煎餅布団 湯湯婆一人付 ある夜水木が帰宅すると、ねこやの二階には子供が一人増えていた。幽霊族の親子から「ニセ鬼太郎」と呼ばれる彼は、当たり前のようにここで暮らすようだ。
さて。ねこやの二階で肩を寄せ合って暮らす彼らに、予備の布団なんてものはない。頼みの綱である大家の婆さんも既に夢の中だ。
「オイ、家に置いてやるだけありがたく思えよ」
残念ながらこの幽霊族にそんな思いやりはない。ニセ鬼太郎と呼ばれた少年は思った。仕方が無い。外で一夜を明かすよりマシだ。明日になったら、どうにか工面して――
「君、コッチに来なさい」
声をかけられてそちらを見ると、今まで意識の外にあった男であった。
一応は鬼太郎の保護者らしいが、全く敬われていないように見える。それどころかさも当然のように小遣いをせびられ、一言二言小言を言い、結局渡していた。
「朝方は冷えるから。明日になったらどうにかしよう」
ナンてことを考えていたら、遠慮していると思われたらしい。風邪を引かれても困ると、水木は布団を少し持ち上げ、ニセ鬼太郎を呼び寄せた。
ハハァ、この男はトンデモナイお人好しだな。そもそもいきなり転がり込んできた子供を見ても、「まあ人間ならマシか……」と呟いて受け入れるような男だ。これは幸運だぞ。
ニセ鬼太郎は「アァ、旦那様ありがとうございます」とサッサと懐に潜り込んだ。
それを面白く思わないのは鬼太郎である。父の進言で下男として仕方なく置いてやっているというのに。
ボソボソと布団の中で何か話している二人を見ていると、無性に腹が立った。
「オイ下男、布団で寝るなんて贅沢者め。お前なんて座布団で十分だ」
一つしかない目玉をギョロつかせて詰るも、ニセ鬼太郎は布団から出てこない。代わりに窘めたのは水木だった。
「そんなこと言うんじゃあない。なんでそんなに怒ってるんだ?」
なんで。鬼太郎ははたと思った。自分は何故こんなに腹を立てているのか。答えることができずに唸っていると、父からも「いいじゃないか」と窘められ鬼太郎は布団に潜るしか無かった。
そんな息子を見て今日は特に変だなと苦笑して、水木はおやすみと声を掛け同じく布団に潜ったのだった。
――何だコイツ、ヤケに突っかかるナァ。
自分が歓迎されていないことは承知だが、鬼太郎の態度にニセ鬼太郎は違和感を覚えた。この水木という男をどうもとも思っていなさそうなのに、ニセ鬼太郎に優しさを見せることがどうにも気に食わないようだった。
マァいいか。ヘタに突っついて、地獄に送られたらたまらない。
モゾモゾと身体を動かしていると、水木はこちらに背を向けて寝に入るようだった。煙草と汗、土埃に整髪料――そして微かに、屍のような匂い。
ソッと背を合わせると、自分より体温が随分低いようだ。それでも自分の体温を吸った布団は暖かい。
「子供は温かいな」
向こう側から男の声が聞こえて、ニセ鬼太郎は微かにヒヒヒと笑った。