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    all_ki5

    @all_ki5

    あらゆる沼。

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    all_ki5

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    ふと思いついたネタ。相互不理解軸。
    ランワスの人間が書いてるから、そういうことです。
    もともとツイートしようと思ってはじめは書いてたので、後になるにつれてツイートっぽさが消えていく。

    子どもが仕事をするな(仮題)事故(あるいはオーターへの呪いの飛び火)で6歳くらいの体になってしまったワース!しかし中身は大人のまま。たまたま研究室にいてそばに誰もいないから、大きすぎるシャツ一枚だけをまとってどうしたものかと考える。このまま歩いて出るのは危険だし、なにより沽券に関わる。脱げた服はまとめて隠した。
    靴も大きすぎて履いて歩けず、シャツの裾も床についている。体だけは随分成長したんだなぁと他人事に考える余裕が出てきたところで、魔法の確認を始めた。問題なかった。ならいいか。ワースは椅子の上に乗りあがって、大きな紙に書かれた報告書を読み、いつもより言うことを聞かない手でサインする。永続的にこの状態なわけない。誰の魔力を消費しているにしても終わりは必ずある。それに小さくなったところで中身は変わらないんだからやるべきことはやらないと。効率は落ちてもやらないよりマシ。ワースは大きくない手でペンを持ち、ガリガリと報告書をさばいていった。
    小さくなると体力も無くなるらしい。ものの数十分で眠気がワースを襲う。そしてここで寝たら一時間は起きない。なんて効率の悪さ。いっそ机で寝てしまおうか。硬いところで寝るとすぐに起きれることは経験でわかっている。資料に埋もれた机に寝床を無理やり作って、ワースは縮こまって寝ることにした。
    ワースが健やかに寝息をたてていると、ノックの音が部屋に響いた。しかし返事がないからと足音は扉から遠ざかる。そしてまたノックする。返事がないからウロウロする。三度ノックする。返事はない。痺れを切らして大きな音を立てながら人が入ってきた。

    「居留守とはいい度胸だな」

    ランスはワースに用事があった訳では無い。オーターからの伝言ももらってない。定期的に様子を見にきているだけ。どうせ寝落ちしているから、床で力尽きてるから、そんなワースの世話を焼くために様子を見にくる。今回はそれが功を奏した。既に薄暗くなった部屋で明かりもなしに作業をしているワースに注意しようとした。でも本人が見当たらない。
    この時間に退勤なんてありえない(しかし定時は超えている)、外回りか(研究職が?)、外食か(携帯食を愛食してるやつが?)、など可能性を潰していくと、やはりいないわけがない。用を足しに行っているかもしれないとランスが部屋を出かけた時、机の上の山が崩れた。
    机の上で寝落ちすることは多くなかったから見落としていた。ランスは崩れた山の下を確認しに行く。微動だにしない紙の下には確かに何かがいる。こんもりとしたそこ、絶対にワースじゃない大きさ。なにより突っ伏して寝ているなら頭だけ埋もれているはずなのに、胴も足も見当たらない。ランスは卒倒しそうだった。
    恐る恐る恐る、紙を避けていく。そしてとうとう黒いくせっ毛が見えた。見えたからランスは悲鳴を上げた。何もいない方がいいという訳では無いが、何か見てしまったときの恐怖は大きかった。耳をつんざく音にワースも起き上がる。鶏より酷い鳴き声だ。寝起きは良くない。ぎしぎしの体をうまく動かして、いつの間にか自分の上に撒かれている資料を避ける。誰だよ倒したの。ワースの足元の山が消えている。そういうことか。こんなに綺麗に雪崩れては、復元するのも難しい。今やらなくてもいいか。それより報告書の続きを。ワースは机から降りて椅子に立つ。やりかけの紙を見つけてペンを持った。

    「待て、貴様どういうことだ」

    机からひょっこり出てきたワースにそっくりな少年をランスが止める。機密だらけのこの部屋に子どもがいるのもおかしいが、ワースの姿がないのはもっとおかしい。そして何食わぬ顔で作業をし始める少年は何者だ。

