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    さぴえんす

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    さぴえんす

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    ちまちま追記予定の夢オチif

    何も起こらなかったifのネタメモ前半 🕕、🕖、🕓
    ※最終的に夢オチ




    ———————————————




     女はぶるぶると震えていた。
     かつて桃色に華やいでいた頬はすっかりこけて、柔らかだった艶やかな長髪は枝毛がひょこりと顔を覗かせている。
     女が自分の顔を覗き込むように屈むと、細かに凹凸ができている肌にぽつぽつと粉が残っているのが見えた。黒くだまのできた両まつげの間、桃色の瞳の中に薄く映った自分の姿。それだけが女を構成する部品の中で唯一美しい、と頭の片隅で思ってはかき消す。自分の姿はこの女の生き写しなのだ——境界であり、鏡面なのだ。この女が美しくないということは、自分も美しくないということ。それだけは否定しなければならない。
    正気でいるために。狂ったままでいるために。

    「りっかちゃん」

     血の気が引いて紫がかった唇を開いた女は、それでもゆっくりと目を細めた。
     女の唯一美しかった部品が隠れてしまうのが惜しくて、体の横に降りていた両手を持ち上げる。女は嬉しそうにその手を掴んで自らの胸元に押し付けた。

    「六華ちゃんは。お母さんのこと、好き?」

     両手を拘束されたのだと気づくのに数秒かかった。それは随分と甘くて優しい禁固であり、そして重くてじめついた執着。繋がれた両手が粉のふいた顔に近づけられる瞬間に全身がこわばる。

    「お、かあ、さん」
    「なあに?六華ちゃん」

    あ。
     自分が母を呼ぶと同時、女の目が潤んで瞬きを落としまつ毛がきらめく。美しかった。ようやく、目の前の鏡像を美しいと思った。
     西陽の射す部屋、絨毯の上で膝枕をしてもらった時の。
    怖い夢を見たのだと泣きついた時、布団の中でその腕に抱いてもらった時の。
     朝の冷たいキッチンで、起きてきた自分の方を振り向いて挨拶を交わしてくれた時の。
    笑顔のようだと、やっと思った。
    母は笑い、私に告げる。

    「六華ちゃんは———-お母さんと一緒に、来てくれるわよね?」

     母。私によく似た、私を産み落とした女。
    私の虚像、私の鏡像。どちらが実像だったろうか、とはもう分からなくなってしまったけれど。
     その顔をもう一度、今度は柔らかな思い出と共に見返そうとした瞬間。踏み出した足が何かに当たった。
    視線を動かそうとして、その前に思い当たる。これは七星の足だ。
     七星と自分は、並んで両親の話を聞いていて。距離も近いものだから足も当たる距離にいて。自分を見れば、隣の七星のことだって見えるはずだ。
     だけど。
     女の目には、すこしも七星が映っていなかったことに、ようやく気づいた。

    「———六華ちゃん?」

    だから、というわけではない。
    彼は別に女に見られていようが見られていなかろうがすこしも気にしないだろう。女でなくても、誰に対しても。そういう人間ではないのだ、自分の兄は。
    だけど。
    だけど、こけた女の姿が美しい母の姿になるのと同時に。先ほどまではずっと美しいと思っていた桃色が自分の中で急速にあせていくのを感じた。たぶん、それだけで十分だった。

    「わたしは」

    「—————私は、」




    ————————-


    「…悪夢」
    リンドンと交互に鳴る鈴の高低音で六華は目を醒ます。
    そのアラームは数日前まで使っていた目覚まし時計が前触れなく停止した——秒針が何度も震えて使い物にならなくなっていた——のを確認して、課題終わりの深夜に慌てて携帯でセットしたものだった。
     重い頭を無理やり起こすと視界に桃色のカーテンがかかる。毎日きちんと整えて寝ているにも関わらず朝になると一斉に跳ね出すこの髪が、どうにも厄介で煩わしいと思いながらもいまだ切れていないのはなぜだろうか。

