光 搭乗口が端にあるせいか、出発ロビーには人もまばらだった。君島と遠野はベンチに並んで腰掛ける。もうじき日本行きの飛行機の搭乗案内が始まれば、二人はここで別れるのだ。
「結局、お前のナンバー抜かせなかったな」
「抜かせませんよ」
ぽつりと呟いた言葉を逃さずに君島が返すと、遠野はふと笑った。白い横顔に、彼はこんな風に大人びた笑みを浮かべる男だっただろうかと思う。この数ヶ月で、自分は確かに変わった。いっぽう、遠野という人間はずっと変わらないような気がしていたが、そうではなかったのかもしれない。君島はこの地を離れるのが、今になって少しだけ後ろ髪を引かれるような思いがした。
「これからどうすんだ」
「同じですよ。芸能活動は続けますし……ああ、もう日本代表選手ではなくなりますから、セーブしていた仕事はもっと忙しくなりますね」
「……お前は、ずっとそうやってきたんだよな。学校行って仕事して、それでもずっとテニスを続けてきた」
静謐な水面に落ちたひと雫のようだった。君島が顔を上げると、遠野はしっかりとこちらを見据えて、目を細めた。
「ほんと、おもしれー男だよ。君島は」
搭乗開始のアナウンスが流れた。遠野は立ち上がり、ひらひらと後ろ手を振って去っていく。相変わらず肩で風を切って歩いていくのだな、と君島は妙な感慨を覚えた。最後なんてあっけないものだ。
靡く彼の黒髪を、西陽がきらりと照らす。眩しい、と思った。
End.