    「事故でこうなった。仕事はやれるだけやる。無理なものは申し訳ないが他にまわしてくれ」
    「仕事の心配はしていない。どうせ貴様が勝手に抱え込んだものだろこれは。事故で体に変容を起こしているなら、どうして誰にも言わない」
    「そう長く続く魔法やまじないじゃない。飽きたら戻る」
    「その保証はどこにある。こんな時ぐらい仕事の手を止めろ」

    子どもに身に合わない服(といえば服だが、まとってるだけの布)を着させて、立ったまま労働させる大人がどこにいる。机の上で休んでいたのだろうが、そこは普段と変わらない。変わらないから余計に胸が痛む。子どもにこんなことをさせるな。

    「中身は変わってねぇよ。ちょっと字は書きづらいけど、そんくらいだ」

    報告書のサインはいつもの流麗な字ではなく、小さい子が頑張って書いたようなミミズの字。それでもやらないよりマシだと言っている。

    「ワース、手を止めろ。そしてツララさんのところに行っていろいろ調べてもらうぞ」

    ワースはもちろん拒否する。それをわかっていたからランスはワースの体を持ち上げて片腕に抱える。そのまま部屋の外へ出ようとして、ワースが懇願してきた。

    「せめて歩かせろ!」と。

    靴も無くシャツの裾を引きずりながら、ランスに手を繋がれて歩く。逃げないようにと力強く手を握られた。そこまでしなくても逃げないし、逃げたとしても歩幅の差ですぐに捕まる。ただでさえ体力のない体で無理をしようとはワースは考えなかった。

    時間帯的に人は少なく、見られることは無い。惨めな姿を晒しながら歩いてワースは今にも憤死しそうだが、もうそろそろツララの部屋だ。せめて早く元に戻るように足掻けとランスが思いながら扉に手をかける。しかし退勤後だったようで扉は開かなかった。ドアノブが上手く回らない。

    「……いるか確認してから来いよ」

    まったくその通りだ。だが予想外のことが起こると人間はままならなくなるらしい。無駄に歩かせてしまったと詫びる寸前、ランスの視界に深緑のローブが見えた。

    「ツララはもう退勤しています」

    聞き覚えのある声にワースが身を固くする。

    「お前の後ろにいるのはなんだ?子どもか?」

    多重円の目が、ワースを捉えた。

    「浮浪児を見せに来たのか?」
    「…………」

    冷えた声だ。薄汚いガキが局内にいるのがたまらなく不愉快な声だ。自分より背の低い子ども相手に容赦ない。ランスがワースを庇うようにローブを広げてオーターの視線から隠す。ランスの勘はいつも正しく危険を察知してくれる。この二人を対面させていいことはない、今日の啓示だ。そんなランスの努力なぞつゆ知らず、ワースはローブの奥にいるオーターに興味津々だった。自分に気付いていないなら都合がいい。イタズラをしてやろう。
    好奇心に似た感情がワースの胸をくすぐる。どうにかしてこの男の表情を変えてやりたい。
    ランスがワースの説明をしようとすると、ワースはランスの後ろから飛び出して、オーターの足にしがみついた。太もものあたりに頬ずりを加えて。
    汚れているわけではないが、突然子どもが自分に接触してきてオーターは目を見開く。そしてすぐに眉間に皺を寄せ嫌悪感を隠そうともしない。ワースはまだその顔を見ていないが、大きなシャツの襟ぐりを掴んでぶん投げたところから全てを察せられる。ランスにキャッチされるとやっとオーターとワースは目が合った。もう元の表情に戻っていて、ワースはつまらない気持ちになる。

    「どういうことだ」

    子ども相手でも容赦のない怒気。ランスはワースを抱えたまま守るように頭を撫でた。

    「わからないんですか?」
    「なにがだ」
    「この子が誰なのか」
    「見覚えはない」

    そうだろうよ、ワースは奥歯を噛む。自分以外の目線に合わせないこの男が、弟のことなんて知るわけない。

    「黒いくせっ毛に淡い色の瞳、本当に覚えがないんですか」
    「私を試しているのか?」
    「それ以前の話です」

    腕の中で諦めたように反応を示さない子どもを、このままにはできない。

    「こんな子どもに会ったことは無い」
    「昔は?」
    「子どもと触れ合うように見えるか?」
    「家族なら、触れ合うでしょう」

    そこまで言ったらさすがに気づけ。ランスは縋る思いだった。なにか考える素振りでも、思い出したようなフリでもいい。オーターがランスの腕の中にいる子どもを見る。小柄なのに体に不釣り合いな大きなシャツ1枚だけを着ていて、黒い髪は毛先が丸まっていて。ただそれだけ。オーターの記憶を刺激する要素はない。

