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    【大和誕2024/やまみつ】
    大和主演の三日月狼を見に行く三月の話。
    お兄さんはちゃんとすごいしかっこいい。

    スターライト  ○月×日『三日月狼』 スクリーン7番 二十一時三十分〜

    よかった、間に合った。
    三月はチケットに印字された座席を確認すると、腰を下ろして帽子を脱いだ。座席数は約二百。主要駅からは少し外れているため、キャパシティは都市部のシネコンに比べて控えめなものの、人目につきにくいことはかえって良かったかもしれない。近くのスタジオでの撮影終わりにギリギリで入場したため、すでに照明は落とされ近日公開作の予告映像が流れ始めている。
    最後列を選んでいるから、客席の様子はよく見渡せた。決してアクセスがいいとは言えない劇場にも関わらず、レイトショーにしては多い観客が上映開始を今か今かと待っている、独特の空気が劇場全体に漂っている。客層は様々だ。カップルもいれば、同じように仕事帰りに駆け込んだらしいスーツ姿の人、自分たちのファンのメイン層である若い女性客の他、年配の男性も多い。彼らはきっと、リメイク前の初演作を公開時に見てきた人々だろう。未だ根強い人気のある名作という、タイトルの大きさを改めて実感する。
    どうしたって比較はされるよーーそう零されたことを思い出して、緊張で膝を包む指に力が入る。自分が出演しているわけでもないのに。
    それでも三月は知っている。これが単なるリメイク作というわけではない、きっと長く続いていく役者人生の中で、ひとつの転機となる作品だろうことを。このオファーを受けられるようになるまでにあった出来事の数々を。

    画面に配給会社のロゴが映り、いよいよ本編の上映が始まる。
    がんばれ。
    今更思ったって、すでに公開されているものをどうしようもないことはわかっている。それでも思わずにはいられなかった。
    これから三月は、大和が作り上げた百二十分の一生懸命を見届けるのだから。



    ***



    「ミツ、ちょっといい?」
    撮影が巻いて早上がりになった三月が、夕飯の支度をしている時だった。一日出ていた大和は先ほど帰宅したばかりで、いつもならさっさと楽な部屋着に着替えてしまう服もまだそのままである。
    「いいよ。どした?」
    返事をしながら手早く野菜を鍋に放り込んでしまう。三月が作る具材たっぷりのミネストローネは、寮でも人気の一品だ。全て鍋に入れたら後は煮込むだけなので、手軽なところも良い。軽く手を洗って向き直ると、大和は「あー、えっと」と歯切れの悪い前置きを挟んでから、「ミツ、今夜はもう何も予定なかったよな」と改めて確認をされる。
    「おう、今日はもう上がりだったし。……何、なんか打ち合わせとか入った?」
    「や、全然、そういうんじゃなくて」
    じゃあなんだ、と突っ込みたくなるところをグッと堪えた。スケジュールなんて、マネージャーにでも問い合わせればすぐにわかるところ、わざわざ回りくどいことをする。そういう大和の性質は、この決して短くはない付き合いの中でわかってきたし、欲しがっている最適解についても心得ているつもりだ。
    「あのさ」
    「うん」
    「よかったら、俺の部屋で映画でも見ないかなって」
    「大和さんの部屋で? いいよ」
    根気よく待って返事をしてやれば、あからさまに顔がほっとしたのがわかった。はたから見ればたったそんなことで、と思うことだけれど、三月の推測が正しければ、多分本題はそこではない。
    「ついでだからちょっとつまみでも作って持ってくわ。ビールは冷蔵庫にあったよな」
    「ああ、うん。一昨日買ってきたから」
    「おっけ。そしたら、夕飯食って風呂入ってからな」
    軽くこの後の予定を立てながら、大和の様子をそっと伺う。安心したような笑みを浮かべて「着替えたら手伝うから」と部屋に戻って行くのを見送って、軽い足取りにいじらしさすら覚えた。いつもふらっと宅飲みをする時はもっとラフな誘い方をされるし、二人で時間を作って何か話したいのだろうな、というわかりやすいアピールに口元が緩みかける。グループきっての演技派で、その気になればいくらでも器用に隠せるだろう大和は、あの家出からの打ち明け話以降、随分素直になったように思う。
    といっても元来直球なのは苦手なタイプらしく、回りくどい言い方をするのは相変わらずだけれど、隠すよりも話す方を選んでくれるようになったことが、三月は純粋に嬉しい。
    「おし、つまみ作っちまうか」
    冷蔵庫を開けて手頃な食材を取り出す。厚揚げ、しょうが、小口ねぎ。まだ冷える日が続くから、焼き目をつけた厚揚げの餡かけにするのもいいかもしれない。ついつい大和の好物に寄せてしまうのは、三月なりの甘やかしだ。グループやメンバーへの愛情を隠さなくなった大和に応えてやりたいと思うし、何よりこの先しばらくこういう時間も持てなくなるだろうから、激励代わりの気持ちもこめて。
    大和が主演に抜擢された映画「三日月狼」のクランクインは、もうまもなくだと聞いている。映画の撮影は月単位で続くし、特に時代物は大掛かりなセットやロケも多い。グループでの仕事もこなしながらとなると、並大抵の忙しさではないだろう。
    よし、と一人小さく気合を入れ直した三月は、さっそく空いたコンロで餡作りに取り掛かった。



