一人称「また俺って言った」
電話を切ると幼い弟子…恵がそう言った。
恵の家にお邪魔中、僕は電話がかかってきて対応していたのだ。
「…うっさいなー、今矯正中なのー」
「別に責めてる訳じゃない、素がそっちなんだと思って」
子どもらしく、単純に疑問に思ったことを口にしただけなのだろう。それでも今の俺…僕は結構気にしてる。
「無理して矯正する必要なんてあるのか?アンタ、"僕"とか似合わないだろ」
「……うん、あるよ」
そう返すと、恵は驚いた顔をしていた。僕の顔、変だったかな。
「『私』最低でも『僕』にしな」
離別してしまった親友を思い出す。今どこで何してんだろアイツ。
考えると頭が痛くなる、ったく…居ても居なくても縛りついてきやがる…。
「五条……さん、頭下げて」
「は?何?」
「良いから」
静かに圧をかけられて思わず従う。ガキのへなちょこな圧なんてどうってことねーのに、この時は何故か素直に従ってしまった。
恵が近づいて来たと思ったら、次に温もりが来た。
「……」
「…………へ?」
僕は恵に抱きしめられていた。僕の額が恵の胸に当たっているし、恵の手は僕の頭を優しく撫でていた。
「め、恵…、くん???どしたの急に……」
「……俺が上手く泣けない時、津美紀がこうしてくれる」
急に訳の分からない話。
「五条さん、泣きたいって顔してる。けど泣くの下手なんだろ、プライド高そうだもんな」
「…な、なーに言ってんのさ、あと失礼だかんね!!!」
「……俺の前では泣いて良い…………、ですよ、五条さん」
「……っ」
優しく撫でる小さな手の体温に、何故か涙腺が緩んだ。こんな小さな子どもに絆されかけてることに羞恥心が湧いてきた。
でも彼のことを無下にも出来ず僕は抱きしめられたままだった。
「五条さん、いつか上手に泣けると良いですね」
初めて見た、恵の笑顔。
生意気なガキってだけだと思ってたけど、意外と優しいところもあんだな、とぼんやり思った。
ぼんやりとしてたら鼻が詰まった。ズビビと情けない音が鳴る。
「……恵」
「なんです?」
「もう少し、このままで良い?」
「五条さんが満足するまで、許します」
恵の小さな体を抱きしめ、少しだけ涙を流した。恵は僕の頭を撫で続けてくれていた。
何かが根本的に解決した訳では無い、現実的な問題はまだまだ山積みだ。だけど、今この時だけは全てから解放された気分だった。
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「ただいまー!」
「おかえり」
「…あれ?五条さんどうしたの?」
「寝ちゃった、疲れてるっぽいからほっといてる」
「ふふ、恵の膝の上で気持ちよさそうにしてるっ!珍しいね、いつもなら恵、すぐイヤイヤするのに」
「…今日は特別」
ツンツンしつつもずっと悟の頭を撫でている恵の目が、とても優しくて、津美紀の心は暖かくなった。
「…ふふっ!じゃあ私、ご飯作るね!」
「ん、…えっと……」
「五条さんの分も作るよっ!前にたくさん食材買ってもらったから余裕だよっ」
「あ、……りがと」
照れくさそうに言う弟が可愛いと思う姉だった。