    「家族」

    ランスからのヒントを口にする。父がくせっ毛だったか? 母は常に髪を整えていた人だから記憶が薄い。あともう1人、家族がいた。小さくてときどき自分の周りをうろついては去っていく生き物が。

    「それは、ワースか」

    オーターの口から正解が紡がれると、ランスはワースを離しオーターと対面させる。家族として認識されていた嬉しさと、結局ここまで思い出さなかった虚しさで体の中がぐちゃぐちゃだ。大人の情緒はこの小さな体に収めておくには育ちすぎている。

    「それで、それが弟なら私が知ってる年齢より随分幼いが」
    「事故にあったらしいです。だからツララさんに診てもらおうと」
    「そうか」

    そういうと興味をなくしたのかオーターはランスたちの横を通り抜けて行こうとする。なびいたコートからコーヒーの香りが漂う。休憩を終えて仕事に戻るところだったのかもしれない。足止めしたのも悪かったとワースが進路から避けようとすると、ランスが動いた。

    「弟に魔法がかけられているのに、それだけですか」

    ランスがオーターの肩を掴む。そんな力で握ったら跡が残るだろうという強さで。

    「いまの私にできることなどない。実害が小さくなったことだけなら、明日でも手遅れにはならないだろう。心配ならお前が今晩様子を見ていろ」

    この男からしたら「家族」なんてそんなものだ。ワースはよく知っている。きっと父が髪型を変えて髭を剃ったら認識できない、そんな兄なのだ。普段の自分だって姿を見た程度じゃ誰だかわからないのに、たかが小さくなった程度で気に留めるか。
    でもシスコンを称して憚らないランスがそう言われて止まるわけもなく。むしろ火に油と火薬を撒き散らしたようだ。

    「弟だろう!! あなたの!!」
    「ああ」
    「どうして心配したの一言も出てこない!!」
    「心配していないからだ。この程度の魔法なら一定期間の嫌がらせにすぎない」
    「この体で仕事をしようとしていても?」
    「それは自分の意志だろう。誰も強要していない」

    暖簾に腕押し、オーターに説法。妹が魔法にかけられて小さくなっていたら、(とても可愛らしくて世界がどうにかなってしまう恐れもあるが)兄として心配するのは当たり前で、まして明日でいいなんて思うわけがない。今すぐ対応して魔法を解くなり安心させる言葉をかけるなりする。
    はた、とワースを見る。妹なら怯えながらも気丈に振る舞おうとするはず。中身がそのままだと言えど、急な変化に怖がる素振りがあってもいいのに。普段と変わらず仕事を始めて誰の助けも必要としなかったのは、どうして。

    「もう十分なら私は戻るが」
    「あ、いや」
    「まだあるのか」

    ワースの普段と変わらない様子に、何も思わないのか。ランスは宇宙と話をしている気分になった。心配させる要素がないからと言って、本当に心配しないものか。本人が平気そうなら、そのまま受け取るのかこの人は。

    「本当に、心配してないんですか……?」
    「そう言っているだろう」

    唖然としているランスを無視して、オーターはワースを見た。胸の前で手を握って、大きな瞳は自分を見上げている。泣きそうな様子もない。何か言いたいようにも見えない。言いたいことがないならそうなるだろう。オーターは全て解決したとまた身を翻した。今度はランスも止めなかった。

    「まっどろす」

    変声期前の声が廊下に響く。そしてオーターの足元に靴が片方全部入るくらいの泥だまりが生まれた。もだもだ二人が問答している間にワースは飽きていた。いまさら変わるものでもないことを、いくら詰めたって仕方ないのに。人間にもっと興味のある人間なら、もっと体面を気にする人間になったはず。そうなってない上により一層悪化している今の兄に、なんの感慨もわかなかった。
    だからまたイタズラしたくなった。触るのは二番煎じでつまらないから、魔法を使おう。杖は長すぎる袖に上手く収まっていて、誰も気付いていない。それなら都合がいい、驚かせてやる。ワースは小さくなってから、好奇心の自制が弱くなっていた。だから机の上で寝たし、平気で兄に抱きついた。そしてとうとう、兄に魔法を向けた。
    それがどんな意味を持つか忘れて。

