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    r103123

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    含老。藍忘機の片想い。社会人の含光君とチャイナドレスを着て町中華で接客するらおず。

    中華夷陵のポイントカード「うちはただの中華料理店ですので」
     それでも食い下がる男に大きな溜息をつく。チャイナドレスを着ていても俺は男で潰れかけの中華料理店のただのバイトだ。そういった店は駅の反対口にあると勧めてみても男は聞く耳持たず。
     手元に残った餃子無料券を見て「配り終えるまで戻って来ないで!」と言った温情の恐ろしい形相を思い出す。面倒だが、この男を追い払って無料券配りを続けなければならない。
    「はぁ……」
     もし今が法整備の整っていない時代だったなら、腕力に任せてものの数秒で無料券配りに戻れるというのに。世知辛い世の中を思い、溜息をつきながらガシガシと首の後ろを搔く。
    「魏嬰」
     よく通る聴き心地の良い声。男の背後に見えたのは身体の線に沿ったスーツを着こなす美丈夫だった。無表情のまま大股でこちらに向かって来ている。
    「藍湛! もう仕事終わりか?」
    「うん」
     この男は藍忘機といい、うちの店の常連客だ。誰もが振り返る現実離れした容姿に、服の上からも分かる体格の良さ。性格は生真面目で実家はかの有名な藍財閥だ。俺に執拗に話し掛けてきた男はあんぐりと口を開けて、天女のような高身長の男を見上げている。
     藍忘機は俺の隣に並ぶと男を一瞥した。
    「こちらの方は?」
    「あぁ。ビラを渡しただけ。……だよな?」
     藍忘機と並んで見下ろしたお陰で、男は自分が言い寄っていた相手が壁のような長身であることに漸く気付いたらしい。顔色を悪くしながら後退りし、苦笑いを浮かべるとそのまま走り去っていった。
    「あー……」
     折角渡してやった餃子無料券が逃げ出した男からヒラヒラと落ちていく。俺の我慢は水の泡だ。が、そんなことはもうどうでもいい。
    「また助けられたな!」
     運良く会えた美人ちゃんの手を取って上下にブンブン振り回す。心做しか恥ずかしそうにする藍忘機は大変可愛らしい。遠目にこちらを伺う通行人にも見せびらかしたいくらいだ。

     先月も同じような状況に陥り、チャイナドレスだからと執拗に話しかけてくる男を殴り飛ばそうとした所で偶然通りかかった藍忘機に助けられた。それが縁でうちの店の常連客となり、俺達は随分と親しくなった。親しくなった、とは言っても店員と客の枠の中なのだが。
    「なぁ、夕飯まだだろ? お礼に奢らせてよ」
    「うん」
     素直に頷いた藍忘機に思わず俺も笑顔になる。意外と逞しい腕を引いて、気分良く店に向かう。客単価の高い藍忘機が一緒であればあの温情も優しくなるため、餃子無料券がまだ余っていても許されるだろう。