    約束通り、夕飯と風呂をそれぞれ済ませたタイミングで、ビールと温め直したつまみを携えて大和の部屋へと集合した。いつものようにカーペットの上に並んで座り、間につまみの乗ったトレーを置く。
    「それで、何見んの?」
    そういえば聞いていなかったと思って訊ねると、大和は少し気恥ずかしそうにして、おずおずとカバンからパッケージを取り出される。
    「これ、なんだけど」
    見せられたタイトルで、三月はやっと大和の態度に納得がいった。やや色褪せてはいるけれど、大切に保管されていたことがよくわかるーー千葉志津雄版の、初代「三日月狼」だ。
    「……今日、仕事の後実家寄って借りてきた。やっぱ、見ない訳にはいかないだろ」
    「で、流すならオレについててほしいって?」
    「はっきり言うなよ……」
    いよいよ本当に照れくさそうにするので、「ごめんごめん、さっそく見ようぜ」と促してやって、ようやくディスクがデッキにセットされる。実父とは打ち明け話の後から少しずつ歩み寄ってはいるようだけれど、反抗していた時期も長かったせいか、いまだに素直にはなりきれないところがあるらしい。それでも、父と同じ役のオファーを受けることを決めた大和は、今までで一番くらいに晴れやかな顔をしていた。前向きな変化に立ち会えていることを嬉しく思いながら、再生が始まった画面に向き直る。いつもはだらだらととりとめのないことを話す大和も、今は静かに集中している気配がする。
    馴染みの配給会社のロゴ、そして静かに紡ぎ始める三味線の音。三月は、クッションを抱えていた背筋を無意識に伸ばしていた。

    千葉志津雄が「三日月狼」で主役を演じたのは、三月が生まれるよりも前に遡る。名優・千葉志津雄の名前を世に知らしめた出世作であり、邦画の歴史に残る傑作時代劇だ。
    ディスク化にあたってかなり映像は綺麗になっているけれど、当時の今より荒っぽい質感はそのままだ。それがかえって、物語の雰囲気を引き立てている。戦乱の時代を経た太平の世、一線を退き平穏な暮らしを送っていた主人公だったが、陰謀に巻き込まれ再び戦いの中へと身を投じる。矜持と苦悩が描かれる重厚な物語が、息つく間もなく展開されていく。
    (すごいな……)
    見るのは初めてではないのに、画面の中から目が離せない。間の取り方、着物の裾の処理、佩いた刀の扱いまで、ひとつひとつの所作に引き込まれる。戦乱の時代を生き抜いてきた人の、説得力ある重みが伝わってくる。
    三月も、形は違えど映される側を経験するようになったから分かる。当たり前のようにそこにあるリアルを表現する難しさ。自分がイメージしたものが、必ずしもレンズを通して正確に映し出されるとは限らないこと。以前はただ漠然と凄いと感じていたものたちが、具体性を伴うことで今まで以上に圧倒される。
    千葉志津雄の演技には、少しでも気を抜けば飲み込まれそうな迫力があった。
    (あ、今、ちょっと大和さんに似てた)
    まだ若い頃の作品だからだろう、時代や役に合わせた装いでも、面影はどこか重なる瞬間がある。視線だけを横にずらせば、たった今似ていると思った顔立ちが、一心に画面を見つめていた。きっと何度も見てきただろう物語に没入しながらも、分析を忘れない役者の目。大和の中には、やはり芝居というものが息をするように根付いているのだとわかる。

