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    佐真

    さらに闇を待つこのアパートの一室をねぐらとして与えられてからもうすぐ一年ほどになるが、部屋のメンテナンスなどは一度もした事がなかった。老朽化が激しく至る所が隙間だらけで、冬は寒く、夏は暑い。押し入れの引き戸は立て付けが悪く開けるのに苦労するし、窓枠は風が少し吹くだけでもガタガタと音を立てる。床板も傷んできており、歩けばあちこちでぎいと苦しそうに鳴くという始末である。
     勿論、電球など変えた事もない。粗末な裸電球は、この所もう虫の息だった。息絶える直前の蝉の如き瞬きを繰り返しては、卓袱台を挟み対峙する、俺と目の前の男の肌を蜜柑色に照らしている。

      何を思ったか俺の今の管理者であるこの男は、真島ちゃんの家で一杯やろうよ、などと宣いこのねぐらに上がり込んだ。卓袱台にはコンビニで買ってきた缶ビールが数本と、つまみの貝ひもの袋が開けられている。それだけで卓の上はもう余白がない。ろくに会話もないままに換気の悪い部屋でゆっくりと飲み続け、しかも真夏という季節も相まってビールはすっかりぬるくなっていた。卓の上に視線を落とす佐川の首筋は、手元の缶と同じく汗で濡れ、電球が点滅するたびに爬虫類の皮膚のようにあやしく光る。それを見つめる俺自身も、全身にじっとりと汗をかいていた。

     暑い。ドレスシャツが肌にぴたりと張り付き、不快極まりない。窓くらい開けておけばよかった。ビールも残り少ないし、何より不味い。もっとも、この男と飲む酒が美味かった事など、一度足りとてないのだが。 窓を開けて空気を入れ替えるとか、押し入れの中の扇風機を引っ張り出すとか、冷えた飲み物を買いに行くとか、立ち上がる理由なんていくつもある。それなのに、床に胡座をかき座り込んだまま動けなくなっていた。
     気付けば佐川の視線はいつの間にか俺自身に向けられていた。いつも通りの薄ら笑いではなく落ち着き払った表情で、静かにこちらを見つめている。

     ちかちかと電球が点滅する。その度に何か良くないもので部屋が満たされて、空気が膨張してゆくのが分かる。俺はといえば蛇に睨まれた蛙のように動くことが出来ず、唇を小さく開き、ふっふっと細かく息をしながら肩を揺らすばかりである。
     乾いている。お互い、どうしようもなく、乾いている。もしも今この灯りが消えたら、部屋に差し込む光が外のネオンだけになってしまったら、ついにもう抗う事が出来なくなる。躾だとか、仕置きだとか、そんな名目に逃げる事も今日ばかりは許されない。

     電球は不規則に瞬きを繰り返している。佐川の右手は握り締めていた缶を離れ、水底を泳ぐ魚のようにゆっくりとこちらへ近付いてくる。節くれ立った指が、卓に置かれたままの俺の指をすべり、その股をなぞった。
     空気が膨張してゆく。うまく呼吸が出来ない。薄く唇が開いたままでいるのは、酸素を欲してか、はたまたそれ以外の何かを求めているのか。電球の点滅に合わせて、佐川の瞳がぬらぬらと光る。その輝きから何故か目を離す事が出来ない。指を絡ませたまま、終わりか、始まりか、何か分からぬけれど、おそろしいものを二人して静かに待っていた。
     ろうそくの炎のように揺れる光を頭上から受けながら、佐川の唇が僅かに動く。判決を言い渡される被告人のような気持ちで、言葉が届くのを待っている。

     ああ、暑い、どうしようもなく暑い。汗が粒になって浮き上がってはつるりと背中を伝う。耳の奥でぼうと低い耳鳴りが響いた。電球は絶えず点滅を続けている。
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    DOODLE佐真
    さらに闇を待つこのアパートの一室をねぐらとして与えられてからもうすぐ一年ほどになるが、部屋のメンテナンスなどは一度もした事がなかった。老朽化が激しく至る所が隙間だらけで、冬は寒く、夏は暑い。押し入れの引き戸は立て付けが悪く開けるのに苦労するし、窓枠は風が少し吹くだけでもガタガタと音を立てる。床板も傷んできており、歩けばあちこちでぎいと苦しそうに鳴くという始末である。
     勿論、電球など変えた事もない。粗末な裸電球は、この所もう虫の息だった。息絶える直前の蝉の如き瞬きを繰り返しては、卓袱台を挟み対峙する、俺と目の前の男の肌を蜜柑色に照らしている。

      何を思ったか俺の今の管理者であるこの男は、真島ちゃんの家で一杯やろうよ、などと宣いこのねぐらに上がり込んだ。卓袱台にはコンビニで買ってきた缶ビールが数本と、つまみの貝ひもの袋が開けられている。それだけで卓の上はもう余白がない。ろくに会話もないままに換気の悪い部屋でゆっくりと飲み続け、しかも真夏という季節も相まってビールはすっかりぬるくなっていた。卓の上に視線を落とす佐川の首筋は、手元の缶と同じく汗で濡れ、電球が点滅するたびに爬虫類の皮膚のようにあやしく光る。それを見つめる俺自身も、全身にじっとりと汗をかいていた。
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