打ち合わせの日 ある夕方のこと。
「なあ、せらお。ラーメン行かん?」
「ラーメンっていうか」
「二郎ね」
たまたま帰りが一緒になった雲雀からの食事のお誘いは、いつも決まってラーメンだ。俺が快諾すると雲雀はそうこなくちゃ、と八重歯を見せて笑った。行き先はもちろん、彼が大好きなあの店。あの店でしか食べられないあの味が俺も好きだし、時折むしょうに食べたくなることがある。それは、雲雀ほどの頻度ではないけれど。
「俺もう腹減りすぎてやばい。マジで。腹と背中がくっつきそう」
そう冗談を言って、雲雀は両の手で自分の腹をさすった。数回往復した手のひらが、今度はさすったばかりのところをぽんぽんと叩く。まるで太鼓だ。「お腹と背中が、くっつくぞ」なんて歌いながら、雲雀は俺の隣を歩いた。
横から見る雲雀は、歌のとおりに薄っぺらだった。出会った頃から、雲雀はずうっとかりんちょりんのままだ。こんな薄い身体のどこに内臓があって、その内臓のどこにあのアブラと野菜と麺をしまい込んでいるのだろう。人体の不思議。というか――
「雲雀って太んないよな」
不意に浮かんだ言葉をそのまま口にした。演奏にも飽きたらしい雲雀は「体質やね」と俺の言葉に返事をした。
「食べない訳やないけど。不思議と体重増えないんだよね」
「野球やってると『もっと食え』『もっと太れ』って言われなかった?」
言われたあ! と雲雀が悲鳴のような声を上げる。嫌な記憶を思い起こさせてしまったかもしれない。
「大変だね」
俺が雲雀の顔を見ようと視線を隣に向けると、雲雀もこちらを見ていた。金色の瞳が、夕日を反射して鈍く光った。
「都合がいいこともあるよ」
(お前は身体が小さいから都合がいいね)
雲雀の静かな言葉が、今度は俺の記憶を引き摺り出した。幼少期の俺は、同世代に比べたらずっと小柄だった。それを「都合がいいね」と言ったのは、俺と同じ仕事をしていた大人たちだ。
「ひばり、」
春の終わりらしい、少し湿った風が頬を撫でた。雲雀の紫の髪がさらさらと揺れている。なぜか慌てている俺は、返事を待たずに続けた。
「ラーメン食べたらさ、そのまま飲みに付き合ってよ」
「ああ、ごめんなあ。夜は用事あって」
「……そっか。おっけー」
わかりきっていた答えと共に、申し訳なさそうに眉を下げた雲雀は、黙って空を見上げた。足音、忘れてるよ。と言う代わりに、俺はざりざりと音を立ててアスファルトを踏み締めてやる。それからふたつ目の横断歩道の手前で、足音がふたり分になった。俺はもう、大変だね、とは言わなかった。