オメガバ楽ヤマ(捏造子あり) 一晩だけの関係だった。勿論友達としてずっと接していたし、永く続いていく関係だと思っていた。大学の時からの友人で俺はしがないサラリーマンだが八乙女はトップアイドルだから俺が、恋なんてしていなければ。俺はあのときヒートを起こさなければ。八乙女はヒートで動けなくなった俺を、八乙女を求めるしかできなくなった俺を優しく抱いた。負担にならないように怖がらせないように細心の注意を払っていたのだと思う。だけれどもヒート中の着床率は避妊具をつけていても数%にぼり、俺はその数%を引き当ててしまった。
医者は諦めますかと淡々と言った。俺は思わず胸ぐらを掴みそうなくらい腹が立つ。いくら俺たちの、健全ではない行為から生まれた命だとしても諦めるなんてできなかった。だが相手はトップアイドルだ。この事実は大スキャンダルになる。俺は連絡先を全て消すと会社を辞め遠くの町に引っ越した。
どんどん成長していく子共はあいつにそっくりだった。色素が薄くて、目鼻立ちの整った子供ながらイケメンだと持て囃される程にはあいつにそっくりだった。たまにお母さん似ですねなんて言われるがあいつとの共通点といえば目つきの悪さくらいなのでそこのことを指しているのだろう。
「俺は母さんがいればそれでいいから」
その言葉はまるで幼少期の自分とは真逆だった。当時の俺は寂しさを恨めしさを全て周りのせいにして気づけよなんでわからないんだよと悪態をついていた。しかしこのよくできた息子はそんな俺の気持ちを汲み取ってか何事もないように毎日幸せそうに笑っている。そんな笑顔も八乙女そっくりで俺はそんなことを思っていると分からないように出来るだけ平静を保って俺もだよとだけ返していた。
ある日のことだった。クラスの保護者が入っているグループラビチャに連絡が入った。次回の父兄参観は両親についての作文を読む授業で、子供が生まれた時のエピソードをぜひお子さんに話してあげてくださいというものだった。
「まいったな」
1人リビングで頭を抱えている。息子が生まれたのはオメガ用のシェルターで問題を抱えたオメガが外部と切り離された空間で暫く生活したり出産や育児の支援を受けられる施設だった。そのことを話せば自分の父親がただ死んだとか別れたとかじゃなくて父親たる人間から身を隠す必要があったことがバレてしまう。だけれども自身の父親はそうだったようにのらりくらりかわして重要なことを言わないのも嫌だ。俺は意を決した。そんな日だった。学校から帰ってきた息子の様子がいつもとはちがった。
「あの、母さん」
「何?」
「お客さんが、その、来てて」
「客?俺に?お前に?」
「母さんに、かな?」
「入れてもいい?」
「とりあえず玄関まで行くわ」
息子はその容姿から目立つ。変な輩だったら通報しなければいけない。スマホを録音モードにして玄関へと向かった。
扉を開けるとそこにいたのは……
「八乙女」
「探したぞ、二階堂。会いたかった」
八乙女は呆然と立ちすくし俺の腰に手を回すとこれ以上ないくらいの力でギュッと抱きしめた。嗅ぎ覚えのある八乙女の匂いにクラクラした。
「んぁ、なにするんだよはなせ」
「ダメだ、また勝手にどっか行くだろ」
「なんでここが分かったんだ」
「知り合いの事務所の奴が俺に似た子供をスカウトしたって。そしたら俺と昔よくつるんでた人が母親として出てきて驚いたって話をしてな」
「……あのおっさんか」
八乙女は俺を体から離すと一呼吸おいてゆっくりと声を出した。
「なんでいなくなった」
「子供ができたなんて、あんなの事故みたいなもんだっただろ……お前さんには関係ない」
「俺のガキだ。関係ないわけないだろ」
「でも、でもじゃない。俺はお前をずっと探してた。言うのが遅れた。愛してる、大和……結婚してくれ」
「け、結婚!?馬鹿じゃねえのお前さんアイドルだろ、そんな、俺なんかと……」
「親父の許可は得てる。お前も、子供も幸せにする。ダメか」
「う……うう……」
気づけば俺の目からは大量の涙が溢れていた。俺は、俺は友達でいた時からずっと八乙女のことが好きだった。アルファとかオメガとか関係なく接してくれる八乙女が大好きだった。それでも俺はオメガである以上、それが壊れてしまうのが怖くてずっと胸にしまっていたのだ。それは今打ち砕かれる。
「泣くな、大和……キスしていいか?」
「ば、馬鹿。……とりあえず中入れよ」
八乙女を玄関に入れて扉を閉めると再びギュッと抱きしめられた。八乙女から香るフェロモンの匂いに頭がおかしくなりそうだ。そして唇は合わさった。啄むようなキスだった。それでも俺は頭がぼーっとしてきて体に力が入らなくなってくる。
「ヒートか?」
オメガは出産後数ヶ月でまたヒートが定期的にやってくるようになる。だけれでも俺はそれはなくて今までヒートとは無限の生活を送っていた。数年ぶりの感覚に世界が揺れるような感覚に陥る。
「息子いるから、ここじゃ、ダメ」
「待ってろ、俺の知り合いが近所に住んでるから預かってもらおう」
「あいつ、人見知りはしないけど知らない家にお邪魔になるのは……」
「そんなこと言ってる場合か?それにおれたちはま番じゃない……このまま放ってたらどうなるか分かってんのか!」