     血の回らない頭で乱暴にアラームを止め、いっそ電源ごと切ってやろうかとまで荒れ出した思考が階段を駆け上がる足音で停止した。
     最近に限らず六華の母は普段急いで何かをするということはない。体力がある方でもなく、加えて何かにドタバタ焦るのはみっともなくて恥ずかしいという感情が勝つ女らしかった。
     そんな母が階段を駆け上がるなど、変わったこともあるものだ。またぞろ皿でも割ったか、もしくはヒステリーでも起こしたか。ふたつにひとつ、どちらにせよろくなことではない。眉を顰めながら手櫛で髪を整え、ベッドサイドの鏡に向かって「いつものかわいい六華ちゃん」の笑顔を送る。
     朝から体力がごっそり削られる大技だが、背に腹は代えられない。悲鳴と涙に背中を見送られる方がよほど面倒で正直きつい。朝が早い日にばかり狙ったように『そう』なるのは勘弁してほしかった。
     この部屋のある2階まではあと3段。2——?うん?とそこで走る違和感に六華の頭で疑問符が舞う。
     駆け上がる足音はやかましく、最下段に足をかける音すら耳に十分に届く音量だった。まるで、母よりもずっと重い誰かが思い切り走り抜けるような。
    そしてその割に回数も少ない、気がする。階段ごと違うような。間取りの違う家にうっかり来てしまったような。
    そういえば。
    ベッドサイドの鏡は、こんなデザインだったろうか———

    「六華、おっはよ〜!オレ朝ごはん作っといたよ、いっしょに食べよ〜〜!!」

    と。
     1人の男がネームプレートのかかったドアのノブを捻ると同時に、勢いよく六華の部屋に飛び込んできた。
     頭をつんざく、母よりオクターブは低いその声。それは耳に新しくも聞き覚えのあるイントネーションで、昔と微塵も変わらぬ跳ねるような音色のまま部屋中をぽんぽんと跳ね回って六華の脳ごと家具を揺らす。
     優しい暴力のような、荒れ狂う陽だまりのような。重量がありながらも軽々しい子供のような声だった。

    「は……は?あんた、は?」

     目を擦っても、頭を振っても、何度見直したところで、そこにいる男の姿は揺らがない。
     いつも能天気で、何も考えてないような陽気な声で、その割に的確に神経を逆撫でする不肖の兄。とも認めたくない、憎たらしい男。
     天馬七星が、星柄のエプロンをつけて立っていた。

    「ほらほら起きて!今日早いんでしょ、遅刻しちゃうよ」

     その『七星』はまるで10年の空白なんて知りませんよー、と言わんばかりに元気よく六華に纏わり付いた布団を回収し、締め切ったカーテンを勢いのままこじ開ける。カーテンレールが悲鳴を上げて、端に追いやられたレースの薄地が跳ね返ってせっかく陽光の差した窓を半分ほど塞ぎなおした。
     七星はそれに目もくれず部屋の籠にまとめられた洗濯物を肩に背負い、ドタバタと記憶より2段少ない階段を降りていく。開けられたままのドアのネームプレートが彼の走り去る風に揺られて絵の具の塗り切られていない裏地を見せたまま停止した。
     それを呆然と見送りながら、口をはくはくと酸素の足りない金魚のように開閉して——六華は、思いっきり頬をつねった。

    「……悪夢に次ぐ悪夢だわ」



    頬はちっとも痛くなかった。


    ————————————————————



     カチャカチャ、ガチャガチャと耳障りな音を立てながらシンクの皿が洗われていく。そのどれもに見覚えがあるような、どれにも見覚えなんてないような。無意識に頭を押さえた六華に七星が振り向く。

    「大丈夫?六華血圧低いもんね、薬飲んだ?」
    「なんであんたが知ってんのよ……」

     毎朝のことだもん、と手を振って水気を切りながら七星は笑った。なるほど確かにこの低血圧に六華は毎朝苦しめられている。しかしそこにこの男はいない、13歳ごろから兆したこれを天馬七星という男が知っているはずもないのだ。
     六華が大きく息を吸い込んでため息をつく。悪夢だ。しかもだいぶ長くて妙に現実味のあるタイプの。面倒なことになってしまった。

