誰かの手紙拝啓――
親愛なる■■、■■
お変わりなくお過ごしですか。
皇帝としての政務も慣れ、臣下に支えられ、立派とは言えないけれど、バレンヌ帝国皇帝として受け継いだ黄金の鎧に恥じぬよう日々励んでおります。
あれから早一年、おふたりに文を綴らないまま瞬く間に時が過ぎてしまいました。
多忙を理由に長く筆を取らなかったこと、親不孝者で申し訳なく思います。■■には薄情者だと笑われてしまうかな。
けれど私の心にはいつもおふたりの背中が見えます。きっと見守ってくだっているのだと瞼を閉じれば、胸の奥が熱くなりどんな時であっても力が湧くのです。
皇帝としてまだまだ■■には及ばず、■■のような強さもあるとは言えません。それでも私はおふたりの背中を知っているから強くなれる。思考を巡らせ剣を握り、旗を掲げられるのです。
心の底から尊敬しているおふたりと肩を並べるに相応しい皇帝に、いいえ。それ以上の皇帝として未来の為に歩みを進めていきます。
どうかお見守りください。
――なんて綴ってみたけれど、これを書いている今もひょっとしたらすぐそこにいらっしゃるのではないかと未だ思い馳せてしまいます。
ねえ■■、■さん。私はきっと其方へ行くのはずっと先の遥かなる戦いの末。遠い未来になってしまう。……そんな気がするんだ。
けれどね、いつか必ず会えると信じて道を作り切り開き、託せる人々へ繋いでいきます。
■さんのことだから“弟に剣を教えてやれなかった”と憂いているかもしれません。自意識過剰かな。
もっと剣を教えて貰えば良かったと甘えた考えがありながらも今は貴方の親友に教わり、少しずつ成長を実感しています。奢ること無く精進し続けることを約束します。
だから安心して、未来で待っていてください。
これが貴方達に届くことを願って。
敬具
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「独り消え落ちる言の葉」
私は前を向けているだろうか。
今でも思い出す。
脳裏にこびり付いたように離れない、目の前を真っ赤にさせる怒りが。
ふとした拍子に思い出し、なんでもないよう振る舞えるのに手は震えて指先がチリチリする。
悪夢のように這い出て、心をあの時に引き戻されてしまう。
私の死はもう、怖くないんだ。
けれど誰かの死が間近に迫る度、守れなかったあの光景が視えて皇帝としての責務を差し置き私が私として身体を飛び出させてくるんだ。
人には誰しも終わりが訪れる。
それが何であっても受け入れ乗り越えなければ、前を向いていると自信を持って声を上げられない。
一体どちらが正しいのだろう、――なんて胸の内に呟いても返ってくるのは静寂だけで、解など無いのはわかっている。
私が私で在ってこそアバロンの皇帝で在れるのに、“苦しい”とひとことでも零してしまえばそれは皇帝ではなく、ただの私に成り下がってしまう。
歩みを止める事は無いが、摘み取る命も残酷に散って往く命も振り返ってしまうのは私の甘さだと理解しているつもりだ。
いずれ誰かを置いていくのに誰かに置いていかれるのが怖いだなんて、身勝手この上ないな。
すまない、こんな話をしたところで意味なんてないんだ。
ただ想いを吐露するだけで弱気になってしまったな。
誰に宛てたものでもないが、もしこれを読んでいるのなら
君は弱い私の事を覚えていてくれるかい。
『帝国暦10xx年、先帝の古びた手記より』