陰火揺らめく夜にその日ジャックは上機嫌でした。
なんたって今日は生者は仮装し、死者はこの世に還る日。人ならざるものが混ざってもそうそうバレやしません。
ジャックが悪戯する相手を探してぶらぶらしていると一人の少女を見つけました。
仮装もせず人目につかない所で座っている少女の近くには、友達も家族もいません。
「やぁ、こんばんはお嬢ちゃん。」
これはいい相手を見つけたぞ、そう思いながらジャックは少女に話しかけました。
普段であれば少女は驚いたでしょう。だってジャックはカボチャ頭なのですから。でも今日はハロウィン。特に驚きもせず、少女は言いました。
「…おじさん誰?」 「俺はまだお兄さんだと思うんだがなぁ…」
まぁいいかと肩をすくめ呟いたあとジャックは続けます。
「俺の名前はジャック。ところでお嬢ちゃんは一人で夜遊びかい?」 「…そんなところです。」
そう下を向きながら少女は答えました。
ジャックが話しかけようと近づいた時からずっと浮かない表情の少女を見てジャックは決めました。絶対に少女を楽しませてやると。だって沈んだ顔の人間に悪戯してもつまらないですから。
「よし!決めた!今夜の遊び相手はお嬢ちゃんにしよう!」
拒否されても連れていくつもりでしたが、少女はいいよと小さく返事をしました。
じゃあ行こうかと手を差し伸べかけましたが、少女は何の仮装もしていません。これでは目立ってしまうとジャックは手に持ったステッキで地面をコンコンと叩きました。するとどこからか黒猫のかぶりものが現れたのです。
これには少女も驚いたようで目を丸くしていましたが気にせずジャックは少女にかぶりものをかぶると、手を取り遊びに出かけました。
魔女のお茶会にお邪魔したり、デュラハンのジャグリングを見たり、ミイラ男の長い包帯で縄跳びをしたり、二人は色んなところに遊びに行きました。
少し休憩をとる頃には浮かない表情はどこへやら。少女はすっかり笑顔になっていました。
さてさてお次はメインディッシュ。とっておきの悪戯をばとジャックが考えていると、あのねと少女が控えめに話し始めました。
あの場所に一人でいた本当の理由を。父親との関係を。
少女が話すのを聞き終える頃にはジャックの気持ちは変わっていました。
「ねぇ、ジャック!そういえばさっきとっておきの場所に連れてってくれるって言ったけどまだ行かないの?」
期待を込めた視線を向ける少女にジャックは言いました。
「やっぱやめた!俺は気まぐれなんだ。」
ずるい!なんで!と言う少女を気にせずジャックは続けます。
「わかったわかった。じゃあ、こうしよう。」
ジャックがステッキで近くにあったカボチャのランタンをポンポンっと叩くと中から光の玉が現れました。
どうやったのと問う少女にそれは企業秘密と答えると
「この玉をお嬢ちゃんが捕まえられたらいいところに連れてってやるさ。」
言い終えると同時に光の玉はどこかへふわふわと飛んでいきました。
絶対だよ!とジャックに言いながら少女は追いかけて行きました。
少女の背が遠ざかっていくのを見ながらジャックは呟きました。
「じゃあなお嬢ちゃん。幸せになれよ。じゃないと悪戯しに行くからな。」
少女の姿がすっかり見えなくなるとジャックは悪戯相手を探しにどこかへ行ってしまいました。
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ウィルは苛立ちを隠せずにいました。
パーティーに友人を呼ぶからと外に出した娘が帰ってこないのです。今夜ならお優しい奴が菓子でもくれるかもなとは言いましたが、なかなか帰ってこないのでどんどん不機嫌になっていました。
ウィルは元々子供が好きではありませんでしたが、娘を出産して妻がそのまま帰らぬ人になってしまい自分の子を愛することができずにいました。
(帰ってきたら酒を買いに行かせてやる)そう思い待っていたウィルの元に電話がかかってきました。
