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    まさん

    とても人見知り
    トンデモ設定のオンパレード
    アイコンは白イルカのはずだった

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    まさん

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    クリスマス🦈🦐

    ※ひょんなことから男の子に変身しちゃった🦐が🦈に暴力を振るわれます
    ※アイタタ表現あります 苦手な方はお控えください











    ああ神さま。今日はあなたが生まれたんだったか復活したんだったか、そんなような日じゃないのですか。残念ながら都合の良い時にだけ神頼みするような信心と対極にあるわたしですが。
    これはあんまりではないでしょうか。
    朝目覚めたら別人になっていました。女の子ですらありません。にょっきりひ弱そうに伸びた手足、慌てず騒がず運動着に着替えたわたしを見たグリムのきょとんとした顔、それでも彼はわたしの言葉がわたしそのものであると判断して「おもしれーことになったんだゾ」といつも通りにゃはにゃはと笑ってくれたのです。
    しかし。困ったことになりました。デスクの上にはリボンでおめかしした小さな正方形。フロイド先輩にあげようと思ってた、クリスマスプレゼント。この姿ではわたしだと区別できないでしょう。匂いでわかる?まさか。性別すら変わってしまったのです。期待なんて、するだけ無駄です。現にグリムでさえ、わたしの言葉だけが判断材料だったのです。フロイド先輩に会うのが、怖いと思いました。

    取り急ぎ風邪をひいたこと、オンボロ寮には来ないでほしいこと、プレゼントは治ったら届けに行くことをひとつのメッセージにたんまり盛り込んで送信ボタンをタップ。
    すぐさま返ってきた「お見舞いに行くね」の一言に血の気が引きました。結構です、と打った瞬間、エントランスのドアベルが、がんがんと寮内に鳴り響きました。

    「グリム、わたしは逃げます」

    「俺様はどうすりゃいいんだゾ」

    「ケーキ買いに早朝から街に行ったとでも話してみて」

    つんつるてんになった運動着を捲って窓から羽ばたくわたし。室内から「小エビちゃああああん、お見舞いしに来たよおおおおお」という、病人相手に聞かせるには些か乱暴な声が響いたのでとりあえずいちばん遠くまで走ることにします。すたこらさっさ。

    「………あはっ。オマエさあ、小エビちゃんとこから出てきたよねえ?こーんな爽やかなクリスマスの朝にぃー、何してたのぉ?」

    危険がないか後方確認のちの正面。目の前には薄ら笑いのフロイド先輩の長い足。急ブレーキを踏んで、勢い余って尻餅を着いてしまった。痛い。オマエ呼ばわりされるのが新鮮で言葉を失ってたら、無防備に晒してた腹部に大きなサイズの靴がめり込んだ。かひゅ、と間抜けな音を立てて息が詰まる。

    「ねえ。それ小エビちゃんの運動着。何でそれ着てんの?」

    「ふ、何故か知らないのですが、変身した、わたしです。こえび、です」

    「クリスマスにロクでもない嘘吐くなよ。まあいーや、小エビちゃんどこに行ったのか教えてくんない?」

    困ったことになった。そりゃそうだ、見た目だって何だって違うんだもん。それにしても男の子だと腹部にめり込んだ靴を払いのけられるのかな。やってみよう。クリスマスに内臓が羽ばたくなんて絶対やだ。

    「朝起きたらこんな姿になってたんですってば」

    「もういーや。オマエ絞める」

    普段から肉体言語の使い手と、ひよっこえびじゃ経験値が違う。めり込んだ靴からは逃げられたけど襟を掴まれて宙ぶらりんになる足。ていうか全然聞く耳持たないな。えーと。そうこうしてる間に何回蹴られた?女の子の時だとたぶんすぐ泣いてたと思うけど、男の子って強いのね。口からこみ上げてくる鮮やかな赤を吐き出して、とんでもないクリスマスを呪った。ここにヒイラギでも落とせばさぞかし物騒なクリスマスカラーになったことでしょう。ただわたしはグリムにツナ缶と、フロイド先輩にカフスボタンをあげたかっただけなのに。
    地面に落とされて横になったわたしのこめかみに靴の裏が当たる。

    「せんぱい。ほんとにわたしはこえびなので、ころさないでください」

    「春だけじゃなくて冬にも頭イカれた奴が沸くの、すげームカつく。あーもーどうしよ。アズールのとこ連れてって自白剤もらおっかなあ」

    サンタさんが持ってる白い袋より乱暴な持ち方で、わたしは引き摺られていく。どんよりとくすんだ空が見える。口呼吸すると鉄の錆びた嫌な味でいっぱいになるし、もう散々。フロイド先輩のことは責められない。わたしだって、女の子になっちゃった彼を見て疑っちゃうかもしれないし。それにしても女の子になったフロイド先輩、可愛いだろうなあ。わたしなんかと違って。
    そこまでぼんやり考えてたら、火が点いたみたいに弾ける痛みに思わず呻いた。