そうこうしているうちに立てなくなってきてズルズルと座り込んでしまった。呼吸が浅くなってきて胸が苦しい。八乙女は欲しくてたまらない。
「母さん、大丈夫?父さんも」
「お前、八乙女のこと知ってんのか」
「だいぶ前からね……」
気を利かせていた別室にいた息子が様子を見にきたと思ったら爆弾発言をする。
「なら話は早い。俺の知り合いのところでしばらく過ごしていれないか?子供好きな奴だから大丈夫だ。二階堂……大和は俺が看病する」
「いいよ、でも母さんに変なことしないでね」
「しねえよ」
「知り合いって誰?俺の知ってる人?」
「龍だ」
龍とは十龍之介のことだろう。俺たちの一個上の先輩で大変世話になった。あの人の人柄なら確かに大丈夫だろう。
「分かった、ごめんな急にこんなことになって」
「大丈夫……父さんは母さんがずっと会いたかった人でしょ?」
なんてできた息子なんだろうか。抱きしめてやりたいが体が言うことを聞かない。意識が朦朧としているとチャイムが鳴り、十さんが姿を現した。
「わぁ大和君久しぶりだね!こっちに住んでたんだ!この子が君たちの子供?2人にそっくりでかわいいね」
十さんはどこまで事情を知っているのかわからないがあの頃と変わらないマイペースで優しい雰囲気に俺の緊張も一気にほぐれた。かくして、息子がいなくなった家ですっかり発情してしまった俺と八乙女がやることは一つだ。
「ベッド行くぞ?どこだ?」
「あっち」
「でかいベッドだな。2人で寝てんのか?」
「部屋数ないからな」
「また俺の家にこればいいこのサイズなら一緒にねれるだろ」
「ばか」
八乙女は俺をそっとベッドに押し出すと今度は深めに口付けた。一回きりだったのに懐かしさを覚えるその感覚に俺の意識はどんどん欲望と快楽に溶けていったのだった。
***
「八乙女の馬鹿」
「お前も八乙女になるんだ、楽って呼べ」
「〜っ、本当にお前ってやつは」
「身体辛くないか?」
「お陰様で」
気が付けば次の日の朝になっていた。発情は楽になったが八乙女にめちゃくちゃにされた身体は言うことをきかない。幸い今日は休日なのでどうにかなるが、発情期のアルファとオメガというものは恐ろしいと改めて実感した。
「あぁ、幸せだな。こうやってお前が隣にいるなんて」
「……」
「なんだ?」
「これ、夢じゃない?」
「つねってやろうか?」
八乙女は俺の頬を軽くつねった。痛い。
「現実か」
「現実だな」
「っ……」
こんな日が来るなんて思っても見なかった。息子と2人でこの土地でずっと暮らしていくものだと思っていたのだ。息子が見たがるのでテレビはよくつけていたため八乙女の姿はよく見ていたが、生で見てもあの頃と見劣りしないどころかさらに色気を増した姿に直視することさえ憚れる。
「なんだ今さら照れてるのか?さっきまであんなに甘えてたのに」
「そういうところは変わってないな、お前」
「あぁ、お前への気持ちもあの頃から何も変わってないよ」
「うん」
「それにしても、あいつ、ほんと大和そっくりだな」
「はぁ?どう見ても八乙女似だろ」
「一目見て俺たちの子だなって分かった」
そういえば、息子は八乙女のことを父親だと知っていたようだったがそれについても話し合わないといけない。課題は山盛りだ。
「お前さんたち実はコソコソ会ってたりしたのか?」
「まさか、昨日初めて会った。この辺りに住んでるって聞いてダメ元で探しに来たら偶然出くわしたんだ」
「じゃあなんであいつお前が父親だって知ってたんだ?」
「お前が教えれたわけじゃないのか」
「言えるわけないだろ。いずれは言おうと思ってたけど」
「じゃあ家族会議だな。龍に連絡していいか?」
「うう、十さんには頭上がんねえな」
八乙女はすぐに十さんに連絡した。程なくして、息子を連れた十さんが我が家にやってきた。なんとかお礼をとあたふたすると、お礼は君たち家族の幸せな姿を見せてくれるだけで充分だよなどとかっこいいひと言を残して去っていった。本当に頭が上がらない。
「それで、なんで八乙女……コイツが父親だって知ってたんだ?」
「見ればわかるじゃん。俺ってどこ行っても八乙女楽そっくりって言われるんだよね。それに母さんがテレビで父さんを見る度に悲しそうな顔してたからなんとなくそうなのかなって思ってた。そしたら急に本人が現れてお前、大和と俺の子供だろ?とか言われたからさ、やっぱり事実だったんだって」
「俺そんな分かりやすい顔してた?」
「うん、父さんのこと好きなんだろうなって思ってた」
「そうか!大和は俺のこと好きか!」
「大声で言うな!」
「で、父さんと母さんは結婚するの?番になった?」
「なったぜ、ほら」
八乙女は俺の襟足をかきあげた。
「馬鹿!」
「俺の許可なしに母さんを番にしたのはいただけないけど、まぁ特別に許してあげる」
「おい、なんでお前の許可がいるんだ。大和は俺のもんだぞ」
「はぁ?母さんは俺のだけど」
「俺は所有物じゃねえっつーの。俺が決めたんだから誰の許可もいらないよ」
「へぇ、母さん、今幸せ?」
「……うん」
「そっか」
息子と八乙女がおんなじ顔でおんなじ笑顔をしているものだから飯作ってくると言って席を立った。後ろから二人の言い合い声が聞こえてきて、これからやってくる日々の音色に心を弾ませた。