     オフィス街の高層ビルの間にポツンと建つ昔ながらの中華料理店。『中華夷陵』と書かれた看板が誰もいない歩道を柔らかく照らしている。
    「一名様ご案内~」
     ガラガラと大きな音が鳴る引き戸を開け、カウンターの中で帳簿を睨む温情に声をかけた。顔を上げた温情の眉間の皺が和らぎ、真っ赤になった帳簿が棚の中に片付けられる。
    「いらっしゃい。貴方また魏無羨に捕まったの?」
    「人聞きの悪いこと言うなよな。藍湛がまた俺を助けてくれたんだ。だから今日は俺の奢り! 藍湛、いつもの水餃子定食でいいか?」
    「うん」
     温情に見張られながら手指の消毒をし、テーブル席に荷物を下ろす藍忘機に温かいお茶を出す。それからカウンターに入り、搾菜と豆もやしのナムルをそれぞれ小皿に盛り付ける。
    「藍湛、俺も一緒に座っていい?」
    「うん」
    「やった!」
     業務用冷蔵庫から出した青島ビールの瓶とグラスを持つ。温情は一瞥しただけで何も言わなかったが、しっかりと帳簿に在庫の動きを書き込んでいた。頼れる店長なので仕方ない。
     諸々を載せたお盆を運び、藍忘機の前の席に腰掛ける。深くスリットが入った裾の扱いももう慣れたものだ。俺が足を組むのを見守る藍忘機にニッと笑ってみせる。
    「お疲れ様、藍湛」
    「……魏嬰も」
     互いを労ってからグラスに口をつけ、温寧が今朝仕込んだ前菜を箸で摘む。うん。今日も美味い。
     この店は温姉弟の一族が代々営んできた店で、つい数ヶ月前にオーナーが意地の悪い親戚の男から女好きの金持ちに代わった。その女癖の悪いオーナーが温情を見て「ホール担当にチャイナドレスを着せるなら家賃を今まで通りの金額にする」と言い出したため、俺と温寧が仕方なくチャイナドレスを着て働いているのだ。
     オーナーは下心満載のくせに口では視察だと言ってわざわざこの店を訪れた。そして息子の結婚相手の家族との食事会で散々揉めた相手である俺を見つけると怒りで顔を真っ赤にし、そんな俺がチャイナドレスを身につけているのに気付くと「おのれ魏無羨……!」と叫んで後ろにひっくり返った。つい一昨日の話である。あの男が俺の義理の姉ちゃんの未来の義父だなんて信じたくない。
     そんなたわいもない話を一方的に話し、相槌を打つ藍忘機を眺める。物腰は穏やかで容姿は文句の付けようがない。職場ではさぞかしモテているのだろう……。温情に呼ばれ、カウンターから料理を運ぶ。
    「水餃子定食です。熱いのでお気を付けて」
    「ありがとう」
     湯気を立てる水餃子はこの店の名物の一つだ。今は腰を痛めて療養している温情達のおばあさんが守ってきたレシピがそのまま受け継がれている。
     藍忘機はカウンターの中の温情に小さく会釈し、箸を手に取った。この男のひと口は小さくて上品だ。食事中は会話禁止という実家の決まりを守っているらしいが、しっかりと飲み込んだ後でちゃんと返事をしてくれる。

     見知らぬチャイナドレスの男を助けたり、流行らない中華料理店に通ってくれたり、食事中に話しかけても嫌がらずに返事をしてくれたり。いい奴だよなぁと改めて思う。
     恋人……いや、親の決めた良い家柄の婚約者がいるのが自然だろう。
     最近藍忘機と話しているとそんなことばかりを考えてしまい、その度に胸の辺りがチクリと痛くなる。
    「ご馳走様」
    「あ、うん」
     食事を終えて荷物をまとめ始めた藍忘機に慌てて席を立つ。財布を取り出そうとするのを「今日は俺の奢りって言っただろ」と押しとどめた。
    「ではこちらは……」
    「それ? あははははははは。それは押してやるよ」
     藍忘機が取り出したのは手作りのカードだった。開くと俺の適当な字で『中華夷陵ポイントカード・藍湛限定!』と書いてある。何回目かの来店時にふざけて作った紙を藍忘機は今も持ち歩いてくれていて、会計時に必ず俺に渡していた。
     レジスターの引き出しの端に入れてある判子を取り軽く紙に押し付ける。芍薬のスタンプは九つ並び、空いている枠はあと一つ。端には『全部貯めたらほっぺにちゅう♡』とある。勿論俺の字だ。
    「はいよ」
     両手で受け取ったスタンプカードをじっと見つめてから丁寧にカードケースにしまい、藍忘機は俺を真っ直ぐに見つめる。
    「明日また来る」
    「おう! 待ってる」
     店の外まで一緒に出て、何度も振り返る藍忘機に手を振ってやる。角を曲がり、あの姿勢の良い背中が見えなくなると緩々と脱力して最後は地面にしゃがみ込んだ。
    「明日、明日かぁ……」
     なんとなく、頬が熱くなる。『ほっぺにちゅう♡』を藍忘機が本気にしているのか、冗談だと思っているのか、今日も結局聞けなかった。
     婚約者がいても、ほっぺにキスは許されるのだろうか……。

     チャイナドレスで店の前にしゃがみ込む成人男性は大いに目立っている。そんなことにも気付かずに、魏無羨は明日触れるかもしれない藍忘機の真っ白な頬のことばかりを考えていた。

    終わり
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