    約二時間を見終えて、三月は鼻を啜りながらボックスティッシュを手繰り寄せた。
    「ミツ、ほら」
    「ごめ……ありがと」
    「お前さん、ほんと感動に弱いよな」
    「しょうがねぇだろ、名作は名作なんだから」
    三月がそう言うのに、「そうだな」と答える大和は口元が少しはにかんでいた。誇らしいような、そんな表情。
    「……千葉さん、やっぱすごい人だな」
    「……そうだな」
    俺も、そう思うよ。
    小さいけれど確かに返ってきた同意に振り向く。と、大和が思いの外真剣な顔で三月を見ていたから、思わず居住いを正す。
    「なあミツ」
    「うん」
    「俺さ、やっぱりこの役もらえて、嬉しい」
    「うん」
    「親父や八乙女と並ぶんだから、そりゃあプレッシャーがないわけじゃないけど、でも、」
    楽しみだって思う。
    真っ直ぐに吐き出された大和の本音に、三月は目を細めた。眩しくて、そういうものをこの人が抱けるようになった、そのことがとても嬉しくて。
    「ミツ、俺頑張るよ。お前さんにもらった一生懸命、精一杯使ってくる」
    「うん……うん、がんばれ、大和さん。応援してるから。誰より、いちばん、あんたのこと」
    ありがと、と小さく呟いた大和に抱きしめられる。プレッシャーがないわけじゃない、それは大和本人も周りの仲間たちもみんなわかっている。だからこそ、最高の形で報われてほしいと、願っている。
    ビールの炭酸はとっくに抜けていたし、つまみだって冷めてしまっていた。だけど三月を抱きしめるひとまわり大きな背中のことを、今はただ、やさしく受け止めていたかった。



    撮影が始まってからの大和は、グループのレギュラー収録以外ではろくに顔を合わせられないほど忙しい日々を送っていた。けれどハードスケジュールの中でも、充実した環境に身を置いているのだということは表情に表れていて、念願だろう仕事をこなす大和は、今まで以上に活き活きとして見えた。
    約三ヶ月に及ぶ撮影を経て、クランクアップを迎えたのは夏、単独ライブを終えてすぐの頃だった。関係者との打ち上げがひと段落したタイミングでナギと三月がささやかな慰労会を開いたのが、ついこの前のようだ。ドラマとは違い、映画の場合はクランクアップから本公開までさらに数ヶ月かかる。メディア向けの試写会や、宣伝も兼ねたバラエティへの出演。そして年末の大一番、ブラックオアホワイトを駆け抜けた年明けすぐ、全国各地の映画館には満を持して、大和の名前が大きく載った「三日月狼」のポスターが貼り出された。

    本当は公開初日に行きたかった。けれどどうしてもスケジュールの都合で叶わなかったから、せめて可能な範囲の一番早い日程を探した結果、たまたま雑誌の撮影が行われるスタジオ近くに上映館があることを知った。タクシーを使えば、レイトショーには滑り込めそうだーーそう思った時にはもうオンラインでチケットを押さえていた。念の為人目を避けての最後列、けれど少しでも見やすいだろう座席位置で。
    きっとマネージャーに頼めばもっとスムーズに、大きなスクリーンで、駆け込みのようなレイトじゃなく見ることだってできただろう。だけどこれはどうしても、三月が自分で見に行きたかった。どちらにしたってチケット一回分には変わらなくても、そうしたかった。これは、三月なりの大和への誠意だ。


