誘い文句「遠野くん」
「んー?」
ごそごそとシャツの中に侵入してくる不埒な手を捕らえ、君島はため息をついた。
「何ですか、この手は」
「さあ、何だろうな」
彼がこんな風にスキンシップを取ろうとしてくるときは、ただ甘えたいだけではない。決して頻度は高くないが、欲が薄い男がたまに見せるこういう態度は、君島をいつだって翻弄する。
「……まったく」
「!」
手首を掴み、ソファに縫い留めるように押しつけた。君島より体格の良い遠野が抵抗しようと思えば造作もないのにしないのは、つまりはそういうことだ。見上げてくる紫の瞳は、愉しげに揺らめいた。
「誘うなら、もっと上手に誘ったらいかがです」
「えー」
まだ自由の利く長い脚を、腰に絡めてくる。本当にたちが悪い。行儀の悪いそれをどうしてやろうかと君島が思案していると、遠野は踵で尾骶骨の辺りを掠めるように触れた。
「ッ!」
「っは、そこ弱ぇもんな」
「ぁ、やめ、なさい、」
ぞわぞわと背筋に熱が走る。いたずらな足を止めるにも、両手で手首を拘束してしまっているものだからどうにもならない。
「やろうぜ、君島ぁ」
「……このタイミングで言いますか、普通」
「お前が誘えって言ったんだろ」
色気も何もない言い回しでも、灯った火はゆらりゆらりと腹の奥底を煽る。君島はもう一つため息を零し、三日月のような弧を描く紅い唇を塞いだ。
End.