曇り硝子越しに春の光が淡く揺らめき、キッチンに静かな温もりを運んでいた。
三井は土埃にまみれた学ランを着たまま、長方形のフライパンに向かって立っている。額から流れる血が鼻筋をつたい、熱せられた鉄板に赤い雫が滴り落ちた。鋭い音を立てて、油の波紋の中で黒く焦げつく。
三井は何事もなかったかのように卵液を一気に流し込んだ。黄金色の液体が熱に反応し、じゅうっと弾けながらすぐに固まりはじめた。甘く懐かしい香りが漂う。
菜箸を握る手がわずかに震えている。拳の裂傷が引き起こす痛みのせいだ。それでも三井は眉ひとつ動かさず、フライパンを傾けて焼けた卵を一巻きごとに重ねていく。かすかな焦げ目をつけながら箸先で形を整えた。
再び血の雫が落ちる。泡立つ卵の表面に滲んだ血が、最後の一巻きに絡み合う。そのままフライパンの端へと寄せ、形を整えて平皿へ移した。その時、耳馴染んだオルゴールの音が不意に響いてくる。仕掛け時計が正午を告げはじめた。物心ついた頃から聞き続けたその音も、今は不快な雑音でしかなかった。
三井は舌打ちをして、菜箸をシンクの底へ適当に投げ捨てた。皿の上の卵焼きに目をやれば、やけにつやつやとして見える。思わず深く短いため息を吐いていた。
「……何やってんだか」
長い髪をかき上げながら、頭を抱える。顎先を滑っていく血の感触が気持ち悪い。卵焼きの甘い香りも、オルゴールの澄んだ音も遠のいていく。鉄の錆のような重い気配が息苦しいほど充満しているようで、心の隙間を、虚しさが埋めつくした。