    「……………」

    右足を泥に取られて、磨かれた靴に泥が付く。

    「やった」

    ワースは喜びを見せた。あの砂の神覚者の足をとってやったと。温かいものが腹の底から湧き上がって、ワースの頬を緩ませる。叫ばなかったのは家の教育の賜物か。

    「……ワース」

    オーターは大股でワースの元へ近づくと、杖を持っている手を掴みあげた。片手で吊り上げられるような姿勢にワースも顔を歪める。つま先が辛うじて着くくらい引っ張り上げられ肩の筋や関節が痛くて呻くがオーターは気にもしない。

    「それがどういう意味か、わかっているな」

    魔法を人間に向けることはつまり、喧嘩を売ること。魔法使いたちの不文律だ。浮かれていたワースの中の好奇心が冷めて、現実を見せる。ちゃんと自分を殺す気だ。喧嘩を売られたから言い値で買って、のしをつけて返そうとオーターは砂を舞わせた。

    「オーターさん!」

    弟を殺そうとしている同僚を制すために、ランスも杖を持った。ここまできたら喧嘩の域を超える。それはオーターもランスも承知しているが、規律を守るために、ワースを守るために引けない。密室に閉じ込められたような圧迫感があたりを包む。手を持ち上げられたままのワースが小さく声を上げた。肩が限界だった。このままコキンと外れてしまいそうで怖かった。

    「…………フー」

    オーターは魔法を収めてワースから手を離す。浮いていた体が重力に従って床に落とされる。幸い転ぶことはなく、ワースはたたらを踏んで俯いた。こんな小さな子どもに意地になってしまった自分を少し大人気なく思いながら、オーターはワースを見下げた。いたずら程度で魔法を使うなと言われて育っているはずなのに。昔はこんなことしなかったと思うが。できたことができなくなる、なんてありうることだ。つまりそういうことなんだろう。オーターはもう一度深く息を吐く。

    「次はない」

    見下す視線と低すぎる声にワースは足の底が抜けたかと思った。周りの音が遠くなって、体は言うことを聞かなくて、視界は端から暗くなった。小さないたずらだった。少なくともワースの中では。そんなに喧嘩っ早い人間だと知らなかった。子ども相手にも容赦ないのは知っていたが、見積もりが甘かった。オーターがワースを知らないのと同じくらい、ワースもオーターを知らない。自堕落で独善的で自分がしたいことをやりたいだけやる人間。そこに他人が関わることはない。自分の目で見てきた事実だ。オーター・マドルだ。
    この男は身内を手にかけることを厭わない。規則至上主義もここまでくれば気持ちがいい。ワースは掴まれていた手を無意識に触る。くっきりとあとが残って痛々しい。

    「オーターさん!」

    遠ざかるオーターをランスが追いかける。ランスがオーターにぶつけたいものは、もう弟とか兄とかそういう話ではなくて、人としてのふるまいな気がしてきた。子どもには手をあげない、子どものいたずらを真に受けない。人間としての柔軟性がなさすぎる。頑なすぎる。置いてきたワースのことを気にする素振りもなく、ワースの姿が見えなくなるところでやっと止まった。

    「先に手を出してきたのはあれだ。大人として、無闇に魔法を使わないように教えたまでだ」
    「あれで理解できるなら赤点で苦しむような子どもはいないんですよ」
    「なら『これはお前を危ない目に遭わせるきっかけになるからやめなさい』とでも言えばよかったのか?」
    「その通りですよ!!」

    そこまで言わないと通じないのか、と眉間にシワを寄せたオーターにランスは頭を抱える。

    「まさかと思いますが、『次はない』にその内容を含んでいましたか?」
    「当たり前だ」
    「大人のワースでも理解は無理ですよ」

    ランスの脳内ワースが「短い言葉で全部分かるほど会話したことねぇよ」と添えてくるから、本当に頭がおかしくなりそうだ。

    「あの様子を見るに、体だけではなく精神面も子どもに引きずられている。今の年齢ならば私に魔法をかけることなんて考えなかっただろう。急に抱きついてきたり、足元に泥を作ったり、自分の制御が効いていないように見えた」
    「……それを知っていてなお、あんな態度をとったんですか?」
    「態度を変える必要があるか?」

