今日は水曜日、野菜の特売日だ。チラシと睨めっこしながら買う予定のものに赤丸をつけておく。エコバッグも持ちそろそろ行くかという時天彦から声をかけられた。
「依央利さん今から買い出しですか?天彦もお供します」
「いえ、結構です」
「まあそうおっしゃらずに…依央利さん1人では荷物持ちきれないでしょう」
「それでいいんです!僕の大切な負荷を取らないでください。天彦さんは留守番してて」
天彦は何かと依央利の買い物についてこようとする。ついてくるだけならまだいいが荷物持ちをしようとするのだ。そんなことをされては買い物の楽しみを奪われてしまう。
「…ではただついていくだけならいいですか?」
「…本当に…?ついてくるだけ…?」
「はい、この天堂天彦ワールドセクシーアンバサダーの名にかけて嘘はつきません」
まあ確かに天彦に嘘をつかれたことはまだない。
「……………分かりました、天彦さんのこと信じますからね?」
「はい、依央利さんを裏切るようなことは決してしません」
天彦は物腰は柔らかいが案外強引だ。そこは彼のギャップと言えるだろう。
「じゃあそろそろ特売の時間になっちゃうから行きましょうか」
2人並んで商店街までの道を昨日の出来事や他の住人とのやりとりを話しながら歩く。家の中で天彦と2人だけになる機会はあまりなくどちらかといえば会わない方だ。みんなで話してる時はセクハラ発言ばかりだが今は普通に喋っている。普通にしている天彦は顔の良さと上品な雰囲気が相まってどこか知らない人のように感じる。
「天彦さんは普通にしてれば余裕のある大人って感じで素敵なのに」
「おや、いつもの天彦はお嫌いですか?」
「嫌いではないけどセクハラ発言はやめて欲しいかな、あと事あるごとに僕のお尻触ろうとしてくるのも」
「さすがの天彦も本人の許可なく触ることはしません。見るだけです」
「いや、見るっていうかあれはガン見だから!いっそ一回触って気が済むなら触らせるからガン見するのやめて?」
「え!触っていいんですか?では帰宅したらお言葉に甘えて…」
「うわ…帰りたくなくなってきた…」
さっきまでの余裕のある素敵な大人はどこへやらいつもの天彦に戻ってしまった。やっぱりカリスマって変人なんだな…と自分のことは棚に上げてげっそりする。商店街に着くまでになんとかしなければ…
「…天彦さん、さっき僕のことは裏切らないって言いましたよね?」
「?ええ、二言はありません」
「僕、商店街の方々とは良好な関係を築いてるんです。…もし天彦さんがセクハラワードを連発したらどうなるか…分かりますよね?」
「ええ、それはもちろん…他の方々には刺激が強すぎますからね」
「もしも…天彦さんがセクハラワードの1つでも発言した場合は天彦さんの好きなメニューは2度と食卓に並ばないと思ってください」
「!?い、依央利さん…それは…」
「はい、もうアスパラガスは2度と出てきません」
「な、なんと…」
天彦は激しく動揺している。自分から言っといてなんだがアスパラガスが出てこないだけでそんなにも絶望できるものなのか。
「天彦さんがセクハラワードを言わなければいいだけの話です。できますか?」
「は、はい…気を引き締めます」
今までに見たことのない真剣な顔で言うもんだから思わず笑ってしまった。
「あははは!30歳の大人がセクハラワードを言わないように気を引き締めるって…聞いたことないですよ」
顔と言ってることがアンバランスすぎる。これは他の人に話しても天彦の表情を実際に見てもらわないと面白さが伝わらない。1人ツボにハマっていると天彦は驚いているようだった。
「…依央利さんがここまで笑っている姿は初めて見ました」
「え?あ〜確かにここまで大笑いしたのはシェアハウスを初めてからはなかったかも…天彦さんが僕の大笑いを奪った初めての人になりますね、はぁ〜笑った」
「い、依央利さんの初めて!?」
しまった、これはもう2度とアスパラガスを献立に取り入れられなくなると覚悟したが
「………………………………光栄です」
なんとあの天彦が耐えて見せた。恐るべしアスパラガス、ありがとうアスパラガス。
