みずたまりエスケープ 派手に降られたな、と呟くマユミくんの髪の毛の先から、ぽとり。透明なしずくが落ちる。キミの髪を伝ったならルビーみたいな色になってそうなのに、なんてバカな事を考えながらタオルを渡すと、ありがとう、と微笑まれた。
じんと痺れた指先は寒さのせいじゃない。じゃあ誰のせいだろう。
「明日、洗って返す。すまないが、傘も借りていいだろうか」
「……雨が止むまで、いてもいいよ」
「…………」
扉一枚隔てても聞こえる雨の音。マユミくんがちいさく息をのむ。困惑だろうか、それとも、……それとも。
「……いいよ」
顔を上げた先で彼がどんな表情をしていたのか、わからなかった。冷え切った体が、同じ温度の腕に抱き寄せられたから。重なった心臓がどくどくと早鐘を打っている。きっとマユミくんにも伝わってしまっているんだろう。
「ももひと」
雨音に紛れるほど小さなその声が、耳の奥にしみこんでいく。そこに籠る熱に、からだが甘く痺れる。あれだけキミから逃げていたのに。気づかないふりをして、余裕のあるふりをして、無垢なふりをして守っていた距離を、最近はキミも察して触れないようにしてくれていた壁を、僕は今ぶち壊そうとしている。どうしてだろう。
「……マユミくんは。どう、したいの」
ぐ、と彼の喉が鳴る。数秒、背中に回った腕が強張る。濡れて溶けてしまったような、隙間なくくっついていたような錯覚。それを引き剥がすように、マユミくんが僕を解放する。でもそれは、僕を逃がすためじゃなくて。
「……暴かせて、ほしい」
普段のマユミくんとはかけ離れた情けない笑顔と一緒に突き付けられた乱暴な口説き文句を、適当にかわせたらよかったけれど。僕のつめたい唇からはか細い、それでいてこの人の瞳と同じ熱を纏ったため息が零れただけ。
(ああ、そうか)
こうなるとわかっていたから、ふたりきりになるのを避けていたんだって。
(僕も、キミに溺れてしまいたかった、のか)
今更気づいたところで、唇が重なった今、もう手遅れだ。
ため息も声も全部飲み込まれたら、あとはふたりで深く深くおちていくだけ。
雨の音も世界も遠くなっていく感覚がひどくおそろしくて、いとおしかった。