触れる体温「遠野くん」
呼ぶと振り向くその顔が美しいと思う。さらりと揺れる艶やかな髪に、長いまつ毛。私を認めた虹彩に、微かに火が灯る。そのきらめきに気がついたのは、いつからだっただろう。
「ん」
言葉にするわけでもなく、吸い寄せられるかのように唇が重なる。初めて触れた日は、僅かにかさついていた。私がリップクリームを塗るようにと口酸っぱく言っていたお陰で、今ではそこはしっとりと潤っている。柔らかい感触は、何度触れても甘く、気持ちが良い。どうやっても相容れない相手だったはずなのに、粘膜が触れた瞬間に実は相性が良いのかもしれない、と思ってしまったのだ。そんなところで悟ってしまうこともまた衝撃だった、青い春。それももう、昔の話。
「……っ、ふ、」
「きみじま、」
少し舌足らずに名前を呼ぶ声が愛おしい。大きな手が、私の髪を撫で、頬に触れる。どうしたって一つにはなれない身体の隙間を埋めるように背中を引き寄せると、吐息で笑う気配がした。
End.