薔薇の時計は動き出す「大丈夫、村の人達にお前が悪いヤツじゃないって説明してくるから」
彼は微笑みながら話す。
「俺が戻ってくるまで、お前はここで寝て待っててくれ」
「......分かった」
僕はベットに横たわり目を閉じる。
「おやすみ」
目が覚めるといつもと変わらない、見慣れた古城の自室が視界に広がる。
しかし─────そこに居るはずの人間の友の姿はなかった。
「......万?」
古城の中を巡りその姿を探すが友はどこにもいなかった。
古城の周りも見て回ろうと玄関の扉をあける。その先はたくさんの花々が咲く綺麗な庭がある。彼もその庭が気に入っていると言っていたからきっとそこにいるはずだ。だが────────
「そんな......まさか......」
植物の蔓が伸びきり荒れ果てた庭が、何年もの時が過ぎてしまった事実を無常にも知らせるのであった。
あれからどのくらい時が経ったのだろう。
いや、もう時間など分からない。自分の中の時計はあの時から止まったままだから。もうどうでもよかった。
フラフラと朦朧とした意識の中そんな事を考える。長い間『食事』をしていないこの体は限界を迎えていた。
体を支える力も潰えて広間に倒れ込む。このまま自分も終わりを迎えるのであろう。意識を飲み込もうとする闇に抗うこともなく、そのまま身を任せ沈もうとしていた、その時。
「あのっ!大丈夫ですか......?」
人間の声が聞こえた。
長らく嗅ぐことのなかった甘美な香りの前に己の生存本能は抗えず、思わず噛み付いてしまう。人間を傷つけるつもりなどなかった─────ただ誰かと一緒にいたかった。それだけだったのに。自分で全てを壊してしまった。
「ちょっとびっくりしちゃったけど......オレは大丈夫です。」
噛み付いてしまった人間─────村の青年はとても優しい子だった。
勝手に血を吸ったことを彼は怒るどころか許してくれたうえ、困っているなら助けたいと、定期的に血を与えると言い出したのだ。
人間にとって血は大事なものだし、吸血には痛みも伴う。この青年に迷惑をかけることは本望ではなかったが、村のためにもなるからと押し切られしぶしぶ承諾してしまった。
乱してしまった衣服を整え、青年は帰路へつく。城を出て森の入り口まで見送った。
「気をつけて」と声をかけると、振り返りながら返事をした。
「うん、またね!吸血鬼さん!」
青年が心からの笑顔をみせた。
その瞬間─────自分の中の時計が再び音を立てて動いた気がした。