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    Missofish

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    Missofish

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    👁が‪💧‬とともに村に行かなかったif
    最序盤、ここから肉付けして行きたい

    あの男と、出会わなかったら大きな音を立てて列車が動き出す。
    思えば、人間の乗り物に乗るのは水分と久しぶりである。だが、今回のように大きな列車に乗るのは初めてである。最後に列車に乗ったのは、東京の街中を駆け巡っていた市電に妻と乗ったときだろう。あのときは、これ程までに大きな鉄の塊を、たった一人の人間が操っていると聞いて、目を白黒させた記憶はある。そんな儂の事を、妻は随分と楽しそうに笑ったのも覚えている。
    そんな回想をしつつ、また思い出すのは妻のことであると、思わず苦笑する。長いこと人里離れた場所に住み、人を恨み、一人で平気だと言っていた頃のことが、嘘のようである。あの頃は、自分自身のことで精一杯で、他を想う事など出来なかった。
    そんな儂に、彼女は愛を教えてくれた。
    その愛を知ってからというものの、ようやく『一人は寂しいもの』である事を知った。
    妻が仕事に出かけた後、儂は一人家に残される。人間社会では、夫が外に出て金を稼ぎ、妻は家を守るというのが常識らしい。しかしながら、儂らは幽霊族、人間の道理など守る必要はないし、何より人間社会に溶け込むにはまだ時間のかかりそうな儂に代わり、よく働きよく稼いで帰ってきてくれた。
    家に残され、一人待つ時間は随分と寂しかった。だが、その寂しさは、日が傾けば妻が帰ってくるという、終わりのある寂しさであった。家に戻った妻は、今日の出来事を楽しそうに語る。人間の事などあまり興味を持てなかったが、そのときの妻の顔は一等愛らしく見えて、何度も何度も話を聞くうちに、少しずつ人間のことについて知っていった。
    だが、そんな幸せも長くは続かなかった。
    ある年、人間は戦争を始めた。
    予兆はあった。仕事から帰った妻の話に翳りが見え始め、一人で待つ間音が聞こえぬのは寂しいからとつけていたラジオから、いつもと調子の違う声が聞こえるようになっていった。それが一体何を意味するのかはわからなかったが、ある寒い日の朝、そのラジオから答えが告げられた。
    無機質な音と、その後に告げられた言葉『戦闘状態に入れり』。
    その時の、妻の困った顔は今でも忘れることが出来ない。
    当時の儂は、また人間が愚かな争いごとを始めたものだとしか思っていなかったが、人間社会に混じっていた妻のことである。人間事情には幾分か詳しかったのであろう。そして、この争いが始まれば、どうなるかついていたのであろう。
    あの放送を聞いてから暫くは、特段生活に変化はなかった。だが、争いが長引くほどに、生活環境は変わっていった。
    妻は出かける際、海を渡った外国の装いを好んでしていたのだが、それが制限され、周りの人間と変わらぬ質素な服装になっていった。
    食事にしても、仕事終わりに食材を買ってきて、時折珍しいものが手に入ったんですと嬉しそうに料理をしていたのだが、買い物で食材を手に入れることが出来なくなり、国から管理されたものを与えられるようになった。
    この仕組みに変わってからは、近くに住むもの、特に幼子のいる家は随分と困ったようである。
    それを見兼ねた妻は、時折自分の分を分けてやっていた。元々幽霊族というのは、常に食事を摂らねばならないわけではない。数日食わずとも問題は無いのだが、妻は『家族と食卓を囲む』事を大切にしているようで、最近は食べることのなかった蛙や鼠なども食べるようになった。
    今は生活が苦しいが、いつか終わりが来る。そう思っていたのだが、東京に火の雨が降った日、ささやかな日常が終わりを告げたのだ。
    幸いにも我が家や周辺地域が焼けることはなかったのだが、この場所が焼け野原になることは時間の問題だろう。
    儂は「共に東京を出よう」と妻に告げた。普段の妻であれば、周りの人間たちのことを気の毒に思いながらも「わかったわ、次に住むところはどこにしようかしら」と言うと思っていた。だが、このときは家を出ることを頑なに拒否したのだ。
    人間とは生命力の違う幽霊族だ、多少火に巻かれたとて命に問題はないのだが、傷を負えば痛いことに変わりはない。だからこそ、人間が『疎開』とやらをしているように、どこか山奥に引っ越そう、そうだ昔儂が暮らしていたところはどうだと提案をしたのだが、首を縦に振ることはなかった。
    何故そんなに東京を離れるのを拒む。儂が涙ながらに尋ねると、困ったような顔で笑って答えてくれた。
    「あなたと過ごした家だもの、失うには勿体ないわ」
    意味がわからず首を傾げる。家など、二人しかいない家族の、暮らす場所が家になるというのに、その新たな家ではダメなのか?
