腿に銃を隠してなかったらなぁ」
ドレスの下に隠した銃が咄嗟に取り出せるかを数回確認する。ナイフはこれから持つブーケの中に仕込むことになっていた。
「そろそろ私も行くね」
「分かった。コモリも気を付けて」
「そっちこそ」
ひとりきりになった控え室でエグザべはそっと息を吐いた。
一方その頃。
シャリアは別室で作戦指揮を取っていた。
ちらりと時計を見れば、行動開始時間が迫っている。エグザべの仕度ももうとっくに済んでいる頃だった。フィッティングから戻って来たコモリに一枚だけエグザべの写真を見せてもらった。シンプルなドレスはエグザべの魅力を存分に引き立てていたのを覚えている。
そうしていると、モニターにエスコート役と共に現れたエグザべが映る。シャリアにはそれがとても美しく見えた。
――――――――――――
バン!
大きな音と共に開いた扉に、エグザべが素早く振り返る。新郎を守るように一歩前に出た。
「……え?」
そこには見知った男が息を切らし、とんでもなく鋭い眼光でこちらを睨み付けていた。そこにいる誰もが動くことをせず、ただただシャリアの動向を黙って見ている。呆然とした表情のエグザべとシャリアの視線が合う。思わず後退りしそうになった。軍服姿のシャリアは荒い足音を立ててエグザべに近付くと、白の手袋に包まれた手首を掴む。
「中佐、何をして…!」
小声でそう言ったエグザべを無視したシャリアは、その手を引いて扉へ向かう。エグザべ自身はその行動の意図が全く分からず、困惑した様子でシャリアに抵抗するものの、結局扉の外まで来てしまった。半ば引き摺られるような形で外に出たエグザべが式場を振り返る。そこには苦笑する新郎役と神父、それからいつの間にか式場内にいたらしいコモリが笑顔で手を振っていた。
「あの、中佐!」
「………」
「っいた、」
引っ張られるまま、エグザべはシャリアと共に人気のない中庭のような場所へ来ていた。石畳の敷かれた道は慣れないヒールを履いた足には優しくない。痛みに声をあげると、無言のままだったシャリアが足を止めて振り返った。
「すみません、足、痛みますか」
「え、まあ、はい…」
「あそこのベンチに座りましょう」
今度は優しく差し出された手のひらがエグザべの手を引く。シャリアはポケットからハンカチを取り出すと、それをベンチに敷いた。
「どうぞ」
「いえ、中佐のハンカチが汚れてしまいます」
「構いません。それより、君の美しいドレスの方が大切です」
おずおずとハンカチの上に腰を下ろすと、その隣にシャリアが腰掛けた。無言の時間が続く。
意を決して、エグザべが口を開いた。
「あの、僕にこの任務を命じたの中佐ですよね」
「そうですね」
「一体どうしたんですか?作戦の変更ですか?」
「いえ……」
シャリアは苦々しい顔をした後、「変更はありません」と呟いた。
「え?!じゃあどうして…」
「……すみません、やはりちょっと辛抱ならなくなってしまって」
「辛抱?」
怪訝そうな表情を浮かべたエグザべがシャリアを見る。作戦失敗。今後の対応。そんな言葉がエグザべの脳内を埋めていく。
「作戦ですから、耐えられると思ったんです。ですが、知らない男の隣で純白のドレスを身に纏う君を見てどうにも…」
「………それでこんなことを?」
呆れたような声にシャリアはエグザべを見ることが出来ない。当たり前だ。公私混同しているのだから。更に言えばシャリアとエグザべはただの上司と部下でしかないというのに。
「まずはコモリに連絡を取りましょう。失敗したならしたで、リカバリーをしないと…」
「それはそうです。私が何とかしますから…」
シャリアが端末を取り出し、コモリに連絡を取る様子を見る。その時ふと先程式場から出て行く際のことを思い出した。
「(………そういえばなんでコモリはあそこに?護衛対象と別室待機なんじゃ…)」
「コモリ少尉、すみません。……ええ、ええ。………待ってください、どういうことですか、それは」
シャリアの声に困惑の色が混ざる。
「どうして」「何が」、そんな言葉が何度か飛び交った後、「………そうですか。分かりました」とだけ告げたシャリアが通話を終える。
「どうしたんですか?」
「………そのですね」
言い淀んだシャリアにエグザべがごくりと生唾を飲む。少し言葉を選んだ後、シャリアが口を開いた。
「嘘、だそうです」
「はい?」
「作戦自体が嘘。護衛対象を狙う人間なんていないそうです」
「…………何言ってるんですか?」
「私が聞きたいです」
手で顔を覆ったシャリアとその隣で理解が追い付いていないエグザべ。暫くして、シャリアが大きく息を吐いた。
「どうしたらいいんですか?」
「そうですね…」
シャリアとエグザべの視線が交わる。首を傾げたエグザべの手をシャリアの両手が包み込んだ。
「……とりあえず、まずは籍を入れるのはどうでしょう」
「……中佐ってもしかして僕のことが好きなんですか?」
「そうですが…」
そうでなければ、ウェディングドレス姿の部下を攫うために式場のドアを蹴破るなどという暴挙に出るはずがない。シャリアの言葉に頬をほんのりと染めたエグザべが「じゃあ、」と言ってシャリアを見る。今度はシャリアが首を傾げる番だった。
「ちゃんと中佐の言葉で聞きたいです。そうしたら考えます」
遠く鐘の音が聞こえる。
その音に重なるようにシャリアがエグザべへと思いを告げた。エグザべはこれまでで一番きれいに微笑んで、「喜んで」と答えたのだった。