眠れぬ夜 雨は嫌いだ。湿気のせいでヘアスタイルも決まらないし、気圧で頭が痛くなる。それでも私は完璧なアイドルを演じなければならない。梅雨など吹き飛ばすような爽やかな笑顔を浮かべ、ファンのみんなの期待に応える。別に苦痛なわけではない、必要とされることは無上の喜びでもある。けれど、疲れ切ってるはずなのに眠れない雨の夜だけは、じわじわと身体を蝕んでいくのだ。
「……眠れねえのか」
とっくに寝ていたはずの声が、耳元で聞こえる。
「起きてたんですか」
「いや、今目が覚めた」
その言葉に嘘はないのだろう。まだ夢と現を彷徨っているような語尾は甘く、少し舌足らずの音が心地よい。
「明日、朝からなんだろ」
「ええ」
「……」
ごそごそとシーツが擦れる音がしたかと思うと、後ろから覆い被さるように彼の両腕が回される。
「早く寝ろよ」
そう小さく呟いて、僅か数秒で寝息が聞こえはじめた。この寝つきの良さは羨ましいが、これでは全く身動きが取れない。
「遠野くん」
「……」
「……もう」
すう、すう、と安らかな呼吸と、背中に伝わる規則正しい鼓動。お腹に乗った手に手のひらを重ねると、引き抜かれて更に上に重ねられる手。ぎゅっと握りしめられ、本当は起きているんじゃないかと疑ってしまう。それでも、余計な言葉でこの空間を壊してしまうのは惜しい気がした。
とくん、とくん。穏やかな心音。しとしと、窓ガラスを隔てて響く雨音。いつの間にか、私は彼の息遣いを感じながら眠りの世界に落ちていった。
End.