    都心から外れた、独立のシアター。決して座席数は多くはないし、スクリーンだって大きいわけではない。
    最後列、中央ブロックの左から三番目。三月は、頬をとめどなく流れてくる涙で濡らしていた。
    脚本は初代の千葉志津雄版とほぼ変わらない。演出やセットが時代に合わせて洗練されているけれど、それでもストーリーは誰もが知るあの「三日月狼」だ。知っている、見たことのある物語を追いかけながら、気づいたら視界が滲んでいた。
    かつて戦ってきた人が、再び戦場に引き戻されていく苦悩。知っている顔、知っている声が、スクリーンを通して切実な感情を訴えかけてくる。
    大和が撮影に入る前、千葉志津雄版の映像を並んで見た。あの時だって演技に圧倒されて、ストーリーに入り込んで涙を流した。
    (やまとさん、)
    期待も、プレッシャーも、主演の背中に全てのしかかってくる。名作として人々の記憶に根強く残っているものを、もう一度演じる挑戦は並大抵の覚悟じゃあない。
    生まれに苦しんで、父親を憎んで、それでも役者としての凄さはきっと、幼い大和の憧れた背中で。乗り越えてそこに立つ姿は、千葉志津雄をなぞるような演技では決してない。二階堂大和にしかできない表現が、スクリーンの中にある。
    心が震えた。勝手に涙が出てきた。胸が痛くて、けれど一瞬も目を離せない。
    劇場のどこかで、同じように啜り泣くのが聞こえた。あの役に、撮影に、向き合ってきた大和の姿を知らない人たちも、きっと三月と同じ感情で泣いている。
    報われてほしかった。千葉志津雄の息子としてではない、二階堂大和の名前を認められてほしかった。
    スクリーンの中で鮮烈に輝いているものを、咲き誇っているものを、どうか見てくれ。見つけてくれ。世界中の、まだ知らない誰かたち。
    叫び出したい気持ちを堪えて、目元を拭い、スクリーンを見つめる。エンドロールが終わる、最後の最後まで。




    「おかえり……って、ミツ、大丈夫か」
    「ん……大丈夫」
    レイトショー終わり、日付を超えてから帰宅した三月を出迎えた大和は、真っ赤に腫れた目元に驚いた顔をしながらも、すぐに部屋に招き入れてくれた。もう遅い時間だから、他のメンバーは不在だったり眠りについている。大和だって今日は一日仕事だっただろうに、三月の帰りを待ってくれていたのだと思ったら、またじわりと涙が滲んでくる。
    「ああ、こら、擦るなって。今蒸しタオル作ってきてやるから」
    「いい、今はいいから」
    やまとさん、と三月が涙声で呟くと、一度部屋を出ようとしていた大和が戻ってきて、目元に浮いた雫をそっと拭われた。
    「そんなに泣いてくれたんだったら、お兄さん嬉しいわ」
    ミツの目が腫れるのはかわいそうだけどさ、と茶化すように言いながらも、三月の髪を撫でる手つきはやさしい。
    無言のまま抱きつくと、子どもをあやすみたいに背中をさすられる。三月が思うこと、言葉にならないことを、全部ひっくるめてわかっているよと言われているようで、両目から溢れた涙がスウェットに染み込むのも構わず、顔を埋めさせてくれた。
    「やまとさん」
    「うん」
    「あんた、すごいよ」
    すごかったよ。
    繰り返し呟く三月を抱きしめたまま、大和が「うん」と頷く。
    「ありがとな、ミツ」
    いつかに、三月にほどほどを分けてくれた手が、三月の渡した一生懸命を大事に拾ってくれた手が、三月に触れるたび、二人の体温を平らに均していく。帰り道、冬空の寒さの下、今夜は星が明るかった。スクリーンを通して見た一等星のようなかがやきが、鮮烈に三月の心に残っている。
    「落ち着いたらさ、聞かせてよ。ミツがどう思ったのか、どう感じたのか」
    「うん。話すよ。聞いて、大和さん」
    話したいことがたくさんあるんだ。全部余さず届けたい。真っ直ぐな、ひかりの形で。
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    amn128xxx

    DONE【大和誕2024/やまみつ】
    大和主演の三日月狼を見に行く三月の話。
    お兄さんはちゃんとすごいしかっこいい。
    スターライト  ○月×日『三日月狼』 スクリーン7番 二十一時三十分〜

    よかった、間に合った。
    三月はチケットに印字された座席を確認すると、腰を下ろして帽子を脱いだ。座席数は約二百。主要駅からは少し外れているため、キャパシティは都市部のシネコンに比べて控えめなものの、人目につきにくいことはかえって良かったかもしれない。近くのスタジオでの撮影終わりにギリギリで入場したため、すでに照明は落とされ近日公開作の予告映像が流れ始めている。
    最後列を選んでいるから、客席の様子はよく見渡せた。決してアクセスがいいとは言えない劇場にも関わらず、レイトショーにしては多い観客が上映開始を今か今かと待っている、独特の空気が劇場全体に漂っている。客層は様々だ。カップルもいれば、同じように仕事帰りに駆け込んだらしいスーツ姿の人、自分たちのファンのメイン層である若い女性客の他、年配の男性も多い。彼らはきっと、リメイク前の初演作を公開時に見てきた人々だろう。未だ根強い人気のある名作という、タイトルの大きさを改めて実感する。
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