番 秋の月の光は澄んでいる。冬の月の光は冴えている。春の月の光は柔らかい。いずれも変わらず半助を照らしてくれる。月の光は半助のあるべき姿を映し出す。一年は組の教科担当。山田伝蔵の同僚。伝蔵を父と慕う半人前。
半助は募る想いを、今までは父性への思慕と捉えようとした。だが、違ったのだ。記憶を失ったあの時、それに気づいてしまった。半助は絶望する。それまでは氷ノ山で過ごしたあの穏やかな時が、伝蔵への執着を育ててしまったと考えていた。亡き父を重ね合わせてその背中によりかかっているだけ、そう思っていた。だが、ドクタケの地下で必死に天鬼の刃を止めようとした伝蔵の真摯な瞳に、記憶が戻る前の天鬼も惹き付けられた。
記憶を失おうと、お天道様が西から昇り東へと沈んで時が戻ったとしても、何度でも自分は伝蔵に懸想するに違いない。折り目のついた紙が戻らぬように、気づいてしまった半助はもう気づかぬ前には戻れない。母と慕う奥方にも顔向けができない。
煩悩する半助は新月の夜にいっそのこと伝蔵を父とも師とも思わぬ忘ハ者の鬼になりたいと願ったのである。