    妻の言いたいことが理解出来ず、この家でないとダメなのかと問えば、この家がいいのと返ってくる。
    なぜそこまでしてこの家に拘るのかは理解出来ぬが、この家がなくなってしまうのが心残りで家を離れられぬというのであれば、やることは一つである。
    「儂がこの家を守ろう」
    そう言うと、妻は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。それもそのはず、言葉に出さずとも、一人は寂しいことを知っている夫が、一人孤独で待ち続けようと提案しているのだ。
    妻はすぐに答えを出さなかった。随分と悩んで、ようやく答えを出した。
    「わかったわ。あなた、この家をお願いします」
    そう言って頭を下げた。それが信任なのか、感謝なのか、はたまた謝罪なのか。どれかはわからなかったし、どれでもあるかのように見えた。
    その日は、ゆっくりと夫婦の時間を過ごした。色んな話もした。今までのこと、これからのこと。また御前と緑の飲み物を飲みに行きたい、クリームソーダねいいわよ、あのクリームソーダだけじゃなくて色んなところに行きましょう。どれほどかかるかわからぬこの先を生きていくための温もりを、なるべく沢山持っておけるように。
    あくる日、妻は家を離れた。最低限の荷物だけを持って、どこか心配そうにこちらを見つめるので、儂に任せておけ一人には慣れておるから、とわかりやすい虚勢を張ったものだから、可笑しそうに笑って姿を消した。
    そうして、長い長い一人が始まった。
    寂しくはあった。だが、妻に『家をお願い』と任されたからには、しっかりと約束を守らねばなるまい。早くこの争いが終わればよいのだが。そんな願いを、明かりを落とした部屋で独りごつ。叶わぬことは、薄々分かっていた。
    戦況はどんどん悪化してくばかりだった。ある日、外から「万歳!万歳!万歳!」と聞こえるのに驚き、姿を見られぬよう物陰から様子を伺う。どうやら、一人の人間を中心に多くの人々が集まっているようだ。
    集団の中心にいるのは、一人の男子だった。
    兵服に身を包み、肩からは「日本」の襷を掛けた青年。いや、青年と言ったが、キリリと横一文字に引いた口からは精悍な印象を受けるが、まだ顔には幼さが残る人の子。人間の文化では、ある程度の年齢を過ぎれば成人、大人として認められるということであったが、あの子はまだまだ子どもではなかろうか。そんな子どもまで戦争に送り出すとは、本当に戦況が悪いらしい。
    そんな日々を繰り返していくうちに、また東京の街に火の雨が降った。それも、今までのものとは比べ物にならない火の雨が。
    火の雨の元になるものが我が家に降り注ぐことは無かったが、近くに落とされたものが家を燃やし、それを消すものがいないために、隣へ隣へと移り、火の手はすぐ側までやっていていた。
    結果を言うと、儂はこの家を守ることが出来なかった。
    だが、何も裸足で逃げ出したという訳ではない。最初はとにかく家を守ろうと努めた。自分の使える力を使って、火を退けていたのだが、あるものが目に飛び込んできたのだ。
    年老いた女を連れ、火の手から逃れようとする幼い子の姿が。
    かつての儂であれば、容易に見捨てたであろう。我ら幽霊族を退け、滅ぼそうとした種族が勝手に争いごとをして死のうとしているのである。見捨てて、妻との約束だけを守ろうとしたであろうが、実際、彼女が同じ状況であれば、どうするだろう。
    愛する人間を、守り抜こうとするのではないだろうか。
    それだけでは、儂は人間を助けようとはしなかっただろう。これは、自分自身の考えではなく、妻でこそあるが他の考え方なのだから、その道理に従う必要はない。だが、どうにも彼女と過ごすうち、自分の中でも心境の