    「ひ、ゔ」

    がつんと、階段の縁に後頭部が当たったみたい。熱くて、一生懸命意識を保つのもばかばかしくなって力を抜くことにした。グリムに伝えておけばよかった。デスクの上にあるプレゼント、フロイド先輩に渡してねって。



    ──────────



    「、やべ。アズール、止血剤と自白剤両方ちょーだい」

    小エビちゃんが風邪ひいて、慌ててオンボロ寮に行ったらアザラシちゃんしかいなくて、開け放たれた窓からとたとたと初心者丸出しの長距離走フォームを披露してる奴を追いかけて絞めた。さすがに校内で重傷者は出せないから、ちょっと加減したっていうのに。
    持って帰る道中でソイツの後頭部に裂傷。モストロラウンジのカーペットに滲む、赤というより黒い跡。

    「何ですそのゴミ収集場から拾ってきたような、ヒト、?お前、カーペットを汚すんじゃない!まさか、ころし、」

    「んーん。でもちょっと虫の息かもお。だってこいつ自分のこと小エビちゃんって言うんだよ、ふざけてると思わね?」

    オレが持ってた足を離したら、どしゃって音立ててモストロラウンジのカーペットに崩れるソイツ。ぐったりしてて死にかけ、陸にいる奴ってみんなこんな弱っちいの?

    「確かに監督生さんと同じ耳の形をしてますね」

    アズールがふと目を細めた。何言ってんの?コイツは、オンボロ寮にいた正体不明の雄で、小エビちゃんって名乗ってるイタい奴なんだって。

    「は?」

    「薬を持ってきます。フロイド、ついてきなさい」

    「んー。ついでに手ェ洗う~」

    なんとなく、従え、って言われてる気がしたからアズールについてった。
    先に泥とか血を洗い流したオレは、見てみて、って言いながら床に這いつくばってるソイツの髪を掴んで顔をよく見えるように持ち上げてやった。

    「ほら、やはり監督生さんではないですか」

    手に触れた細い髪。ふわりと漂った、血の重い匂い。
    それにかき消されるようにか細い、柔らかい、優しい、甘い、小エビちゃんの、匂い。
    真っ白い頬に飛び散ってこびり付いた、赤かったはずの茶色。

    『ころさないでください』

    さっき聞き流した命乞いの言葉。大切にするべきつがいから、いちばん言わせちゃいけない言葉。




    ──────────




    「、っ」

    耳鳴りがするくらいの痛みで、思わず身体を縮めた。意識が浮上してきたみたい、ぼろぼろになった指先が目に入った。変身が解けたのか、この傷は受け継がれるダメージなのか、地面にいた時よりも少し高い目線。柔らかい雰囲気の接地面。薄暗いフロア。

    「……………ひ、ぃ、」

    さっきまで我慢できてた痛みは、この身体だと堪えられないみたい。ほろほろと重力に従って伝い落ちる涙。お腹も、後頭部も、ずっと痛めつけられてるみたいで怖い。
    それにしても、元に戻れたのならよかった。とんでもないクリスマスだった。グリムのところに帰りたい。
    軋む肩、くらりと揺れる視界。貧血に拍車が掛かったみたい。起きて、歩き出せわたし。

    「小エビちゃん!」

    すぐ近くにいたらしいフロイド先輩が駆け寄って、よろけるわたしを支えてくれた。いやあ助かります。

    「小エビちゃん、ごめん、ごめんなさい、オレ、ひどいこと、」

    「大丈夫です。殺さないでくれてありがとうございました」

    顔面蒼白のフロイド先輩が、へなへなと崩れ落ちていくのをゆっくり見守る。

    「ごめんなさい、小エビちゃん、ごめんなさい、」

    まるでその言葉しか知らないみたいに繰り返すフロイド先輩。別にわたしが憎くてやったことじゃないし、トドメを刺さないだけありがたいと思わなきゃ。

    「大丈夫ですよ。疲れたので帰りますね」

    「、送ってく、」

    「ひ、」

    立ち上がったフロイド先輩に、ああ。怯んでしまった。
    わたしのその表情を見た彼が、ああ。泣きそうに歪む。

    「……応急処置、ありがとうございます。ひとりで、大丈夫です」

    さっき。支えてくれたのに、その腕が怖いと思ってしまったから。また振り上げられたらどうしようって、思ってしまったから。アズール寮長からもらった痛み止めの魔法薬を噛み締めて。ああ力を込めるとどこかしらが痛い。
    オンボロ寮に戻ってきたわたしを見たグリムが、「痛かっただろ」「頑張って偉いんだゾ」って何度も肉球で擦り傷を撫でて泣いてくれるから。今までの怖かった、痛かった気持ちが溢れてエントランスで一緒になって泣いた。エントランスの外側に、手を伸ばせないフロイド先輩がいたことなんて、気付きもしないで。