    未知と会話をしている。ランスは壁と話すほうがまだ会話になると思った。
    精神も子どもになろうとしているなら、なおさら一人にさせられない。置いてけぼりになっているワースのもとへランスは駆け出した。

    「行ったり来たり、忙しいやつだ」

    オーターは足取りを変えずに自分の執務室へ戻っていった。

    その一方でワースは一人で立ったままいた。どうしたらいいか分からなくて。ここで蹲るのも迷惑だし、ランスが戻ってくるかもしれないから研究室に戻るに戻れない。いやここにいなければ研究室に来るだろうが、足を動かす気になれなかった。
    オーターと同じようにワースも自分の心が子どもになっているのを感じている。暗い廊下に一人置いていかれて、泣き叫びたいような気持ちと誰かの手を握りたい気持ちが胃の底のほうにある。不安なんだなと他人事に考えながら、震え始めた手を止めるために手の甲に爪を立てた。くっくっくと、腹が変な挙動をする。しゃっくりに似た引きつった呼吸が始まって舌の根っこが言うことを聞かない。急に胃を引き絞られたと思えば、胃の中に入っていた体液が食道をせり上がって、げぽりと口から吐き出された。びっくりして慌てて口を押さえるが、まだまだ嘔吐は止まらない。ばしゃばしゃと口から溢れると、着ていたシャツを汚していく。
    叱られただけで吐いてしまった。
    それはワースの中で羞恥の火を燃やすのに十分な燃料だった。この程度の「お叱り」なら実家で飽きるほどされている。いや命の危機に瀕したことはなかったか。とはいえ、「正当な理由で自分が痛い目を見たのに、それに体が耐えられずに吐いた」という事実がワースの嘔吐に追い打ちをかける。もう胃の中にものはないのに頑張って追い出そうとするから苦しくて仕方がない。痙攣する横隔膜をどうにかしようと殴りかかってみるが大した力もないからあまり効果はなかった。とうとう立っていられないくらいになってワースは吐瀉物の上に膝をつく。これの片付けをしないと。ワースは汚れた手で再び杖を握って汚物を消そうとした。

    「ワース? ワース! どうした!」

    本当にタイミングの悪い男だ! ワースは息を上げて走ってくるランスを見た。ランスは蹲って杖をかざそうとしているワースを見れば、なにかやろうとしているのはわかる。そして大抵良からぬことをしようとしているのも短くない付き合いでわかった。

    「何をする気だ!」

    自分に向けられた怒声にワースは身を竦ませる。ランスの慌てた顔は鬼の形相で、自分は今正しくないことをしようとしているらしい。また怒られた、情けない、この場から消えたい。そんなワースの願いを叶える魔法の言葉を唱える。

    「まっどろす!」

    ワースの体が泥沼に沈んでいく。小さな体だからランスの視界から消えるのに一秒とかからない。

    「グラビオル!!」

    突然泥の中に消えたワースを重力を逆に向けて引き上げようとするが、落ちる速度がかなり早いため重力の始点がずれる。横に逸れてこの場から脱出を試みる様子ではない。ただただ真下へ沈んでいっている。このままでは魔法が切れた途端に生き埋めになる。

    「ワース! 上がってこい!!」

    泥の上から声を掛ける。怒られる、怒られる、折檻される! ワースの精神はもう年相応になっていた。だから地面の底で丸くなる。震えが止まらない。今日やらないといけない仕事はまだ終わっていないし、兄に喧嘩をふっかけてしまったし、吐いて廊下を汚してしまった。きっと誰も許してくれない。ワースの目頭に痛みが走る。

    「グラビオル!!」

    ランスは泥を掘り上げてワースを引き上げはじめた。降下が止まって動かないのであれば重力を上に向けることは簡単だ。ただかなり深いところまで入っている。慎重に始点をおかないと、体が千切れて出てきてしまう。ワースの周りの泥ごとひっくるめて持ち上げれば廊下は少し壊れてしまうが、命に比べればいくらも安い。