    「あんまりしんどいようだったらちょっと遅れて行こうか?ちょうどおじさんも遅れるみたいだし」

     六華の明後日の方向に向かい出した頭がその一言でぴたりと止まる。おじさん?
     その子供っぽい呼び名に幼少の砌に出会った、今となっては不審者極まりなかった男をぼんやりと思い出す。
     夕方の公園で猫と戯れているシルエットしか浮かばない、今となっては相当ぼんやりとした記憶でこそあったが。それでも確かに当時、そういう存在というのは居た気がする。
     しかし六華自身朧げなそれを夢とはいえどう再現するつもりなのだろう。逆光のシルエットとプリムラ色のサングラスしか見えなければいくら悪夢とはいえ笑ってしまうが、果たして。
     ほらこれ、とシルバーの携帯を裏返して見せられたのはfrom:「◼️ ◼️ ◼️ ◼️ ◼️ 」とだけ浮かぶメールの画面。どこが苗字でどこから名前かすらわからない。とっかかりすらつかめない表記にもう一度頭を抱えた。夢だからといって架空の人名だけ提示されても困るのだが。
    しかし肝心の文面は欠けることなく表示されていた。
     変な夢を見て寝坊した。申し訳ないが遅れそうだ、ご飯を食べて待っててほしい、本当にごめん——といった内容が非常に回りくどく、しかし誠意に満ちた不器用な言い回しでつらつらと綴られている。そのどうにもうざったい文章にうんざりしながら画面を突き返そうとした瞬間、末尾に足された数文に目を奪われて七星の手から携帯をひったくる。

    『…ところでおじさんって君にアドレス教えたっけ?そもそも現実で会ったこと、あったっけ?』


    おじさん、まだ変な夢でも見てるのかな———『天馬』くん。


    ————————————————


    「ちょっとツラ貸しなさい」
     小さなワゴンを運転して来たサングラス姿の男が六華の顔を見て豆鉄砲でも喰らったような顔をしたのがそこから十数分後。
     そして六華がその胸ぐらを掴み前述の言葉をぶつけながら男を修羅の顔で引きずっていったのが、現在から数分前のことである。
     七星は泡を食ったような顔でその全てを目にしながらも、止めることはしなかった。暴力反対を謳う割にそのあたりは適当な男だ。六華の啖呵があまりに切羽詰まっていて口を挟めない雰囲気だった、というのもあっただろうが。

     そして。天馬六華と栗花落四麻の——六華はともかく四麻が心から夢見ていた——邂逅は、そんな顛末で締まらないまま今に至る。

    「で。どういうことよ」
    「そう訊かれてもおじさんもわかんないよ……」

     がっくし、と四麻がいかにも情けなく肩を落とす。だんだんと記憶が刺激されてきたのか、目の前の男と夕焼けの公園のシルエットが重なり出した六華は遠い目を送った。
     この情けなさ。胡散臭い格好の割に不器用で誠実そうな笑顔。そして——もう朧げな苦い記憶に残る静かな声の面影を残す男声。間違いなくかの『おじさん』なのだとその全てが主張している。
     当時9歳に満たなかった六華の記憶ですでにおじさんと認識できる年齢であった彼は今見返したところでその印象に相違なく。ともすればあの時代で年齢が停止しているのかと思うくらいには——おじさんにしてはだが——歳若い。
     中年男性の年齢など見分ける趣味はないが、見た目だけでいえばざっと30半ばといったところだろうか。その言動と身体の使い方がわかっていない人間特有の動きのぎこちなさ、有り体にいえば運動音痴っぽい鈍臭さが外見年齢に拍車をかけているとはいえ。どう考えても当時の『おじさん』から大きな変容があるようには思えなかった。

    「むしろおじさんは君がそんなに大きくなっちゃったことが驚きだよ」
    「は?喧嘩?買うわよ」
    「違、違う違いますごめんなさいそんなつもりじゃなくて!これはあれあの言葉のあやっていうか若人の成長を尊ぶおじさん心というか!」

     相変わらずのよく回る口とその割に下手すぎる言葉選びに六華の送る視線が敵意から生ぬるいものに変わる。
     それは同時に六華が目の前の男を軽蔑にも値しない小物であると見做したという意味でもあるのだが、敵意が消えたという点だけ見れば天は四麻に味方したともいえた。




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    ちまちま追記予定
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