あの男と、出会わなかったら大きな音を立てて列車が動き出す。
思えば、人間の乗り物に乗るのは水分と久しぶりである。だが、今回のように大きな列車に乗るのは初めてである。最後に列車に乗ったのは、東京の街中を駆け巡っていた市電に妻と乗ったときだろう。あのときは、これ程までに大きな鉄の塊を、たった一人の人間が操っていると聞いて、目を白黒させた記憶はある。そんな儂の事を、妻は随分と楽しそうに笑ったのも覚えている。
そんな回想をしつつ、また思い出すのは妻のことであると、思わず苦笑する。長いこと人里離れた場所に住み、人を恨み、一人で平気だと言っていた頃のことが、嘘のようである。あの頃は、自分自身のことで精一杯で、他を想う事など出来なかった。
4825