    「ワース」

    そっと手ですくうイメージでワースを上へ連れてくる。抵抗は感じられない。ぱしゃりと地上にまで出てくると、ワースは泥に腰を下ろしたまま動こうとしなかった。着てる服はところどころ汚れており、臭いから吐いたのだとわかった。

    「具合が悪いのか?」

    ランスが務めて優しく尋ねると、ワースは驚いたように顔を上げた。眉を八の字に下げ、瞳はランスの言葉の真意を図ろうと揺れている。優しくされるのはもう捨てられるから? 具合悪くないって言えば大丈夫かな? 怒られる前の優しい声色にワースの心臓は跳ね上がり、また胃が絞られようとしていた。

    「大丈夫だ。具合が悪いならベッドで休もう。今の貴様は疲れているんだ」

    疲れている。そうかもしれない。ワースは重くなった瞼を擦る。

    「そう乱暴に目を擦るな。痛いだろう」

    ランスがワースの手をとって握ると少し湿っていて、服と同じ臭いがした。そこでワースも思い出したのか、慌てて手を離す。

    「きたないからさわるな」
    「なら綺麗にしないといけないな」

    今度はワースを抱き上げて歩きはじめる。吐瀉物にまみれた体を抱き上げるなんて正気の沙汰じゃない。ワースは短い手足で必死に抵抗する。立派なスーツが汚れてしまう!

    「おれ、吐いてるから! きたない!」
    「だからいまからシャワーを浴びようとしているだろう」
    「ふく! よごれる!」
    「洗えばいい」
    「そういうもんだいじゃない!」

    どうしてこんなに汚しているのに怒らないんだよ! ワースはあらんかぎり叫んだ。
    吐いて潜って壊して、迷惑千万この上ないのに。どうせ綺麗になったら目一杯怒鳴るんだ。警戒してプルプル震えながらしゃっくりを繰り返しているワースに、ランスは繰り返し伝える。

    「貴様は疲れているから、余計なことを考えるんだ。服は洗えば綺麗になる。廊下の修理なんてすぐに済む。どうしても気になるなら手伝えばいい。もちろん大人の姿に戻ってから」

    今のワースに何かさせる気は全くない。ただでさえいつも働き詰めなんだから、小さくなったときくらい休ませてやろう。仕事も休めるし、なにより今のワースは精神的な回復を試みた方がいい。オーターにあれだけ威圧されて子どもが異常をきたさないわけない。実際嘔吐しているし、様子見は必要だろう。
    ランスの仮眠室へ向かう道のりで、ワースは何度も謝った。力無く、弱々しく、小さな体が一回り小さく見えるくらい。いまだに怒られると思って震えているワースを何度もあやしながら、シャワーを浴びさせて服を着替えさせ(ランスのシャツを一枚着せた)、ベッドへ放り込む。

    「明日は朝イチでツララさんのところへ行くぞ。それまでに魔法が解けているといいが」
    「きがえ、ねーよ」
    「貴様の部屋から持ってくる。鍵を貸せ……といっても研究室か」
    「へやのすみにかくした」
    「なぜ」
    「なんか、いやだろ、ちらかってるの」
    「……そうだな」

    もう寝そうになっているワースはむにゃりとランスの名前を読んだ。

    「ごめん、もうねる」
    「ああ、朝になったら起こしてやる」
    「きがえ……」
    「持ってきておく」

    あとは、と何か言おうとしてワースは力尽きた。いつもこれくらい寝つきがいいといいのに。眠ったところで早速着替えを持ってこようとベッドから離れようとするが、ワースがこっそりランスのローブを握っていて離れられなかった。この時のランスの心境を語るには、数時間を要する。
















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    靴も大きすぎて履いて歩けず、シャツの裾も床についている。体だけは随分成長したんだなぁと他人事に考える余裕が出てきたところで、魔法の確認を始めた。問題なかった。ならいいか。ワースは椅子の上に乗りあがって、大きな紙に書かれた報告書を読み、いつもより言うことを聞かない手でサインする。永続的にこの状態なわけない。誰の魔力を消費しているにしても終わりは必ずある。それに小さくなったところで中身は変わらないんだからやるべきことはやらないと。効率は落ちてもやらないよりマシ。ワースは大きくない手でペンを持ち、ガリガリと報告書をさばいていった。
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