電話をかけてきたのはパーティーに来ていた友人で、まだ騒ぎ足りないから酒でも飲まないかという誘いでした。
もちろん参加すると応えたウィルは簡単に身支度をすると待ち合わせ場所へと向かいました。
しかし待てども待てども友人は来ません。そろそろ帰ろうかと思い始めたそのとき、一人の男が謝りながらやってきました。
なんでも友人は途中で忘れ物をしたことに気付き取りに戻ったが、ずっと待たせる訳にもいかないと彼に迎えを頼んだようでした。
悪い悪いと謝る男は手にランタンを持ち、頭にはカボチャの被り物を被っていました。
こんな浮かれた男に迎えを頼むなんてとウィルは思いましたが、普段からそういうことをするのがかの友人でしたので仕方ないと思い直しました。
さぁ行こうと先を歩くカボチャ男の後ろをウィルは着いていきました。
カボチャ男はどんどん先に歩いていきます。ウィルは決してゆっくり歩いている訳ではないのですが、カボチャ男との距離はどんどん離れていきました。
酒場までこんなに距離があっただろうかそう不思議に思い始めた時。
「あなた」
そうウィルに呼びかける声が聞こえました。
それは今はもう聞けない声、亡き妻リリーのものでした。
ウィルは思わず声のする方へ勢いよく振り向きました。
やはりそこにはリリーが立っていました。
信じられず立ち尽くすウィルにリリーは言いました。
「ねえ、あなた。私の分まであの子を愛してくれると、守ると約束したわよね。」
何も言えないウィルを恨みの籠った視線で貫くと一言、「嘘つき」そう言うとリリーはフッと消えてしまいました。
追いかけようと足を動かそうとしましたが、上手く動かせません。気付けばウィルは沼地の中に居たのですから。
なんとか抜け出そうとジタバタしては沈んでいくウィルを見て、カボチャ頭の男は腹を抱えて笑いました。
「あー可笑しい!お嬢ちゃんには悪戯出来なかったが、悪戯相手をあんたにして良かったよ。」
ゲラゲラ笑いながらジャックはしばらくもがくウィルを見ていましたが、飽きてしまったのかどこかへ消えてしまいました。
そうして沼地にはもがくウィル一人が残されました。
「つかまえた!」
少女はやっとの事で光の玉を捕まえることができました。
これでいいところに連れて行ってもらえると顔をあげると知らない街並みが目に入りました。
突然知らない街に一人来てしまい、少女はとても不安になってきました。
怒られてしまうかもしれない、でもこのままじゃ怖い。少しの間周りを見回していましたが、どうすることも出来ず、そう思いながら近くの家の呼び鈴を鳴らしました。
家の中から返事をしながら女性が出てきました。
女性は少女を見ると目を見開き動かなくなってしまいました。
急に知らない子供が訪ねてきたからびっくりしたのだろうか、そう思いながらも勇気をだして少女が口を開こうとすると女性が呟きました。
「…リリー」と。
今度は少女が驚きました。だってリリーとは自分を産んで死んでしまった母の名前でしたから。
「どうしてお母さんの名前を…」
そう言った少女を女性はギュッと強く抱き締めました。
家の中に招き入れてもらった少女は女性から色んなことを話してもらいました。
訪ねた家が"偶然"にも母の実家であったこと。女性は母の姉であること。出産のときに外国にいたこと。父からは母子ともに亡くなったと伝えられていたこと。少女は子供の頃の母によく似ているからびっくりしたこと。本当に色々なことを伯母さんは話してくれました。
今までどうしていたのかと問われしばらくはどうか言うか迷っていた少女でしたが、嫌なら言わなくてもいいと優しく言われて少しづつ話し始めました。
父親に好かれていないこと。学校にもほとんど行けていないこと。ずっと寂しい思いをしてきたこと。
少女が話し終えると伯母さんは手を握りながら言いました。
貴女がよければ一緒に暮らしましょう と
それから少女は伯母と一緒に暮らし幸せに暮らしました。めでたしめでたし。
いやー、本当にお嬢ちゃんが幸せになれてよかった。なあ。あんたもそう思うだろう?