雲の先には 毎年夏になると、家族で車に揺られて山道を進み、現世とあの世を繋ぐ場所と呼ばれるこの霊場を訪れていたのだという。もっとも、テニスに打ち込むようになってからは離れていたため、この地へ足を踏み入れるのは相当に久しぶりだと彼は呟いた。
「……凄い、ところですね」
「静かでいいだろ」
火山岩に立てられた風車がからからと鳴る音は、鎮魂歌のようにも聞こえる。辺り一面に漂う硫黄の匂い。火山性ガスが至る所から噴き出し薄く煙る様は、確かに地獄を思わせた。
「現世で犯した罪の罰を受ける百三十六の地獄が、ここだ」
「百三十六の、地獄……」
己の犯した罪も、きっとここで罰を受けるのだろう。反して罪人を裁く処刑人の横顔は静穏で、涅槃すら思わせた。
ごつごつとした岩道を歩いていけば、徐々に地面が泥になり、そして砂へと変わっていく。辿り着いた先は、萌葱と勿忘草が混じったような不思議な色の湖面が広がっていた。極楽浜と名付けられたそこは、先ほどの岩場とは対照的な雰囲気だ。
「この湖といい、山にかかる雲といい……神秘的で静謐な気持ちにさせられます」
「ここには沢山の魂が集まってるからな」
——人は死ねば、お山さいぐ
「ばあさんが昔から言ってた言葉だ」
彼の口から紡がれるゆったりとした抑揚が新鮮で、ここだけ時間が止まっているような錯覚に陥る。雲の隙間から覗く空は、いつか写真集で見た景色より、ずっと青い。
「死んだら、俺もお前もあの雲になる。生きている間はまったく違う人間でも、あそこに行けば同じだ」
山に集った魂が、雲に揺蕩う。決して目には見えないのに、わかるような気がした。触れた指先はひんやりとしている。人々の想いが積み重なった石をまた一つ積み上げるように、彼の手に自分の手のひらを重ねた。
End.