    変化が生まれていた。
    愛する妻が愛する人間を、儂も愛してみたい、と。
    だから、逃げ惑う人間を助けた。我が家を離れ、二人を火の手の届かぬ安全な場所まで送り届けた。二人は、何度も頭を下げて感謝の意を述べた。
    そうして我が家に戻ると、物の見事に焼け落ちてしまっていた。
    乾いた笑い声が出た。笑うしかなかったのだ。あれほど自信ありげに任せておけと言ったにも関わらず、約束を守れなかった。
    だが、後悔はしていなかった。寧ろ、満足感が胸の内に広がっていたのだ。
    我が妻よ、この家を守り抜くことは出来なかったが、御前の愛する人間を守ることは出来たぞ。
    彼女は怒るだろう。我が家を守ってくださいとお願いしていたでしょう、と。それと同時に、喜んでもくれるだろうか。あれほど人間を嫌っていた夫の、心境の変化に。
    まだ燻っている家だったものの目の前に寝転び、天を仰ぐ。あちこちから立ち上る煙と、鼻につく臭いに包み込まれ、場違いな達成感とともに、遅い眠りについた。
    それからは、怒涛の月日が過ぎた。
    東京を始めとする様々な都市が火の雨によって焼かれ、ある場所では相手が上陸し、終いには新型の兵器すら使われたようだ。
    焼けた家の中からラジオを見つけたが、どうにも使い方がわからない。なので、それらの情報は街を歩く人間の会話から聞き取ったり、地方へと逃げていく妖怪たちから聞いたりした情報である。
    そうしているうちに、とうとう争いは終わった。ある日の朝、広場に集まった人間が、ラジオの声を聞きながら泣いているのを見た。ラジオの音声は聞き取りづらかったが、この国は戦争に負けたと告げていた。
    それを聞いて、儂は飛び上がるほどに嬉しかった。争いが終われば、妻が戻ってくる。我が家は焼け落ちてしまったから、建物を目印にして戻ってくることはできないだろうが、我が妻の事だ、儂の気配を辿って来ることなど造作もないはずだ。下手に動くよりも、ここにいた方が妻も探しやすいだろう。この焼け跡でひたすら待ち続けた。
    待ち続けて、待ち続けて、どれほど経った?
    気がつけば周りの家は復興し、未だ瓦礫の残るのは我が家のみである。儂自身は近所づきあいをほとんどしなかったが、妻のことを知っている人間たちが、何度か手を貸そうかと声をかけてくれた。本当は、妻が戻ってきて「これからどうしようか」と困りながらも前に進んでいきたいと考えていたから、なるべく瓦礫もそのままにしていたかったのだが、声をかけてくれる人間を無下にもできず、ほんの少し、ほんの少しだけ片付けをした。
    ゆっくりと時間をかけて、人一人性格ができる場所を確保した頃、もう周りは、元通りとは言えずとも、家族の暮らせる家が戻ってきていた。その家に住む人たちは、もう日常を取り戻していた。
    戻っていないのは、我が妻だけだった。
    列車が大きく揺れる。その揺れで、回想から現実に引き戻された。
    列車の揺れとともに、思わず上体を揺らしてしまったが、おそらく周りには見えていないだろう。なにせ、姿を見られぬよう、幽霊族の力を使って風景に溶け込んでいるからだ。
    通路を挟んで隣の座席に座る乗客を見る。どうやら彼は新聞を読んでいるらしい。
    妻とともに人間のそばで暮らし始めた頃、文字が読めた方が楽しいわよと、読み書きを教えてくれた。あの頃とは、多少文体が変わってきているが、日付の読み方だけは変わらない。新聞の一面、新聞名の下にひっそりと、でも確かに書いてある。
    昭和38年、ようやく妻に会いにいける。
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