そうこうしているうちに商店街に着きお目当ての特売品を買い込んでいく。全て買い終えると両手が塞がるくらいの量になった。これこれ!この負荷が買い出しの特権だ。1人幸せに浸っていると横から視線を感じる。
「…………天彦さん…渡しませんからね?」
「……僕も持ちたいです依央利さん…」
「だめ!話が違うよ!嘘ついたんですか天彦さん!」
やっぱりこうなるか。天彦のことを信じるとは言ったが内心少し疑っていた。こうなるともう持久戦だ。
「絶対に渡しません!僕が全部持って帰ります!」
「…ダメですか?どうしても?ちょっともダメですか?」
「ダメなものはダメです!天彦さん?ワールドセクシーアンバサダーは嘘をつくんですか?」
「……………確かにワールドセクシーアンバサダーは嘘をつかないと約束しました。しかしただの天堂天彦は約束してません」
「はい?」
「ですのでただの天堂天彦からのお願いです。持たせて頂けませんか?筋トレに必要なのです」
かなり無理のある屁理屈を捏ねてきた。天彦の方が依央利よりも7つの年上だが年下のように感じることが多々ある。天彦には兄がいるから弟感が強いのだろうか。
「…確かに僕はワールドセクシーアンバサダーとしか約束していなかったかもしれないですね…これは僕の失態です。……今回だけですからね?」
「依央利さんっ!ありがとうございます!」
天彦の屁理屈に乗ってやるとものすごい笑顔でお礼を言ってきた。このまま天彦に荷物を渡さなければ夕飯の支度時間に到底間に合わなかった。自分も人のことは言えないが頑固なのである。
2人で荷物を半分ずつ持ち帰路につく。
「でも天彦さん帰ってもお尻は絶対触らせませんからね」
「はい…残念です…でも楽しみは次の機会まで取っておくことにしましょう」
「もっと違うことを楽しみにしてくださいよ…」
「依央利さん…貴方は自分の尻の魅力を全く分かってないようですね」
「逆に自分のお尻の魅力把握してる人の方が少ないと思いますけど」
結局行きも帰りも依央利のお尻の話をして終わった。もうすぐハウスに着くと言うところで天彦は少し声のトーンを落とし「依央利さん」と自分を呼んだ。
「実は依央利さんの買い物について行きたいのはただ荷物もちをしたいからだけではないんです」
「え?そうなんですか?商店街に用事があるとか?でも今日はずっと一緒に回ってくれましたよね?」
「いえ、自分の用事は特には……ハウスの皆さんと過ごす時間もとても大切なのですが依央利さんと2人っきりだけの時間が欲しかったんです」
「え?僕と2人だけ?………何か他の人に聞かれたくない頼み事でもあるんですか?」
「いえ……その、笑わないで聞いて頂けますか?」
「う〜ん、どうだろう天彦さん僕の笑いのツボついてくるからなぁ〜内容によります」
「では笑って頂いても構いません。…………………依央利さんを独り占めしたかったんです、ハウスの中ではできないので…」
「え?僕を?」
「依央利さんはいつも皆さんのために休みなく動いてくれているので2人きりというのは難しく…でも買い物の時だけは依央利さんは1人で行くのでチャンスだと思って…」
なるほど、天彦がいつも自分の買い物についてくるのはそういう理由があったのか。
「ふ、あっはははは!そ、そういうことだったんですか?やっぱり天彦さん、僕の笑いのツボつくんだから!ふふふふっ」
「そ、そんなに笑わなくても」
「そんな可愛いことしなくても天彦さんが一言言ってくれればいつでも2人っきりになりますよ?家事よりも命令が優先です」
「いえ、命令とかではなくて…その…お願い?」
「ふふ、「お願い」ですね?じゃあ今度からは天彦さんの「お願い」お待ちしてます」
天彦がそんな可愛い理由で買い物について来ていたなんて、本当にギャップがあって面白い。
「僕のことこんなに笑わせてくれるの天彦さんだけなので楽しみにしてますね」
そう言うと天彦は「え!?」と一瞬面食らった顔をしたがすぐにキリッとした表情を作り
「これからも依央利さんを1番笑わせられる存在でいられるようこの天堂天彦精進します」
と言ってのけこれまた依央利の笑いのツボを突いてきた。天彦が依央利の尻を触れるのはそんなに遠くない未来かもしれない。