楽園実験 2x世紀、地球の資源・環境問題は全て解決し、人類は無限に近い食糧と飲料水、燃料を手に入れる。と同時期に人類に感染する全ての病気に関する対処法が完成し、死因から病死という概念が消えた。つまり地球は人類の「楽園」になったのだ。それから十数年後、楽園を謳歌していたはずの人類の人口は穏やかに減少を始める……。
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こんな話を聞いたことがあった。1960年代、アメリカのと生物行動学者がマウスを用いて、ある実験を行った。それは食料と水を無限に与え、病原菌や天敵を排除した環境にマウスを4組放ったとき、どのような社会を形成するのか観察するものだ。この実験で制限があるのは空間のみ。それでも、3840匹が収納可能の広大なゲージである。その環境はさながらマウスの「楽園」。しかし、マウスの総個体数は2200匹を最後に減少を始める。そして、実験開始から1780日目、ゲージ内のマウスは絶滅した。その実験の名はUniverse 25。あるいは実験環境に準えて、人々は時にこう呼ぶ──「楽園実験」と。
僕は時々こう思うのだ。全ての制限が解き放たれた地は本当に「楽園」であるのか。そうであるとしたら、マウスたちの「楽園」は如何様にして「地獄」へと変化したのか。それとも、緩やかな滅びは最後に与えられた救済であるのか。その答えが出せぬまま、僕たちは滅びゆく楽園を生きる。25回の試行回数も与えられないままに。
人類はいずれ滅亡する。でもそれは、核爆弾でも環境問題でも資源問題でも世界大戦でもない。人類は自らの豊かさに殺されるのだ。そんなことを考えながら、僕は缶コーヒーを飲んで淡い青空を見上げる。その滅びは眼前に迫ったものではないと、どこかで信じていたかったから。