明日の段取りの最終確認を終えた後、ミカドはあてがわれた客室に戻る道を途中で引き返した。毎日朝から晩まで変わることなく鎮座する月が、今夜ばかりは少し特別な輝きを放っているように思えた。精緻な装飾の影が落ちる長い廊下と螺旋階段を登って、城のてっぺんへ。
押し開けた扉の向こうには先客が居た。気怠げに腕を投げ出して城下町を見下ろしている男の隣に立つ。
「お疲れ様です。作業は終わったのですか?」
「ああ。達成感と不安と半々、といったところだが、まぁなるようになるだろ」
「そうですね」
夜更けの街灯りはまばらで、仰ぎ見た夜空の方がいくらか明るいようにすら感じる。間接視野でコスモもそれに倣うのが見えた。ゆるい秋風に吹かれながら、少し言葉を選ぶような気配がある。
「…リッカもシローも、今頃は同じように準備をしているのでしょうか」
「だろうな。もっとも、向こうはずっと昼だからな…眠くなるものなのか、想像がつかん」
「ええ、本当に」
「サイリがずっとそわそわしてたよ。早く会わせてやれるといいんだが」
「そうですね…」
どこか上の空のコスモの横顔は髪とマスクに隠されてほとんど見えない。いつも何を考えているかわからない隣人も、流石に13年ぶりに太陽の光を浴びて、生き別れた人たちに会えるかもしれないという事実を前にすると思うところがあるのだろうか。
「早めに戻れよ。明日寝坊したら流石に洒落にならん」
「平気ですよ。太陽が昇るから眠くなるんです。ずっと夜では逆に目が冴えてしまいますよ、今夜の月は特に綺麗ですから」
「そうか?」
「ふふ。情緒のない人ですねえ」
ミカドは柵から身体を離してもう一度空を見上げた。目を焼くような明るさの月が黙って見下ろしてくる。
「明日になってまた太陽が昇るようになればそう思えるかもな。…だから、また明日も言ってくれるんだろ?」
コスモがぱっと振り返る。ミカドの顔を見て、やれやれと目を細めた。
「知っていたんですね。錬金術には必要ないような古典なのに」
「サエ先生の雑談に感謝だな」
隣に戻ったミカドの手を取って、コスモはマスクをずらすと指先に軽く唇を寄せた。
「明日と言わず、明後日もその先も。何度でも言いますよ、ミカド」
「…キザな奴だ」
照れ隠しに悪戯っぽい笑みを浮かべたミカドの手を引いて、二人で屋上の扉をくぐった。