雨は明け方に止んだ 大きめとは言え男二人で並べば流石に少し肩が濡れる相合傘だったけど、いつもより少しだけゆっくり歩きながらぽつぽつと話をして家路を辿った。もうすぐ僕の家に着く。これでマユミくんとはまた明日、だ。ほとんど毎日会ってるのに、昨日だって彼の家に泊まったのに、……だからこそ、かな。無性にさみしくなってしまう。
空っぽの家に入って扉を閉めた瞬間の憂鬱さを思うとため息が出そうになるけど、そんなことをしたらきっとマユミくんは僕をひとりにしないように行動してしまうだろう。僕たちの立場のことを考えたら連日泊まるのも泊まらせるのも多分よろしくない。だからさっぱりお別れしなきゃ。そう思いながら軒先のタイルを踏みしめた。
「百々人、入る前にこれで拭いてくれ」
「えー、別に大丈夫だよ」
「途中で自転車とすれ違った時に水を跳ねられていただろう。汚れた水が床に垂れると掃除が面倒になるんじゃないか」
「マユミくんって結構神経質?」
「…………」
「ごめんね、からかっただけだよ。……ありがとう。洗って返すね」
「ああ」
「……じゃあまたね、気を付けて。明日からは晴れるみたいだし、傘はいつでも」
「百々人」
「なぁに、マユミくん」
僕の傘の下で、僕の名前を呼んで、僕の目を見て。……少し、視線をうろつかせて。らしくないその仕草の理由を僕は知ってる。だからいつも通りの花園百々人の顔をして、そのくせ五感の全部をマユミくんに向けている。
少し激しめの雨音に紛れてしまうマユミくんの声を逃したくなかった。雨でけぶる気配も。顰めた眉の下で瞬きを繰り返す瞳も。全部。
「すまない」
「……なにが?」
「嘘をついた。……本当は、傘を持っているんだ」
すまない、と。もう一度謝罪の言葉と一緒に下げられた頭。いつもきっちり整えられている髪は、湿度に負けて少しへたってる。それがマユミくんの心情を表してるみたいでなんだか面白かった。
騙された怒りなんて欠片も浮かばない。代わりに胸を満たすのは、嬉しさと甘やかな痺れと、痛み。いつも正しいキミが僕なんかを相手に、恋人らしい青春ごっこをしてみたいなんて欲に負けてちいさく道を外れて、非効率なことをする。それを黙って胸にしまって帰っちゃえばいいのに、結局隠せないままそうやって馬鹿正直に頭を下げる。その理由は多分、出た時よりも勢いを増した雨とアクシデントで僕が予想以上に濡れてしまったからで。
それがどうしようもなくおかしくて、申し訳なくて、……しあわせだ、って。身の程知らずのことを、思ってしまう。
「……僕も、マユミくんが傘を持ってること知ってて黙ってたから、おあいこかなぁ」
「……は、」
「ねぇ、マユミくん」
相合傘、楽しかったね。
そう言って首を傾げた僕に少し目を見開いたあと伸ばされた指先は、僕の手首をやんわり握って止まる。そこから引き寄せられて傘の陰で唇を重ねる、なんて展開には残念ながらならなかった。僕もマユミくんもそれなりに理性的だし、言い方は悪いけど周りを気にする質だから。
(ああ、でも)
今キスしたらいつもより湿った雨の味がするのかな。それはちょっと試してみたい。
「雨上がるまで、うちで雨宿りする?」
「…………」
ひんやりとした手のひらの温度を感じながら、小さく笑う。
ぱちん、と傘を畳む音は、なぜか雨音に負けずに僕の鼓膜を擽った。