忘れ物 今日は休日だから朝からドラマの録画を消化していた。ちょうど一本見終わったタイミングでふと、窓の方を見ると遠くが暗い雲に覆われ始めているのが見えた。梅雨の天気は不安定だ。
天気予報で久々に晴れだと言っていたから洗濯物を干したのに台無しになってしまう。努力が水の泡になってしまう前に急いで取り込む。引き続き部屋干しするものと、乾いて収納するものとに仕分けて作業をする。空に浮かぶ雲に心まで覆われないように鼻唄を歌っていると、巽くんのことを思い出した。
「あれ……そういえば今日は一日晴れって言ってたから傘持っていってないよね」
ただの通り雨で済んでくれればいいが、また明日以降は天気が崩れると言っていたから難しいだろう。彼のお仕事が終わる頃に駅前までお迎えに行こう。そのギリギリまでは少しゆっくりしようかな。
まだ仕事中であろう彼に、迎えに行くから仕事が終わったら連絡をくれという旨のメッセージを送って携帯をポケットにしまった。
畳み終わった洗濯物をしまい、私は録画の消化へと戻っていった。
ブーッ、ブーッというバイブ音と振動が響く。どうやら途中で眠っていたらしく、お仕事終わりの巽くんからの着信で目が覚めた。
『もしもし、巽です。今、大丈夫ですかな?』
「うん、大丈夫だよ。お仕事お疲れ様です」
『ありがとうございます。今ビルを出たところですので二十分ほどでそちらに着くと思います』
「了解です。じゃあこっちも準備するね」
『少し眠たそうな声をしていますが大丈夫ですか?』
「大丈夫、こけたりしないよ!バッチリ任せて」
『ふふ、そうですか。ではまた後で』
巽くんとの通話が終わり、お迎えに行く準備をする。休日で何も塗られていない肌を隠すマスクと、髪が暴れないようにキャップを被ったら完了だ。バチバチと窓に叩きつけるような雨の前ではどんな服装も防御力は皆無だからラフな格好をする。
服、よし。携帯、よし。傘、よし。最低限の物だけ持って家を出た。
家から駅までの道を半分まで来たところで自分が手ぶらなことに気付く。あれ、もしかして巽くんのおっきい傘を差してきたけど私用の傘がない……?携帯で時間を確認すると流石に取りに帰るには微妙な時間だった。
「仕方ない…駅前のコンビニで傘を買うか……」
とりあえず巽くんを待たせることはないようにしないと、と思い駅への道を急ぐ。
駅前に着き、屋根があるところで一度傘についた雫をトントンと落とす。携帯を確認するとちょうど駅に着いた、と巽くんからのメッセージを受信する。それに返信を送ると同時に肩を叩かれる。振り返るとほっぺをつん、とつつくことに成功して笑顔の巽くんがいた。
「大成功ですな……♪お迎えありがとうございます」
「巽くんって意外とそういう子供っぽいことするよね」
「おや、嫌いでしたか?」
「ううん、全く。じゃあ帰る前に一旦コンビニに寄ってもいいかな」
「何かお買い物ですか?急ぎでないなら明日俺が車を出しますよ」
「えっと……傘を……」
「傘なら今ここに一本ある……あぁ、なるほど」
「自分の分、忘れちゃって。ジメジメするからくっつきたくないでしょ」
「それなら問題ありませんな」
巽くんは私の手から傘を取り、開く。空っぽになった私の手を取り歩き出す。やや強引な手口ではあるが、濡れるのを避けるため彼の隣に並んで歩き出す。大きくて一人ではすっぽり覆われる傘も二人だと少し窮屈だけど、たまにはこういうのも悪くないかも。