闇をとかして ふかい眠りからふわりと意識が上がってくる。ゆっくりと目をあけ、枕元にあるスマホを見ると夜の一時過ぎだった。もう一度眠ろうかなと布団の中でもぞもぞ動いていると、少しの尿意が襲ってくる。
――……お手洗いに行ってからもう一度寝よう。
そう思い布団から出ようとした時、手を掴まれる。私の掴んだ本人の様子を見ると眉間に皺が寄っていて、口元がわずかに動いている。声が聞こえるように体勢を変えると、どうやらうなされているようだ。
「……です。いかない、で…いやだ……」
内容はよく分からないが、何かに置いて行かれるような夢でも見ているのだろうか。嫌と繰り返す彼の目元には一筋の涙が流れていた。少しでも楽になるようにと思い空いている方の手で彼の頭を撫でる。
しばらくそうしていると落ち着いたのか静かになる。もう大丈夫かと思い掴まれた手を外そうとしたその時、彼の目が開く。
「…どこにいくんですか……?」
「すぐ戻るよ。大丈夫だよ」
「や、です……嫌だ」
寝ぼけた彼が腰に抱きついてきて、頭をグリグリと擦り付けてくる。
「すぐ戻るっていって、俺の前からいなくならないで……ください」
「巽くんを置いていなくなったりしないよ」
「じゃあ俺とこのまま寝ましょう」
「それはちょっとだけ待って」
「いやです」
ずっとやだやだと駄々をこねるような彼との問答が続くうちに限界が近づく。流石にいい歳してお手洗いに間に合わないのはまずい。
「ね、巽くん。どうしてもお手洗い行きたいの。すぐ戻るから、ね?お願い」
「じゃあ俺もついていきます」
「へ?いやいやいや流石にそれは……」
「ドアの前で待ってますから」
「うー……ん。わかった。いいよ」
無事交渉成立しなんとか膀胱と私の尊厳の危機は免れたようだ。いつもは眠っている夜中だからかゆったりとした動きで巽くんが起き上がる。ベッドから立ち上がった彼がふぁ、とあくびをこぼし目を擦る。普段は見ることのできない姿にきゅんとして頭を撫でてしまう。ふにゃりと笑った彼が私のパジャマの袖を掴んでもっと、とねだるように肩に頭を乗せる。
彼の軽く頭をポンポンしてから歩きだすとこれまた珍しく少しすり足気味に着いてくる。
お手洗いの前に着き、巽くんの方へ振り返る。
「じゃあ巽くん、すぐに戻るから扉の横で待ってて?」
「……いやです。俺も一緒に行きます」
「いやいや、物理的に無理だから、ね?それに流石に恥ずかしいし」
「本当にすぐですか……?二十秒くらい?」
「うーん……せめて四十秒は欲しいかな」
「わかりました。じゃあ四十秒だけ待ちます」
「じゃあ待っててね」
眠そうな目を擦りながらコクコクと頷いた巽くんに手を振りながら扉を閉める。今日の駄々っ子さんのような巽くんを待たせると大変なことになりそうなので急いで用を足す。
可能な限り手早く済ませてお手洗いから出る。手を洗っているうちに後ろから抱きついてきた巽くんがスリスリと甘えてくる。
「巽くん、待たせてごめんね」
「んぅ……」
「あの、お布団戻ろ…?」
ゆっくりと身体を離した巽くんがパジャマの袖を掴んでくる。さっきと同じように私が歩き出すと、またすり足気味に着いてくる。寝室に戻りベッドに座るとその横に彼も座る。
「ねえ巽くん、今日は随分甘えん坊さんだけどどうしたの?」
「少し…いえ、そこそこ夢見が悪くて」
「そっか」
「俺は音が全く聞こえないところにいて、表情が見えないたくさんの人が俺の前からいなくなってしまって……。そこまでは特に、なんとも思わなかったんです」
「うん」
「でもマヨイさん、一彩さんや藍良さん。そして貴女が同じように俺の前からいなくなってしまうのを見た時とても怖くて、苦しくて……」
膝の上に置かれた手に力が籠っているのを見た私はそっと彼の手を取った。握った手はいつもより冷たく震えているような気がした。しばらく互いに無言のまま手を握っていると、次第にじんわりと温もりを持ちはじめる。手を離すと少し悲しそうな顔をした巽くんが視界に入り胸が苦しくなる。
離れようとする彼を抱き締める。しばらするとおそるおそる手を回してきた。トン、トンと背中を叩くと落ち着いたのか力が抜けてもたれかかって来て、流石の体格差に支えきれずベッドに沈み込む。
「……よしよし。大丈夫大丈夫。誰も巽くんを一人で置いていなくなったりしないからね。みんな巽くんのことが大好きだよ。巽くんだってそうでしょ?」
「……はい」
「それに、メンバーの人たちとはいつもお互いに悩みを共有して、一緒に乗り越えてきたんだもんね」
「…はい」
「じゃあ何にも心配ないよ。巽くんのみんなが大好きって気持ちがあれば、大丈夫」
「はい。ありがとうございます」
「よーし、じゃあ流石にこのままだと苦しいからちゃんとお布団に入って寝よっか」
そう言ってもう一度トントンと彼の背を叩くと、ゆっくりと起こされる。おでこに一つ軽く触れるだけのキスを落とした彼を見るとさっきまでよりずっと良い表情になっていた。
布団に入り直した後もずっと抱き締められたままで少し暑いくらいだったけれど、今日はこの熱と離れないようにと祈りを捧げながら目を閉じた。