    夕方というよりは夜に差し掛かった頃。お詫びの品として、モストロラウンジ謹製オードブルとデザートセットを恐る恐る携えてきたフロイド先輩がわたしと目を合わせることすら気まずいのかどうも視線が絡まない。

    「こんなんじゃ全然足りないけど。オレのしたこと、許されないけど。ほんとに、ごめんなさい」

    中身を見たくてうずうずしてるグリムにおいしそうな匂いを閉じ込めてる紙袋を受け取ってもらって、お礼をひとつ。痛み止めの効果はすごい。皮膚が引きつる感覚はあるけど、それ以外の痛みは何ひとつない。

    「フロイド先輩、ちょっと待っててください」

    「はあい」

    わたしよりも泣いて悔やんで腫れぼったくなった、フロイド先輩の俯きがちな瞳を包むまぶた。彼だってわたし以外誰もヒトがいないはずのところに知らないヒトがいたからあんなふうに尋問したんだ。まあ、わたしの言葉を何ひとつ聞かないでサンドバッグにした事実は消せないけど。
    朝から変わらずデスクにあったプレゼントを両手で掬って、エントランスまでその状態で恭しく運ぶ。
    これ、すごく悩んで買ったんです。今まで好きなひとにプレゼントなんて、贈ったことがなかったから。おしゃれなひとに贈りたいんです、って、ショップの店員さんと小一時間悩んでやっと決めたものなんです。

    「これ。なんかとんでもないクリスマスでしたが、プレゼントです」

    「そんな、オレ、貰えない、」

    フロイド先輩が泣きそうな顔でふるふる首を横に振る。

    「んと。それだとこれ、ごみ箱に行くことになってしまいます」

    「もったいないよぉ、」

    ひぐ、ぐしゅ。嗚咽が聞こえてきた。長い腕で隠された向こう、何度も目元をジャケットの袖で拭うフロイド先輩にプレゼントを握らせる。いつもよりずっと、絶望で冷え切ったような凍えた手だった。

    「じゃあ、使ってあげてください。もう少ししたら、着けてるとこ見せてくれると嬉しいです」

    正直なところ、今日の今日で一緒に笑い合う、っていうのは難しいと思った。今日明日眠ればきっと落ち着く。そしたらまた、いつもみたいに笑って過ごしたい。

    「それじゃ、グリムが全部食べちゃう前に失礼します」

    「うん。ありがとね、これ」

    「こちらこそ、ありがとうございます」

    大きな手でプレゼントを大事そうに包んだフロイド先輩の、さっきよりは伸びた背筋を見送って、ドアを閉めた。





    ──────────






    「……ってことがあったじゃん」

    「ありましたねえ」

    すっかり我が家のクリスマスの定番になったプリンケーキ。あの事件から一年後に初めてフロイド先輩と食べて、その時に彼が作ったケーキだったと教えてもらった。

    「あれ、オレだったらすげー怒ってやり返すくらいのことはしてた」

    「こえび、優しいので!」

    母校でお世話になったひとの口癖を真似したらフロイド先輩が「~」ってテーブルに突っ伏した。それから、ごめんね、って未だに言ってくる彼がおずおずと手を伸ばす。わたしの頬に触れる寸前の、ささやかな表情を確かめてから。
    そんなの、一年後どころか3日後にはすっかり忘れてチョコレート貰いに行ってたじゃないですか。フロイド先輩、ちゃんとポケットにわたし用の甘いチョコレート入れて備えてて。わたしが駆け寄った時に浮かべた泣きそうな笑顔、しっかり覚えてますよ。

    「……ね、ほんとにオレでよかった?責任取るって無理やり隣に居座ってたけど、ほんとにしあわせ?」

    この世界はクリスマスだろうとふたりの仲をぶち壊すハプニングが起こる。女子供には手を出さないと決めてたフロイド先輩があの時犯した罪。もう十分償ってくれたような気がするけど、彼はまだ自分が許せないみたい。

    「しあわせですよ」

    「……ん。なら、いい。」

    「欲を言えば、もう1ピースプリンケーキが食べたいなあと」

    わたしの中ではもう刑期満了、あれからずっとフロイド先輩はその手を撫でるために使ってるし、その足は一緒に歩くために使ってる。毎年クリスマスの度に懺悔を聞かされるのも、彼で言うところの「飽きた」感じなの。

    「せんせーから体重言われてなかった?」

    「明日からなんとかします」

    「小エビちゃんひとりの身体じゃないんだからね」

    1ピースを器用に半分に切り分けたフロイド先輩が皿に移し替える。生返事をして、ケーキをひとくち。

    「オイチー」

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