胸のざわつきがやまなかった。
あれほどの蝗に襲われていながらも、彼女の集落は傷の一つもなく、人々の活気に満ち溢れていた。獲物であったはず稲穂もたわわに実って頭を垂れており、収穫の時を今か今かと待ちわびている。行き交う者も、作物も、道端に咲く花や雑草までも男の記憶と寸分変わりはない。ただ一つ、民の家の数を除いて。
片目に見たあの家々は建てたばかりのものだろう。通りすがった際に嗅ぎ取った木材の香りは若かった。平生の彼なら気にも留めない程度のことだ。しかし今、その香りが集落のあちらこちらから漂ってきているのだ。
彼女の権能は塵だ。物量ではまず押し負ける。あれは奇襲だった。お得意の策も立てられずのはずだ。おかしい。無事であるはずがない。
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